超現実的JKの現代ローグライトダンジョン

鬼灯

1.プロローグ 鉄錆の巣

 ――ガンッ!


 飛び散る火花、軋む鉄骨。


 宙を舞うレンチのような腕を持つ異形のロボットが、錆びた工場の梁の上から飛びかかってきた。


 「まだ来るクルよ、珠子たまこ!」


 「わかってる、けど!」


 迫りくるロボットに、珠子は拾った鉄パイプを握る手に力を込める。刹那、掌がじんと光り、パイプが淡く発光する。ただの錆びた鉄パイプから、異形のロボット――アノマリーを撃滅する武器へと変質したそれを、彼女は正面から振り抜いた。


 ガキィン!


 金属音がこだまする。アノマリーは弾かれ、ぐらついた配管に激突して落下。だが、すぐまた複数のアノマリーがレンチ状の腕を振り回しながら現れる。


 「……キリがない!」


 ――ピピ……記録……ソウシン……実行……


 深く息を吐く。錆びた鉄の匂い、天井から垂れるクレーン、床に散乱する工具。ここは、かつての自動車工場。その昔、機械の暴走で従業員の一人が亡くなり、工場は廃業。今では人を寄せ付けない廃墟と化し、アノマリーたちの巣窟、ダンジョンとなっている。


 「こいつら、多分学習して共有しているクル。……倒せば倒すほど強くなってしまうクル」

 

 横で浮かぶ小さな影が言う。抱き心地抜群。大きなボタンの両目が、バッテンに縫われているパッチワークのクマのぬいぐるみ。その名を《クル》。


 「そうは言うけど――」


 迫ってきていたアノマリーが、レンチ状の腕を横薙ぎに振るう。


 「さっ!」


 持ち前の運動神経の良さで、咄嗟に飛びのいてそれを躱す。だが、すぐまた別のアノマリーが鈍い光を放ちながら、入れ替わり立ち替わり追撃してくる。


 「くっ、せめてシールドが使えれば……!」

 

 珠子は左手を見る。白く淡く、うっすらと輝く手。どこか神秘的で純粋なその輝きは、未だこのダンジョンに適応していない証拠だった。


 「まだここに来たばっかりだクル。適応には時間がかかるクルよ……」


 「まぁそうだよね……。ふっ……!でも、そうも言ってられないかも」


 話している間にもロボットたちの攻撃は止まることを知らない。このまま戦闘が長引けば、ダンジョンに適応できるかもしれない。しかし、同時にロボットたちの学習も進行してしまう。

 強さは平行線か、数で有利な向こうに分があるかもしれない。

 

 選択肢は1つ。短期決着、それしかない。

 

 「クル、さっき拾ったの出して!」


 「了解だクル!これなら敵をまとめて薙ぎ払えるクルね!」


 それをクルからを受け取り、淡く光る手でしっかり構える。このダンジョンに結構落ちてた「!」マークの道路標識だ。先端には、警告を示す「!」マークが刻まれた薄い鉄板。切るにも防ぐにも使えそうで、なによりリーチが長い。複数を相手にするにはうってつけだ。

 

 「はあぁぁー……!」


 先端を引き摺りながら全力ダッシュ。三体いるロボットのうち、真ん中の一体をそのままの勢いで真上に振り抜いてカチ上げる。両脇から後の二体がレンチ状の腕をぶん回しながら突っ込んでくるが、リーチを生かして近づかれる前に薙ぎ払う。


 ――ガガガ……キ……ロ、ロロロク……ソウシ……

 

 「珠子!片方まだ倒せてないクル!」


 「分かってる!」


 リーチの長さを生かし、槍の要領で突きを放ち撃破する。しかし。


 「ッ……珠子!まずいクル!もう次が来たクル!」

 

 「は、はやすぎぃ!?」


 短期決着、ムリかも……。




 ………………



 ………………………………




 「はぁっ……はぁ……クル、私って、今、何体……倒したかな?っはぁ……はぁ」


 「……今ので、十九体目クルよ」


 「ふう……おかしくない?そんなに倒したのに、数、全然減ってなくない?」


 「そうクルね……それに――」


 倒しても倒しても減らないアノマリー、後退しながら戦っていたけど…………壁だ。もう下がれない。お気に入りだった!マークの道路標識はずっと前に半ばから折れてしまって、今では錆びた鉄パイプだ。


 「追い詰められちゃった、かな?」


 「これは流石にお手上げクルね。適応率も上がったことだし、これはもう、『リセット』した方が良いかもクルね」


 「うぅ〜〜。慣れないけど、まぁしょうがないかな……」


 『リセット』それは、最後の手段だ。記憶と適応率を引き継いだまま、時間をダンジョン攻略前に戻すことができる。発動の条件は、――私が死ぬこと。いわゆる死に戻りだ。


 しょうがない、とは言いつつも、やっぱり死ぬのは怖い。当たり前だ。初めて死んだあの時。その恐怖と絶望は今でも鮮明に思い出すことができる。


 「でも、今度はぶっ飛ばしてやるんだから!」


 だからと言って、座して死を待つつもりはない。怖くても、次は勝つために。

 ビッ!と鉄パイプでアノマリーを指し、息巻く。


 「珠子、キミには次があるクル。キミの言葉で言うなら、強くてニューゲームクルか?『リセット』したら、奴らにそれを思い知らせてやると良いクル」


 「りょーかい!そうする!」


 迷いを、恐怖を、置いていくようにアノマリーの群れに吶喊する。


 「ッ……ああああああ!!」


 ――ガキィンッ!!


 全力で振り下ろした鉄パイプは、しかしあっけなく弾き飛ばされてしまう。


 「くっ…………!」


 今度は自分に振り下ろされるレンチ。急速に時間が遅くなり、周りから色が抜け落ちていく……。


 走馬灯。


 自分が死ぬところをゆっくりと見せつけながら、今までの人生を思い出させるなんて、神様はひどいことをすると思う。けどこれは、私が何回も死んでいるからそう思うのかもしれない。そんなことを考えながら、思い出していた。


 ――二月二十九日。


 私の、4年に一度の誕生日、こんなことに巻き込まれることになった、あの日のことを……。

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