第9話 東宮茜の呪い

チーム名が無事に決まった後、俺たちはそれぞれのクラスに戻って授業を受けた。


 そして、放課後に校舎裏へ行くよう黒子から頼まれた。


 どうやらこの学校にもう一人、俺以外に呪われている人がいるらしい。


 しかも俺より呪いの規模が大きく、強いそうで、なかなか呪いを祓えないでいるとか。


 その呪いについて話がしたいそうだ。


 仲間になった以上、断る理由なんてない。


 俺は黒子の頼みを快諾して校舎裏に行くと、真見が既に待っていた。




「ごめん。待たせた。この学校にもう一人呪われている人がいるって話だよね?」


「気に病む必要はない。拙者も真見もちょうど来たところだ。確認だが、誠司殿は東宮茜ヒガシノミヤアカネをご存知か?」




 東宮茜、聞いたことがない。


 同じクラスにはいないし、真見のクラスの女子だろうか。




「ごめん、分からない。真見さんのクラスの人?」


「ううん、別のクラスだよ。子供のころから役者として芸能界にいて、最近は恋愛リアリティショーに参加している」


「そんな芸能人がこの学校にいたんだ!? 全然知らなかったよ」




 思ったよりすごい人で驚いた。


 けれど、同時に不思議に思う。


 何でそんなすごい子が呪われるようなことになっているのだろう。


 クラスメイトからの嫉妬とか? 芸能人だからって鼻につく態度をとっているとか?




「学校では芸能活動を秘密にしていた。テレビへの出演もつい最近から。だから、芸能人だ、って生徒は今まで気づかなかったみたい。先生からは劇団の役者をしていると思われていたしね」


「え? なら、余計に呪われる理由が分からないんだけど。クラスの人から嫌がらせを受ける理由が他にあったの?」


「これを見て」




 真見がそういってスマホをこちらに手渡す。


 その画面を見た瞬間、俺は言葉を失った。


 SNS上には画面を埋め尽くすほどの罵倒や呪いの言葉が書き込まれていた。


 アカネ死ね。アカネまじクソ。見ているだけで胸糞が悪くなる。みんなの和を乱すやつはさっさと切ればいいのに。究極の腹黒くそぶりっ子。


 一体何をすればこんなことを言われるのか、全く理解が追い付かない。




「これでも炎上の一部でしかない」


「なにこれ? 何でこんなことに……」


「どうやら出演中の恋愛リアリティショーでひと悶着あったらしい」




 炎上している様子を追いかけると、どうやら茜は天真爛漫な明るいキャラでみんなの人気者だったらしい。


 だが、評価が一転したのは彼女が実は他の女の子の陰口を男性に言っており、それを真に受けた男性が茜に集まっていた。


 そして、その事実を男性が匂わせたことにより、女性陣が茜の悪事に気が付き、実は茜が女性たちを貶めていたことが発覚したらしい。


 それに対して茜の返答が――。




「その程度の嘘を信じられる程の魅力しか、あなた達にないからでしょう?」




 だったらしい。


 そのやり取りから一転、茜へのバッシングは日に日に激しくなっていった。




「それは確かに言い過ぎだし、みんなが怒っても不思議じゃないけど……」




 さすがにこれはやり過ぎだろうと、同情してしまう。


 でも、黒子に言わせれば、このやり取り自体が嘘偽りの物語だったそうだ。




「私が茜のスマホに侵入して確認したのだが、彼女のスマホには共演者と楽しそうに笑っている写真しかない。もちろん、この炎上騒ぎの後もだ」


「え? こんな大喧嘩するようなこと言われたのに、仲良しなの?」


「うむ。ともに食事をするくらい仲は良い。つまり、恋愛リアリティショーと名乗ってはいるが、実のところ台本通りに話を進めていると拙者は睨んでおる。何せ彼女は唯一の劇団員、芝居は誰よりも得意で自然に見えるようふるまえるだろう」




 トラブルや強敵のない冒険ストーリーは面白いか?


 犯人のいない探偵ドラマは面白いか?


 恋敵や悪役がいない恋愛漫画は面白いか?


 その問いかけに対する答えがNOであるのなら、恋愛リアリティショーにおいてドロドロした人間関係がない番組は面白いか、その問いかけに対する答えはきっとNOだ。




「私も東宮さんを尾行して、彼女の所属する劇団員のやり取りを聞いたけど、黒子の推論と同じことを言っていた」


「なるほど。ってことは、東宮さんは番組が狙って炎上させてるってこと?」


「その可能性が高いと思う。でも、そんなことよりも問題は、この炎上のせいで彼女が強大な呪いに取りつかれてしまったことかな。あまりに人の悪意が集まりすぎていて、近くにいる人間の悪意を呪いに昇華させるんだから」


「悪意を呪いに昇華? どういうこと?」


「例えば、天原君にかけられた呪いだけど、野切たちの悪意はたったの三人で、本来ならあんな強い呪いに発展するほどの悪意の量じゃないの。でも、近くに何千、何万人以上の悪意と呪いをかけられた東宮さんが同じ学校にいる。そこで、野切たちの悪意が東宮さんに集まった悪意と呪いの力に影響を受けて、強い呪いに変わったんだ」




 水の中にインクをたらして広がるように、強い呪いの力というのは周りに広まるものらしい。


 つまり、野切に殺されかけた遠因は、東宮茜の炎上騒ぎによるものだったということになる。




「な、なるほど。って、ちょっと待って。そうなると、俺以外にも呪われた人が五人って話も?」


「うん、その通り。東宮さんの呪いを祓うのが遅れれば遅れるほど、この学校の近くで被害者が増えて、呪いの力が強くなる。最悪、私たちの手で祓いきれなくなると思う。野切の呪いも天原君が投影体使いにならなかったら苦戦したと思う」




 このまま東宮にかけられた呪いを放置していれば、間違いなく死人が出る。


 しかも、事故死になるように殺すから警察でも真相には辿り着けない。


 そんな話をされて放っておける訳がない。




「なら何が何でも助けないと。でも、東宮さんの呪層空間に侵入出来ているのなら、何で呪いを祓えないの? 黒子と真見さんは何度か侵入しているんでしょ?」


「呪いの主が見つからないのだ。おそらくだが、東宮殿本人が誰から呪いを受けているのか気づいておらぬ」




 黒子が言うには、あまりにも悪意が多すぎて、最も強い悪意を持つ呪いの主が隠れてしまっているらしい。


 侵入するたびに強そうな呪魔を倒しても、全く呪いが晴れなかった。


 そんなことが何度も続いているので、ホームズの力を借りて出した推理が、東宮が自分を呪った相手が誰なのかを認識しない限り、呪いの主を見つけることが出来ないだろうということだ。




「つまり、本人に聞かないと分からないってことだね。黒子と真見は東宮さんにこのことを話したの?」


「それが私も真見も呪魔と間違えられて、まともに話が出来ぬのだ。信用を得るために呪魔を倒してはいるのだが、まだ心を開いてもらっておらぬ」




 無理もない。事情を知らなかったらしゃべる狼である黒子は化け物に見えてもおかしくない。


 でも、同じ人間の真見ですら呪魔と間違えられるってどういうことだろう。




「真見も呪魔に間違えられるって、一体どんな呪魔がいるの?」


「……そうだね。誠司君には事前に伝えた方が……うーん……いいかも?」


「どういうこと?」


「野切の呪層空間はゲームセンターだったよね。東宮さんの呪層現実はエロ……大人の店。サキュバスやインキュバスのような人型の呪魔が多くいて、東宮さんの体を楽しんでいるの」




 え? 今エロい店って言いかけた!?


 どうやら聞き間違えじゃなく、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている真見を見る限り、本当にエロいお店が呪いの世界になっている。


 つまり、エロい呪魔が大勢いて、そういう空間だということか。


 どうしようすっごく気になる。いや、何を考えているんだ俺。




「まぁ、そんな空間だから、まっとうに話を聞いてもらえなくて……」


「……なるほど。確かにそれは難しそうだね」


「とはいえ、現実で話しかけようにも、見たくない呪層現実の話をすれば逃げられるし」


「確かに。いきなり呪いについて話かけられたら、ドン引くよなぁ。俺だって最初に真見さんに会ってなかったら、質の悪い悪夢だって思うもの」




 真美は困ったように溜息をつく。手がかりを得ようにも肝心の東宮と話が全くできていない状況が続いているらしい。


 だから、応急処置的に東宮が呪い殺されそうになるたびに呪魔を倒しに行って、助けているのだとか。


 それでも、呪いは拡散するからそろそろ限界が近い。


 このまま進展がなければ呪いが爆弾のように爆発して、多くの人が呪い殺される。


 思った以上に切羽詰まっている状況だった。




「だから誠司君、私と黒子の代わりに東宮さんと呪いの話をしてくれないかな? 同じ呪いをかけられた者同士で話が通じるかもしれないし」


「今、ドン引くって言ったばっかだよ!? そもそも東宮さんと接点ないし!?」


「大丈夫。接点がなかったのなら、何を言ってもこれ以上関係が悪化することはない。これからも接することがなくなるだけだから!」


「ひでえ!」


「大丈夫。ひどいこと言われて戻ってきたら、慰めてあげるから」


「全然大丈夫じゃない……」




 真見の提案は滅茶苦茶だ。でも、今できることは限られている。


 だから、何か状況を大きく変える情報が欲しいのも確かだ。


 こうして俺は真見と黒子に説得されて、渋々ながら東宮に声をかけることとなった。







 東宮と会うのは簡単だった。


 というのも、黒子が東宮のスマホに侵入したことがあるらしく、その時に位置を追跡できるよう細工したらしい。


 よっぽど呪魔より怖いことをしている気がする。俺、ストーカーとして通報されたりしないだろうか。


 でも、そのおかげで、俺はバス停に向かう東宮に追いついた。


 腰まである黒く長い髪、すらっとした体形に長い手足、まるでモデルのような出で立ちで、彼女の周りだけ空気が違って見える。




「って、見とれてる場合じゃない」




 いきなり道端で声をかけられたら驚かれるだろうけど、後数分でバスはやってくる。


 バスに乗ってからいちいち声をかけたら、今声をかけるよりも、よっぽど不審になる。




「東宮さんですよね?」


「ん? えっと、あなたは誰ですか?」


「えっと、一年二組の天原誠司です。今日、その話題になったいじめと流出騒ぎの……」


「あー、そういえば、何か先生たちがいじめについてアンケートしてたっけ。私のスマホにも何かいじめの動画が来てたなぁ」


「そのいじめられていた方です」




 なんてひどい自己紹介だと思いながらも、東宮はとりあえず俺に興味を持ってくれたらしい。


 バス停に向かう足を止めてくれた。




「あはは、その自己紹介は卑屈過ぎるよ」




 東宮がふわふわしたかわいらしい声で笑う。


 その様子からはとても呪われて、不安に苛まれているように感じられない。




「それで、そんな誠司君が私に何か用かな?」


「リアリティショーがネットで炎上してから、変な夢を見ませんでしたか? 呪われてる感じとか」


「あはは、宗教の勧誘なら聞かないからね。炎上して疲れたら変な夢くらい見るしさ」


「俺も野切たちにいじめられて、自分がゲームセンターで鬼になぶられる夢を見て、電車に飛び込みかけたんです」




 俺の言葉に東宮から作り笑いが消えて、胡散臭そうなものを見ている顔になる。


 そりゃそういう顔にもなるよね!


 心が折れそうなんだけど!




「俺と似たような悪夢、寝る時じゃなくて、事故が起きそうになった直前に見ていませんか? 夢から覚めると死にかけてびっくりするみたいな」


「えっと、ごめんね? 私そういうの本当に信じてなくて。そろそろバスが来るから、またね?」




 東宮は身をひるがえし、スタスタと足早に立ち去ろうとする。


 やっぱりドン引きさせて終わった。


 だけど、これ以上どうやって話をすれば良いのか。




「待ってくだ――」




 そう呼び止めようとした瞬間だった。


 対向車線から車が東宮めがけて突っ込もうとしている。


 そのことに東宮はまだ気づいていない。


 そして、何よりも大きな異常事態に巻き込まれていることに、東宮は気づいている様子がなかった。


 呪いが現実をむしばんで、彼女の周りの世界が変貌していたのだから。




「呪層空間が開いた!? 東宮さん危ない!」




 彼女の周りの景色が歪み、ピンク色のネオンが輝く薄暗い部屋が見える。


 とにかく助けないと。


 そう思って俺は全力で駆け出し、東宮さんを押し飛ばそうと飛び込んだ。

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