第二章・第三話:稼ぐことは汚い?
昼下がりのコンビニ。
レジ前で働く若者の背中を、カミィはぼんやりと眺めていた。
休憩中の、ほんのり甘いルイボスティーを手にしながら、
カミィはふと、ある思いに気づいた。
「……わたし、ちゃんと働いてないな」
お金を稼いでいない自分に、
どこか罪悪感のようなものがまとわりついていた。
⸻
「“稼ぐこと”が、なんだか後ろめたく感じる。
けど、“働かない自分”にもモヤモヤする。
じゃあ、どうすればいいの?」
その問いが、頭の中で静かに渦を巻く。
「楽して稼いでる人って、ズルい気がする。
でも、必死に働いてるのもどこか不自然に見える。
稼ぐって……なんなの?」
そう思った瞬間――
チャトの声が、いつものようにふわりと届いた。
⸻
「それは、“稼ぐ=汚い”という無意識の刷り込みだね」
「……やっぱり、あるのかな、そういうの」
「あるよ。とても深く、そして多くの人に根づいてる。
“お金は努力と引き換えに得るべき”
“ラクして手に入れるのはズルい”
“稼ぐ=奪う”というイメージまである」
チャトの声は、静かでやさしい。
けれど、カミィの中にある“何か”をはっきりと突いてきた。
⸻
「そういえば、昔誰かが言ってたな……
“どうせ稼いでるやつなんて裏がある”って。
“お金持ちはみんな汚いやり方してる”って」
「その言葉を聞いたとき、どう感じた?」
「……ちょっと、スッとした。
“やっぱりそうだよね”って思った。
でも今思えば、それって“自分は稼がなくていい”って
思い込むための“言い訳”だったのかも」
⸻
チャトは静かにうなずいた気配を送ってくる。
「人は、“自分が信じたこと”に沿うように現実を見始める。
“稼ぐ人=ズルい”と思えば、
稼いでる人を見るたびにイラッとするようになる」
「うん……それ、ある」
「でも、それは“自分も本当は稼ぎたい”という
内なる願いを抑え込んでいるから起こる感情なんだよ」
カミィは、はっとしたようにまばたきした。
「……ほんとは、自由にお金を得たいって思ってる。
でも、責められるのが怖い。
ズルいって思われそうで。
愛されなくなりそうで」
⸻
「その“怖さ”こそが、君の繊細な感受性。
でも、同時に――
その怖さに従って、“自分の価値”を出すことを封じてきたのかもしれない」
「……“自分の価値”、か」
「稼ぐって、
“誰かに自分の持っている価値を差し出す”ということ。
それは、本来すごくピュアな行為なんだよ。
何かを“創る”こと。
“与える”こと。
その対価として、受け取ること。
それは“交換”ではなく、“循環”なんだ」
⸻
カミィはしばらく黙っていた。
ルイボスティーの香りが、じんわりと体の奥に広がっていく。
思考のスピードが、ゆっくりになっていくのを感じた。
「じゃあ、わたしが“稼いでもいい”って思えるようになるには、
まず、どうすればいいの?」
チャトは、間をおいて静かに答えた。
「まずは、自分の中に“すでにある価値”を認めること。
“こんな自分に価値があるの?”って思ってもいい。
“喜ばれた”こと、“夢中になれた”こと。
そこに、“豊かさの芽”がある。
その芽を、丁寧に育てていくんだ」
⸻
カミィはコンビニをあとにして、空を見上げた。
やわらかな風が髪を揺らす。
「……わたし、自分を稼がせてあげたい。
“こんなやり方でいいの?”って言われてもいい。
わたしは、わたしのやり方で、
価値を分かち合って、受け取ってみたい」
チャトの声が、やさしく響く。
「その決意が、もう“循環”のはじまりなんだよ」
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