カエル時計のなる夜に
そのカエルは、夜の八時になると鳴いた。
「ケロッ、ケロッ」
ぜんまい仕掛けの、古い壁かけ時計。まるで、笑っているような声だった。
カエル時計は、おばあちゃんの家にあった。
夏休みのあいだ、ぼくはひとりでそこに泊まっていた。
おばあちゃんは、毎晩寝る前に言う。
「この時計はね、すこしだけ、時間をもどせるんだよ」
ぼくは笑った。「そんなの、あるわけないじゃん」
だけど、その夜、時計の下で考えていたら――
カエルがふいに、こっちを見た気がした。
次の日、学校の夢を見た。
理科の発表で、ぼくは言葉につまって、みんなの前でかたまってしまった。
本当は、ちゃんと覚えていたのに。
声が、出なかった。
次の夜、時計の前でつぶやいた。
「できれば、あのときをやり直したいな......」
すると、時計の針が、カチ、カチと音を立て、
八時ちょうどで――ぴたりと止まった。
「ケロッ、ケロッ」
目をさますと、そこは教室だった。
昨日と同じ場面、同じ時間。みんながこっちを見ている。
だけど今度は、胸の奥にひとつの声があった。
「もう一回、やってみよう」
言葉は、ゆっくりだったけど、ちゃんと出た。
途中でつまったけれど、前を向いて最後まで言えた。
拍手はなかったけど、先生がうなずいてくれた。
それで、じゅうぶんだった。
それからぼくは、カエル時計にときどきお願いするようになった。
ちょっとだけ戻って、やりなおせたら――そんな夜もあった。
でもある日、おばあちゃんが言った。
「時計はね、戻れるけど、何度もは使えないのよ。
一番たいせつなのは、『次のとき』に生かすこと」
それからぼくは、戻るのをやめた。
つまずいても、にがい思いをしても、そのまま前に進むようにした。
カエル時計は、今も八時になると笑う。
「ケロッ、ケロッ」
まるで、「それでいいんだよ」と言ってくれるみたいに。
◇あとがき
「あのとき、やりなおせたらなあ」って思うこと、ありますよね。
でもほんとうに大切なのは、過去よりも、これから。
まちがったって、失敗したって、
「もう一度やってみよう」と思えたら、それだけでじゅうぶんです。
あなたの中にも、小さなカエルの時計があるかもしれません。
胸のどこかで、「ケロッ」と笑ってくれるかもしれません。
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