聖剣の女騎士が愛した少年

けもこ

第1話 あした強くなれたなら(アルバ)

クエルチア様は、いつも強い。


剣を持つ姿は怖いほどに美しく、かっこいい。


俺はそんなクエルチア様に拾われて、命をもらった。戦争孤児だった俺にとって、あの人は、世界で一番の英雄で、唯一の家族だ。


「アルバ。明日から、しばらくの間戻れなくなる」


夕暮れの空が紫に染まるころ、小屋の前で薪を割っていた俺に、クエルチア様がそう言った。


「……また、戦ですか?」


「ええ。北の国境よ。魔族の気配が濃くなっているらしいの。今度は、すぐには戻れないかもしれないわ」


クエルチア様は、古の聖剣に選ばれし者。

しかも、魔族との混血ゆえに、魔の気配を察知できる特別な存在。


ただ、混血ゆえに多くの差別にもあってきた。その背中には、幼い頃に受けた傷が今も残っている。


だからこそ、いつも過酷な戦場に呼ばれる。あの人は、傷ついても、疲れても、誰よりも先に前線に立ってきた。


「留守のあいだ、いつも通り鍛錬を続けて。薬草も干しておいてね」


「はい。ちゃんとやります。……だから、心配しないでください」


言葉は強がったけど、本当は寂しくてたまらなかった。

薪を抱えながら、クエルチア様の横顔を見つめる。


戦場に立つあの人の背中は、誰にも触れられないほど遠い。

でも、こうして小屋に戻ってくるときは、俺の隣に立ってくれる。


——あの人の隣に、ずっといたい。


それが、俺の願いだ。


その晩、クエルチア様は珍しく食卓に酒を持ち出した。


「……飲む?」


「えっ、いいんですか、俺まだ15ですけど……」


「今日は特別。明日からしばらく会えないから、乾杯だけね」


小さな陶器のカップを、そっと合わせる。

ふたりの影がろうそくの火に揺れた。


「……アルバ。ありがとう。私にあなたがいてくれて、本当に良かった」


「なんで……ですか?」


「あなたがいてくれることで、私は、自分のなかの“悔い”と向き合えるの。命を奪うだけの私が、あなたの未来をつくることで……ほんの少し、自分を許せる気がするの」


それを聞いて、胸がぎゅっと痛んだ。


——クエルチア様は、誰にも頼らず生きて来た。

——誰かに守ってもらうことも、甘えることも、できないまま戦ってきたんだ。


だから俺が、あの人の支えになりたい。

あの人の孤独を、少しでも和らげられる存在でありたい——本気で、思った。


「……俺、クエルチア様の剣になりたいです。剣にも、盾にも。だから、絶対に強くなります」


「ふふ、頼もしいわね。じゃあ、楽しみにしてるわ」


そう言って笑った表情は、いつもより少しだけ、やわらかかった。


寝床に入ったあとも、なかなか寝付けなかった。

扉一枚向こうにクエルチア様がいる。

明日から、あの人はいない。この小屋には、俺ひとりになる。


いつものことだけど、いつだって堪らない気持ちになる。


静かな夜の中、俺は立ち上がって、そっと戸を開けた。


クエルチア様は、部屋でひとり、窓越しに星を見ていた。

月明かりの中に浮かぶその姿は、どこかさみしそうで、でも凛としていた。


「……寝られなかった?」


「……はい。クエルチア様こそ……」


「出発の前夜は、いつも眠れないわ」


俺は一歩だけ近づいて、口を開いた。


「どれだけ時間がかかってもいいです……絶対、帰ってきてください」


クエルチア様は、すこしだけ目を見開いて、やがて優しく微笑んだ。


「……ええ。約束するわ。たとえ、私の剣が折れても、あなたがいる限り心は折れない。あなたのところに、必ず帰ってくるから」


その声が、夜風に溶けた。


俺は、手を伸ばして、クエルチア様の手の甲に触れた。

傷だらけの硬い剣士の手。

いつか、共に剣を振るい、この手の助けになろう——そう、願った。


あの夜の約束が、俺の人生を変えた。

その日から、どんな日も鍛錬を欠かさなかった。

寂しさを飲み込みながら、何度も星空に願いをかけた。


「クエルチア様、無事でいてください」


そして——

月が同じ色に染まったある夜、小屋の扉がきぃと開いた。


そこにいたのは、血に染まった鎧をまといながらも、あの夜と変わらない瞳で俺を見つめる、女騎士だった。


「ただいま、アルバ」


俺は、何も言わずに抱きついた。

強くなりたい理由が、胸の奥でまた、熱くなった。


——あした、もっと強くなれるように。

——いつか、この人の隣に立てるように。

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