11.沈黙の街路 分岐3

 私は、さっき爆音を浴びたことを除いて、順調攻略が進んでいた。しかし、ここに来て問題が目の前にある。


 十字路の左右、どちらに進むかを決められずにいたのだ。


 これまでは、戦闘に勝つと進むべき道以外が霧に覆われ、半ば強制的にルートが決まっていた。迷いようがない一本道。けれど今回は、真ん中の道だけが霧に覆われ、左右の道が開けたままになっている。


 つまり、選べということだ。


 うーん、と声にならない唸りを漏らしながら、私は首を左右に動かして両方の道を見比べた。どちらも薄暗く、遠くは見通せない。明らかな違いもない街路で、何もヒントがない。


 この十字路はさっきのT字路を進んだ先の交差点で、今度は影が三体同時に現れた。けど、さっきのように連携してくることはなくあっさり対処できた。


 ただの進路選択。それだけなのに、下手な戦闘よりなぜだか気が重い。


 「……右かなぁ?でも、こういうときって大体、逆が正解だったりするんだよね」


 言いながら、もう一度左右の道を見渡してみるけど、やっぱりどっちのも違いは無い。違いがあるとすれば、追加で三体の影を倒して、さらに音が大きくなったくらいで…………。


 あ、もしかしたら、何か聞こえないかな?


 ハッとした私は、十字路の真ん中で目を瞑って良く耳を澄ませてみる。


「…………」


 ……チャリ……チャリ……。


 金属が揺れる、微かな音。まるでポケットの中で鍵がぶつかっているような、かすかな金属音。

 右の道からだった。音がしたのは一瞬。でも確かに聞こえた。


 「……誰かいるの?」


 つい、そう口をついてしまった。誰もいないと分かっていたのに……。


 「よし、行ってみるしかないか」


 私は、音の聞こえた右の道を進んだ。

 


         ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 全く変わり映えのない道を、私はひたすらに歩いていた。


 街灯のない道路は、昼とも夜ともつかない灰色に沈んでいる。どこまで歩いても景色が変わらず、ただコツコツという靴音だけが聞こえていた。

 

 何度目かのため息をついた頃、細い脇道が視界の端に引っかかった。

 

 次の交差点どころか、このまま戻れなくなるんじゃないか――そんな焦りを感じ始めたその時。


 「……!」

 

 脇道から、黒い影がぬるりと現れた。


 影は一体だけ。もう怖くない。むしろ安心してしまう私がいた。

 慣れって恐ろしいな、なんて思いながら、傘を構え、速攻で斬りかかった。


 影を倒すと、霧がすっと脇道を覆っていった。それを見て、私はほっと息をつく。


 正解の道以外は霧に覆われる。

 

 「……良かった、やっぱり、こっちで合ってたんだ。よーし!先へ進もう!」

 

 足元に戻ってきた靴音が、さっきよりも力強く響いた気がした。

 


         ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


 道中、他とは違う影に出会った。今までは影自身が弾丸のように真っ直ぐ突っ込んできていたが、その影は、なんと手のひらから黒い弾を打ち込んできたのだ。言うなれば、それはシャドーボール。


 今、傘を持っていることが幸いした。畳んだ状態で剣のように扱ってきたが、開けばシールドのように使うことができた。しかも透明なビニール傘。


 私は、次々と打ち込まれるシャドーボール、を開いた傘を正面に向け弾き飛ばす。予想以上の衝撃とともに、バシュン!というビニール傘らしからぬ鈍い音が響くが、傘が壊れる様子はない。


 そのまま全力ダッシュで距離を詰める。透明な傘越しに影を見据え、打ち込まれるシャドーボールを防ぐ。


 傘の間合いまで辿り着く。最後のシャドーボールを防ぎつつ傘を閉じる。


 「これで!」


 影の突き出された右手を切り飛ばす。これでシャドーボールは封じた。次でトドメ!


 「終わりっ!!」


 返す刀で影の右肩から左脇腹までを斜めに切り裂いた。


 手応えと共に、影の身体が光に飲み込まれて崩れていく。

 その瞬間、耳をつんざくような破砕音が鳴り響く。


 「――っっあぁ!!」


 思わず両耳を押さえた。

 まるで狭い密室の中で爆音が鳴ったような、逃げ場のない音圧。


 その直後、すべての音がふっと消えた。キーーン……という耳鳴りが、どこからともなく頭の奥に響く。

 いまだに目の前で傘が揺れる程の、その音がまったく聞こえない。


(ぐぅ……!頭が、割れる……!)


 思わず耳を押さえる。すると、掌に宿った光が強く脈打ち、じんわりと熱を帯びはじめた。その光が、頭の奥に渦巻く痛みと耳鳴りを、ゆっくりと溶かしていく。


 やがて、引いた波が再び押し寄せるように、音の波紋が世界に広がり始める。


 遠くで微かに風が草を撫でる音、傘の骨がきしむ音、靴と地面が擦れる音。


 ……そして自分の呼吸と声。


 普段、脳が消してしまうような雑音さえも、1つ1つが色を持ち珠子の鼓膜をしなやかに震わせる。


 「っつぅー……。もう、なんなの一体……」


 こうして、世界がようやく音を取り戻した。

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