第二章 「お助け先生」マリアさん、さらわれ、倒れて、ドキドキさせられちゃう!?
予期せぬ訪問者
周囲を山々に囲まれた都市国家ファレルが、南のラウィニア共和国に無血開城してから半月が過ぎたが、ファレル市民の暮らしは変わらなかった。普通、征服された都市には過酷な運命が待ち受けているものだが、ファレルは違った。
寛大なる見習い
その結果、ファレル市民はまるでラウィニアの支配下に入った事実など知らないかのように、以前と同じように起き、働き、寝て明日を迎えるという日々を送っていた。
コケーコッケー!
いや、一人だけいた。ラウィニアの侵攻がきっかけで心境に大きな変化を見せていた一人の乙女が。ファレルにて教育者のマリウスを父にもつ『お助け先生』のマリアである。
あれ? 今日のコケコ、やけに騒がしいな。
目覚まし時計として活躍する
「おい、ちょっ待てよ! なんだい、君、ちょっと女性の部屋に入っただけじゃないか。もう、許してくれよー」
続いて、情けない声を出す男の声がした。その
「あ、アキレウスさん!?」
「あ、起きた? おはよう。可愛い『お助け先生』のマリアちゃん! ところでさ、君のボディーガード? のコイツ、なんとかしてくんない? このままだと、顔を
どうやら、コケコはアキレウスを不審者と判断し、彼の顔を鋭い
「ありがと。あぁ、危なかったぜ」
「いえいえ。あ、あの……」
「うん?」
「どういった用事で、ここに来たんでしょうか?」
マリアのタイムスケジュールに、アキレウスの来訪は記載されていなかった。もっとも、彼女には閉校日である土日にさしたる用事はなく、一日中私室に引きこもって趣味の絵描きに精を出すのが日常ではあるのだが。
とはいえ、十八歳の乙女の私室に無断で二十歳の青年が上がり込んできたら、いったい何事かと思うのが普通であろう。恋愛経験のないマリアであっても、このようなシチュエーションに出くわしたら驚いてもおかしくはない。
「いや、今日の朝のうちにやっておかなきゃいけない仕事があってさ。その、決して変なことを企んで君の部屋に忍び込んだわけじゃないんだ。信じてくれ! 本当なんだって!」
弁明を続けながらも、アキレウスは目を離すことができずにいた。透き通るような薄着一枚でベッドに横たわっているマリアの姿に。だが、当の彼女はそれに気付いていない。
「あの、ですからどういった用事でここに?」
「徴税さ」
「チョウゼイ?」
「今の僕はラウィニアの徴税請負人で、今日は君も含めたファレル北東地区の住民から税を徴収する仕事をしてたんだ。で、君の家の番が来て、いざ門の前に立って呼びかけてみたら何の反応もなかったもんだから――」
「無断で家に上がり込んだ、と」
「そう、その通り! だって、家主である君のお父さんは日課のジョギングで外にいないし、この家には一人の奴隷もいないって話じゃないか。ご近所さんからそう教えられた時はもうビックリしちまったぜ」
そこまで言われて、ようやくマリアは彼がなぜ自分の部屋に足を踏み入れたのかを理解する。
「つまり、娘の私に税の支払いをお願いしに来た、と」
「お、物分かりが早いね。さすがは子供達に大人気の『お助け先生』だ」
「ちょ、ちょっと、茶化さないでください」
「茶化してなんかないぜ。だって、ファレルの子供達の間で君は人気者なんだから」
「……え?」
「『朝になると目覚まし役の
マリアの顔が瞬時に紅潮する。そして次の瞬間には、一度は窓に戻した
「お、おい、ちょっ待てって! 僕が何か悪いこと言ったかい? と、と、ともかく機嫌を直してよ、ね? それに早く君から税を徴収しないと僕、パリスに怒られちまうんだ。『どうしてテキパキと仕事をこなせないんだ!』って。だから、ここはひとまず落ち着いて、僕のために早く税を払ってくれない? な、頼むよ」
パリス、という名を聞いた途端、マリアの心からは眼前に佇むアキレウスへの怒りが静まる。そして、無言で隣の備品室へと向かい、金庫から税の支払いに充てる貨幣が収められた封筒を取り出して私室に戻ってくる。
「これで足りますか?」
マリアが封を切り、その中から取り出した貨幣をアキレウスの手にそっと置く。
「ひい、ふう、みい……。足りてるぜ。ありがと。じゃ、僕はこれで――」
「あ、ちょっと」
「ん?」
「若い女の子の部屋に本人の許可なく入ったんですから、その償いとして私のお願いを一つ聞いてくれません?」
アキレウスには後ろめたさがあっただろう。加えてマリアの部屋で実際にゴソゴソと何かを探そうとしていたこともあってか、
「ああ、いいぜ、どんなお願いだい?」
と応じた。マリアは彼に尋ねるのだった。
「パリスさんって、どんな女性が好みなんですか? あなたはあの方と長い付き合いがあると聞いたので、きっとその辺のことを知ってるのかな、なんて、その……」
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