第16話呪いを揺さぶれ

翌朝、俺たちは東宮の所属する事務所に集まった。


 普通の雑居ビルにある事務所で、派手な芸能界の事務所とは思えないほど普通な部屋だった。


 基本的に所属している芸能人は事務所内で仕事をしないので、別に派手にする意味がないと東宮は言っていた。


 とはいえ、そこまで仕事のために特化した事務所だと、部外者の俺たちが居てもいいのか疑問だったが、東宮が社長に話をつけて入れさせてもらえた。


 しかも、東宮が最近の炎上騒ぎで気が休まらないから、友達とおしゃべりしてストレス発散させて、とお願いしたところ、社長は快く個室を貸してくれた上にお茶菓子まで用意してくれた。


 小此木が来る前の最後の作戦会議だ。


 家を出る前に黒子から情報共有はあって、情況は全員把握している。




「事前に伝えた通り、裏どりができたのは1名だ」


「ごめんなさい。もっと裏どりができると思ったけど、できなかった。やっぱり言えないって人が多かったの。私に話してくれた人は、私と仲がいい人なのに全部は教えてくれなかった。小此木の手口だけ教えてくれて被害内容はぼかした言い方だったから、完璧に悪事の裏が取れた訳じゃないんだけど」




 黒子の情況説明に東宮が頭を下げるが、俺たちは首を横に振った。


 俺たちが手に入れたリストは30人に対して、思った以上に完璧な証拠は手に入らなかった。けれど、俺たちにとってはそれだけで十分過ぎた。


 小此木にリストを叩きつけ、裏悪炎上チャンネルで予告動画を流せば呪いの主を引き釣り出して倒す。 


 そうすれば、どれだけ証拠を隠滅しようとも、呪いを払えば悪事の証拠は全て流出する。




「大丈夫。俺の時も野切たちが消したデータが出てきたから、どれだけ上手に隠しても証拠は見つかるよ」


「そうだね。うまく行くって信じてる」




 東宮がホッとしたような表情で顔をあげた。


 すると、扉のノック音とともに男性が二人入ってきた。


 白髪交じりの初老の男性は事務所の社長、そしてもう一人40代のスラっとしたスマートな男性が今回の呪いの主、小此木流星という超やり手のプロデューサー。


 見た目はできるサラリーマンという見た目で、清潔感もあり、とても女性を食い物にしている男には見えない。


 むしろ、誰にでも誠実に優しく接する人だと思えてしまうような印象だ。


 黒子と東宮によると、実力も申し分なく、数多くの大ヒット番組を作り上げた天才で、気に入られれば必ずテレビで売れると言われるほどの逸材らしい。




「東宮茜さんのお友達の皆さんだね。番組に関する守秘義務もあるから、席を外してほしいんだけどいいかな?」




 小此木が優しい声色で俺たちを追い出そうとする。


 社長の方も小此木を止める気がないらしく、申し訳なさそうに俺たちに頭を下げる。


 けれど、それを東宮が力強く拒否した。




「いえ、私の炎上に対して一般的な意見も必要ですから、いてもらいます」


「東宮さん気持ちは分かるけど、これは仕事の話ですよ? 部外者を入れられる訳がないでしょう?」


「いいえ、部外者ではありません。昨日の炎上騒ぎの元になった投稿の文面を一緒に考えた大切な人たちです。今回はその炎上騒ぎについての話ですよね?」


「そうなのかい?」




 東宮がとんでもない爆弾発言をして、俺と真見の表情が固まった。


 小此木の表情が明らかに不機嫌そうになったからだ。


 嘘は言っていないし、俺たちが東宮に炎上投稿をそそのかしたのも間違っていないけど、その情報をまさかこんな風に使うなんて思わなかった。


 本当に怖いもの知らずだな!?




「そうです。茜さんから話を聞いてあまりにもひどい話だったので、私が文面を書きました。いわば共犯者なので謝りに来いと言われて来ました」




 真見も本当に怖い者知らずだな!


 ここで、さらにとんでもないはったりをかますか。


 どんだけ度胸が強いんだこの二人!?




「それで君は?」




 そうなると俺は何なんだって話になりますよね!?


 真見には共犯者のポジションを取られた。後はどんな立場だったらこの空間に残れるんだ!? 関係者ってどんな関係なら良いんだ!? 兄妹はさすがに無理があるし!?


 ええい、もうどうにでもなあれ!




「お、俺は東宮さんのーー茜さんの――彼氏です! 彼女が大変そうなので一緒に悪ノリして炎上させました。ごめんなさい!」


「すみません、ずっと隠していて。彼氏の誠司君です。ずっと炎上の件について自分の意見を言うべきって言われてて、でも逆にこんな炎上しちゃったことで責任を感じて一緒に謝りたいって言ってくれたんです」




 俺の咄嗟の大嘘に、東宮は持ち前の演技力で自然に嘘八百を並べたてた。


 さすが女優。咄嗟の設定でも演技をする訓練でもしたことがあるんだろうか。


 こんな大胆な嘘も信じているのか、社長と小此木も驚いた顔をしている。ーーなんで真見はそんな今にも泣き出しそうな顔でショックを受けてるの!?




「お、おほん、週刊誌の記者がこの場にいなくてよかった。東宮さん分かってるのかい? 今君は恋愛リアリティショーに出演する演者だよ? 既に恋人がいると知られたら今どころの炎上騒ぎでなくなる」


「分かっています。だから、事前にこうして紹介させていただいたんです」


「番組にアサインする前に紹介してもらいたかったが、まぁ、今更言っても仕方ない」




 小此木は深くため息をつくと、心底困ったように頭をかきむしった。


 うん、俺も頭を抱えたい気持ちだから、そうなるのもよくわかる。


 何だこの嘘だらだけのカオスな情況、嘘がばれずに乗り切られるのか?




「それに目下大事なのは、東宮さんが投稿した内容の件だ」




〈エンタメは台本がしっかりあって、登場人物には役割があるんだよね。私はその中でいわゆる悪役令嬢を演じてるだけなのに、テレビの私の行動をマジに受け止めてるって最高に番組を楽しんでいる人だよね。番組を作る側はこの炎上見て狙い通りって笑ってると思うよ。〉


 どうやら今この投稿が大炎上しているらしい。リプライ欄が罵詈雑言の嵐でとんでもないことになっている。




「悪評は無名に勝るとはいえ、内情をばらすのはよくない。東宮さんの言う通り番組の内容で燃やすような人はある意味私たちの演出と、演者たちの素晴らしい演技に魅了された結果なんだ。ある意味夢を見ている情況なのに、その夢を壊すような投稿を演者である君がするのが良くないことくらい分かるよね?」




 小此木の言葉はおそらく制作者として、至極その通りな内容なのだろう。


 本気で見て、本気で演者を応援するからこそ、応援している演者の敵には怒りが募っている。


 そうやって本気になっているお客さんをバカにしたような投稿は、お客に対しても失礼だし、何より共演者に対しても失礼に当たるだろう。


 東宮に投稿をそそのかした俺たちも怒られて当然だ。


 ただし、その裏に悪意がなければの話だが。




「はい。分かった上です」


「分かっているなら尚たちが悪い。この先の仕事に響くよ? 私も東宮さんを人に紹介しづらくなる」


「いえ、もう仕事は受けません。紹介も必要ありません」




 東宮の断言に小此木と社長の目が点になった。


 二人ともこの答えを全く想定していなかったのだろうか。


 小此木がこそこそと社長に耳打ちして確認を取っているが、社長も首を振って必死に否定している。


 二人とも明らかに困惑しているようだ。


 そんな二人を見て、東宮はさらに畳みかけた。




「北条先輩、南方先輩に話を聞きました。小此木さんに売られたって」


「確かにあの二人は私が売り出して人気が出たが――」


「違います。枕営業するよう誘導されたと聞いています。他にも30名あなたに関わり被害にあった人がいます。そして、私もターゲットになるから注意するよう言われました」




 裏取りがされている被害者の名前も出した、怒気を含んだ東宮の言葉が場を支配する。


 その言葉に社長は驚いたように小此木を見つめた。




「小此木さん、今の話は本当かね?」


「いえ、何を吹き込まれたのか分かりませんが、とんだ言いがかりですね」




 だが、小此木は表面上全く動じることなく、落ち着いた様子で俺たちをバカにしたように鼻で笑った。


 明確な証拠で刺されたというのに、全く効いていないように見える。




「そもそも証拠がないでしょう? 被害者の証言が正しいと誰が証明してくれるのか。私を妬む人間が、私をはめようと虚言を流したと言われた方がよっぽど納得がいく話です」




 悔しいけど小此木の言葉に筋は通っている。


 金銭の授受があったあろうことは俺たちも掴んでいるけど、呪層空間のことを言ってもバカにされて一蹴されるだけだ。


 けれど、ここで食い下がるわけにはいかない。


 俺たちみたいな取るに足らない子供が、自分の悪事に気付いていると思わせられれば、 野切閻魔みたいな無敵は使えなくなるはずだ。




「俺、あんまり芸能界のことって分からないですけど、小此木さんの作った番組に出てる人、グラビアアイドルとかセクシーアイドルに転身してる人多いから、東宮さんがそういうのになると、困るっていうか、嫌なんです」


「なるほど。彼氏として心配になるのも無理はないね。でも、そういう人って自分から進んでそういう道に行く子が多いからね」




 小此木はあくまで自分は関係ない。被害者本人が自分で勝手に選んだことだと言う。


 けれど、俺たちは小此木の手口を知っている。


 ここで切り札をぶつけるべきだろうか? そう思って真見に目くばせすると、ようやく正気を取り戻したのか、何かに気付いたように頷いた。


 併せて東宮にも目くばせすると、東宮も頷いてくれた。


 二人もここでやれって言ってくれている。




「映画監督や芸能界の大物が泊めるホテルで小此木さんがパーティを主催して、被害者にパーティ後、大物の部屋で今後の相談をするよう言っているみたいですね」


「それが? コネを作ることの大事さを知らないのか?」


「コネは大事なんだと思います。けど、ここで演技をすれば、借金返済と主役が手に入る。どんな演技を求められているか、分かるよね? というのはもはや強要では?」




 東宮が唯一手に入れたたった一つの被害証言。


 お金と役が欲しければ身体を売れ。という至極シンプルな悪魔のささやき。


 その弱みに付け込んだ悪意で、小此木は相手から紹介料や今後の番組に対して優先的な出演やギャラの調整を有利にする等、数々の便宜を図ってもらっていた。




「言いがかりも甚だしい。何を根拠に」


「言いがかりじゃないですよ。これ小此木さんのことですよね?」




 俺の言葉を合図にして、真見と東宮がスマホの画面を開く。


 そこには裏悪炎上チャンネルの動画が再生され始めていた。


 黒子が作った動画には、人工音声で名前をぼかした30人の人物リストといくらで取引があったかの金額、犯人は名物プロデューサーであること、その証拠が名物プロデューサーの職場の端末がランサムウェアに感染し、流出したものを手にいれたと説明をしていた。


 そして、同時に黒子が小此木のスマホ画面を改ざんし、ロック画面が解除できないように見せかける。


 黒子は同時に小此木のスマホから社長のスマホに裏悪炎上チャンネルの動画を送信し、自動再生させた。




「お、おい、小此木君、君のスマホからこんなものが送られてきたが、操られているのではないかね!? これは本当なのか!?」




 その瞬間、小此木の顔がさぁーっと青くなった。


 ちゃんと確認すれば全て嘘なのだが、確認するまでのこのわずか数十秒、先ほどまで小此木が抱いていた自信は完全に揺らいでいるようだった。


 その自信の揺らぎが焦りとなり、呪いが慌てて東宮を呪い殺そうとしているのか、視界が歪んで呪層空間が生まれかけていた。




「黒子!」


「任されよ。呪いの主に止めを刺すぞ!」




 真見が声を張り上げ、黒子が応える。


 その瞬間、俺たちの身体は吸い込まれるように呪いの空間に飛び込んでいった。

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