第13話: 寄生虫VSエリートホステス見習い(!?)

深夜スーパーの邂逅 ~傷ついた魂が寄り添う時、宿命の影が忍び寄る~


第二部 第七話: 寄生虫VSエリートホステス見習い(!?)


ひかりちゃんの「おもてなし」で束の間の休息を得たみゆきとあかりは、改めてエリスへの対策を練り始めていた。弁護士への連絡、そして「裏稼業」への接触ルートの確認……。やるべきことは山積みだ。


そんな慌ただしい数日が過ぎたある日の午後。開店準備中の「ナイト・フライト」に、またしてもエリスが姿を現した。今日の彼女は、先日よりもさらに華やかな、しかしどこか威圧感を伴うオーラをまとっている。その手には、見せつけるように高級ブランドのバッグが握られていた。


「あら、ごきげんよう、あかり。そして……みゆきさん、だったかしら?」


エリスは、まるで自分の店であるかのように堂々とカウンターに近づき、バッグを置いた。その目は、品定めをするように店内を見回している。


あかりは、露骨に嫌な顔をしながらも、営業スマイルを貼り付けた。


「いらっしゃいませ、エリスさん。今日はどのようなご用件で?」


「うふふ、別に用事がないと来ちゃいけないのかしら? 少し下見に来ただけよ。近々、私の店になる場所のね」


相変わらずの挑発的な物言いだ。みゆきは、カウンターの陰で黙ってその様子を見ていたが、内心では怒りが再燃し始めていた。


その時、バックヤードからひょっこりとひかりちゃんが顔を出した。今日は保育園が休みで、あかりが店に連れてきていたのだ。ひかりちゃんは、見慣れないエリスの姿に少し戸惑いながらも、母親の隣にちょこんと立つ。


エリスは、ひかりちゃんの存在に気づくと、一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたが、すぐに興味深そうな笑みを浮かべた。


「まあ、可愛らしいお嬢さんね。あなたのお子さん、あかり?」


「ええ、そうよ。うちのひかり」


あかりは、ひかりちゃんの肩をそっと抱き寄せ、エリスから守るように立つ。


エリスは、そのあかりの態度を面白がるかのように、ひかりちゃんに視線を向けた。そして、まるで品定めをするかのような、ねっとりとした視線を送る。


「へえ……あなたに似ず、素直そうで可愛らしいじゃない。将来は、やっぱりママみたいに夜の世界で働くのかしら?」


その言葉には、明らかな侮蔑と嘲りが込められていた。あかりの顔がこわばり、みゆきも思わず拳を握りしめる。


しかし、当のひかりちゃんは、エリスの言葉の意味がよく分からなかったのか、きょとんとした顔で彼女を見つめている。そして、次の瞬間、誰もが予想しない行動に出た。


ひかりちゃんは、カウンターの上に置いてあったエリスの高級バッグに、小さな手を伸ばした。そして、まるでそれが当然であるかのように、バッグをエリスから少し離れた場所に、そっと、しかし丁寧に置き直したのだ。


「……!」


エリスは、その子供らしからぬ行動に一瞬目を見開いた。


さらにひかりちゃんは、エリスの前にあった空のグラスに気づくと、小さな声で、しかしはっきりとした口調で言った。


「お客様、お飲み物はいかがなさいますか? 何かお作りいたしましょうか?」


その言葉遣い、そして小首を傾げる仕草。それはまさに、先日みゆきを大爆笑させた「エリートホステス見習い」の姿そのものだった。


エリスは、完全に虚を突かれた顔をしている。まさか、こんな小さな子供に、こんな形で「接客」されるとは思ってもいなかったのだろう。


あかりは、娘の思わぬ反撃(?)に、驚きと、そしてどこか誇らしげな気持ちが入り混じった複雑な表情を浮かべている。みゆきは、またしても吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。


「……あなた、面白い子ね」


エリスは、ようやく言葉を発したが、その声にはいつものような余裕がない。ひかりちゃんの純粋で、しかしどこか的を射た「おもてなし」に、調子を狂わされたのかもしれない。


「ありがとうございます」


ひかりちゃんは、にっこりと微笑む。その笑顔には、何の裏もない純粋さが満ちている。


エリスは、そのひかりちゃんの笑顔をじっと見つめ、やがて、ふっと息を漏らした。そして、何かを諦めたかのように、あるいは、これ以上関わるのは得策ではないと判断したかのように、ゆっくりと立ち上がった。


「……今日は、もう帰るわ。なんだか、調子が狂っちゃったみたい」


そう言うと、エリスは自分が置いたバッグをひったくるように手に取り、足早に店を出て行った。その背中は、どこか逃げるようにさえ見えた。


エリスが去った後、店内に残されたのは、あっけにとられたあかりと、笑いをこらえきれずに震えているみゆき、そして、何が起こったのかよく分かっていない様子のひかりちゃんだった。


「……ひかり、あんた……もしかして天才?」


あかりが、信じられないといった表情で娘を見つめる。


みゆきは、ついにこらえきれずに大声で笑い出した。


「アハハハハ! すごいわ、ひかりちゃん! あのエリスを黙らせるなんて! まさに、寄生虫キラーよ!」


ひかりちゃんは、褒められたのが嬉しかったのか、えへへと照れくさそうに笑っている。


「お客様には、親切にするんだよって、ママが教えてくれたもん」


その言葉に、あかりはハッとした顔をした。そして、娘をぎゅっと抱きしめる。


「そうね……そうよ。ひかりは、そのままでいいのよ」


この小さな「エリートホステス見習い」は、計算も策略も通用しない、純粋さという最強の武器を持っていたのかもしれない。エリスの巧妙な揺さぶりも、ひかりちゃんの天然の「おもてなし」の前には、形無しだった。


思わぬ形でエリスを撃退(?)したひかりちゃんのおかげで、店の空気は一気に和やかになった。


「なんだか、勇気をもらったわ」


みゆきが、まだ笑いを堪えながら言う。


「ええ、本当に。あいつが何を企んでいようと、この子のためにも、絶対に負けられないわね」


あかりは、ひかりちゃんの頭を優しく撫でながら、改めて強く決意する。


夜の世界の魑魅魍魎とした戦いの中で、ひかりちゃんの存在は、まるで清涼剤のように、二人の心を洗い、そして奮い立たせる。


寄生虫エリスと、エリートホステス見習いひかり。図らずも勃発した異色の対決は、意外な形でひかりちゃんに軍配が上がった。この小さな勝利が、これから始まる本格的な戦いに、どのような影響を与えるのだろうか。


みゆきは、ひかりちゃんの無邪気な笑顔を見ながら、ふと、ある考えが頭をよぎった。


(もしかしたら、この子が、最大の切り札になるのかも……なんてね)


そんなまさか、と思いつつも、どこかで期待してしまう自分がいるのを感じるみゆきだった。


(第二部 第七話 了)

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