第13話東宮茜の価値

 城の前につくと俺たちは自分たちの目を疑った。


 ピンク色の光に照らされた庭の艶めかしさ、生々しい女性の肉体が彫られた像といった趣味の悪い外観だけではない。


 開かれた扉から呪魔が同じ顔をした女性を何人もひっきりなしに連れ出して、街の方へ消えていく。


 そして、その全ては東宮と同じ顔をしていた。


 そんなあまりにも不気味な光景に俺は呆気に取られてしまった。




「っ!? 何だこれ……」


「多分、この城で東宮さんを作って、街の店に送り込んでいるんだと思う」


「ということは、ある意味ここが呪いの中心?」


「確証は持てないけど、調べる価値はあるね。問題はどうやって入るかだけど」




 この城を中心にして、街の店に女性を送り込んでいるというのなら、呪いの主がいてもおかしくない。


 けれど、ここまでひっきりなしに呪魔が出入りしていると、正面の扉からは侵入できそうにない。


 いくら倒そうが無限に湧き出てきそうだ。


 どこかに勝手口みたいなのがあればいいんだけれど。


 そんな風に真見と悩んでいると、東宮が何かに気づいたように小さく手を挙げた。




「ここがテレビ局だったら、スタッフ用の入り口があるはず。何度もテレビ局に行ったことがあるから入り口分かるかも。誠司君、真見さん、黒子さん、ついてきてもらっても良い?」




 そんな東宮の提案にのって、俺たちはぐるりと塔の裏へと回り込む。


 まるで何度も通った慣れた道のように、東宮はすいすいと進んでいく。




「……やっぱり見た目は違うけど、テレビ局と同じ作りをしているみたい」




 すると、城の裏は全く人の気配がなくて、何の飾り気もない扉があった。


 だが、殺風景な裏口とは対照的なほど、扉の中は外に負けないくらい派手で豪華な空間が広がっていた。


 赤いじゅうたんが敷き詰められた床、金の装飾品、アンティーク調の机や椅子が並べられている。


 そして、壁にはいろいろな女性の肖像画が額縁に入れられてかけられていた。




「うわ……中も変わらず趣味が悪い……」


「呪魔はいないみたいだし、気は重いけど手がかりを探してみよう」




 内装にドン引きしながら俺も真見に続いて部屋を調べる。


 すると、女性の肖像画の中に東宮さんの絵を見つけた。


 写真のように正確な絵だ。実は絵じゃなくて写真なんじゃないだろうか?


 そう思って額縁に手を触れた瞬間だった。


 肖像画がガタっと音を立ててその場に落ちたのだ。




「しまった――って、なんだこれ? メモ書き?」




 地面に落ちるギリギリで肖像画を抱えると、額縁の裏に何か文字が書いてあることに気が付いた。




「東宮茜、見た目よし、スタイルよし、非常に高く売れる逸材。グラビア、イメージビデオ、アダルトビデオへつないでいけば当たる。演劇に強くこだわっているため、少しずつ心を壊して枕営業を受け入れる下地を作るべし。って何だこれ!?」




 そこには何と、いかに東宮茜を性的な商売道具にするかが書かれていた。


 それに驚いた俺の声に気づいて、三人が集まってくる。




「どうしたの誠司君?」


「これを見てほしい。額縁の裏にメモが書いてある」




 書かれたメモを三人に見せると、真見が何かに気づいたかのように振り向いて走り出す。


 そして、別の肖像画を取り外してこちらに持ってきた。




「遊郭を見てからずっと思っていた。こればかりは外れてほしい推理だったんだけど、これを見て」




 真見が持ってきた別の肖像画の裏にも、東宮の肖像画と同じようにメモが書いてあった。


 けれど、俺と東宮がそのメモを見て、声を失うほど驚いた。




「どうやってその人を追い詰めて、どういう人に紹介して、いくらで売りつけた。そういうのが記録されている」




 その人が取りたい役をちらつかせて、その人がばらされたくない秘密をちらつかせて、お金に困っていればお金をちらつかせて、権力のある俳優や監督の機嫌取りに使わせて、そういった様々なことが書かれている。




「……許せない。みんな叶えたい夢があって芸能の世界に入ってがんばってるのに」




 東宮が怒りと悲しみで涙を流し、フルフルと震えながら肖像画を抱きしめる。


 そんな東宮の様子を見ていたら、何十枚の肖像画がある種の遺影に見えてきた。


 だって、この肖像画は全て誰かの私利私欲のために夢を殺された少女たちの記録なのだから。


 俺が会ったことも見たことすらない人たちだけど、こんなことをされているのを見過ごせない。




「東宮さん、必ずこの呪いを祓って、呪った人に全ての罪を償ってもらおう」


「うん、絶対にみんなの無念も晴らすよ」




 東宮は覚悟が決まったのか、涙をぬぐって真っすぐ前を向いた。


 ここまで悪事の記録が残っているのだから、間違いなく呪いの主はここにいる。


 そうとなれば、後はこの城の中にいる呪いの主を探すだけだ。


 城の中で主がいそうな場所と言えば、考えられるのは一つだけ。




「呪いの主の居場所だけど、やっぱり天守閣かな?」


「だと思う。他に手がかりもないし、天守閣を目指すべきだってホームズも言ってる」




 そうとなれば話は早い。


 俺たちは肖像画の部屋から次の部屋へ移動する扉か、上の階へと繋がる階段がないかを


探すことになった。


 だが、探索はすぐに行き詰まることとなる。


 俺たちの侵入を拒むかのように扉のすべてに鍵がかかっていたからだ。


 扉を破壊して無理やり進めないかも試してみたが、どんな攻撃も扉に傷一つつけることは出来なかった。


 つまり、この扉もまた呪いの主の認知によって生まれた強固な心の壁なのだろう。




「黒子、やっぱり今回も呪いをかけた本人のせいってこと?」


「おそらく。自分が持っている悪意に気付かれたかもしれないとは思ったが、自分が悪意を向けていることは気付かれていないという絶対的な自信があるのだろう。その自信が私たちの侵入を拒む壁となっている」


「となると、このまま侵入は難しいから現実に引き返すしかないってこと?」




 原理は野切の無敵とお店の裏口を見つけた時と同じ。呪いをかけた人の認知を変えればこの扉は開く。


 とはいえ、今度はきちんと相手が誰なのか分かった上で揺さぶる必要があるので、このままだと証拠不足で揺さぶろうにも揺さぶれない。




「でも、現実に戻ってその後どうする?」


「直接的な証拠はないけど、手がかりはもう見つけたよ」




 俺の疑問に真見は自信たっぷりに答えた。


 その手はメモ帳が広げられていて、先ほどあった絵画の女性リストの名前と事情が書かれていた。




「東宮さんの協力が必要になるし、もし知り合いがいたら辛いことになるけど」




 自信たっぷりだった真見の様子が、申し訳なさそうな態度になったことで、俺もどうすれば良いか察することができた。


 確かに俺はもちろん真見さんにも、被害者と直接会って話を聞くことはできない。


 同じ芸能界に所属し、被害者になりうる東宮さんしかできないことだが。




「大丈夫。芸能界ってそういうものって分かってるから。辛くないといえば嘘だけど。真見さん、気遣ってくれてありがとう」


「こっちこそ。それじゃあ証拠集めのために現実世界に戻ろう」




 真見が杖を地面に突き刺すと、空間が歪み、現実世界へ戻るためのゲートが生まれる。


 そのゲートに俺たちは飛び込むと、呪いの世界は溶けるように消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る