第6話流出炎上予告

「死ぬ!?」




 白いモヤが晴れた瞬間、目の前に電車が迫っていた。




「そうだった! 俺死にかけだったんだ!?」




 体が誰かに背中を押されたように傾いて、ホームから線路に落ちかけている。




「天原君! 全力で踏ん張れ!」




 真見の声が聞こえる。


 俺はその声でさっきのことが夢ではなかったことに気づいて、全力で踏ん張った。


 そうしたら、その反動で後ろに転んで、思いっきりしりもちをついた。




「痛った!」


「大丈夫!?」


「死ぬかと思った……ありがとう真見さん」




 俺は真見の手を借りながら立ち上がる。


 すると、駅員さんが落ちかけた俺に気づいて、血相を変えて駆け寄ってきた。


 もちろん、散々怒られた。


 でも、おかげで生きているって実感できた。


 たくさん怒られたけど、無事で良かった、と言ってもらえたから。







 そうして、駅員から解放された俺は真見に連れられて、ファミレスに入る。


 秘密の話をするには周りに人がいすぎると思ったけど、逆に騒がしいから秘密の話も埋もれるから大丈夫らしい。


 というか、あまりにも突飛すぎる内容なので誰も信じないし、痛い高校生同士の会話だと済ませてくれるから、逆に安全だとまで言われる始末だ。


 ただ、それも一理あるなと思って、俺は言われるがまま向かいあうようにファミレスの席についた。




「天原君、どこまで覚えてる?」


「全部覚えてるよ。あの閻魔の無敵を何とかするには、現実で野切を煽れって言ってたよね」


「うん、その通り」


「その通りと言われても、煽れって何を煽ればいいのやら……」




 野切は自分が守られているって認識が強いから無敵、と真見は言っていた。


 その認識を打ち消すようなことを言えば良いのだろうか。




「野切が自分のイジメがばれたら大変なことになる、って思わせれば良いってこと?」


「そうだね。あの世界観も呪魔も野切の深層意識が生み出した呪い。あの閻魔の姿と攻撃を弾く体も野切の認識が生んだもの。だから、自分が守られないと少しでも疑えば、攻撃が通るようになる」


「と言われてもなぁ。一回、先生に相談したことがあったけど、全く信じてもらえなかったんだよな。ちゃんとした証拠があれば違ったんだろうけど」


「なるほど。そういう体験が野切が無敵だって認識を強めているんだね。証拠がなければ絶対にばれないと思っているんだ」


「証拠さえ手に入ればなぁ。いくらでも煽れるんだろうけど」




 言ってはみたけど、俺は望み薄だということを知っている。


 野切たちは自分が不利になるような証拠を漏らさない。


 今日俺を殴っている動画だって、絶対にあの三人の中から外に出さないから、証拠として手に入らないだろう。




「証拠の手に入れ方は考えなくていいよ。呪いの主を倒さないと証拠は流出しない。というのも、呪いの主はそういう証拠を漏らさないように、本人に呪いをかけているからね」




 なんてことだ。相手を事故死に見せかけて呪い殺す上に、呪いをかけた本人は守るとか、かけられた側が一方的に不利な話だ。


 つくづく酷い呪いにかけられたと思う。




「え? そうなの? でも、証拠もなしにどうやってばれるかもって思わせるのさ?」


「ハッキングの予告状を出すの。お前のいじめのデータは抜き取った。罪を償わなければ流出させるぞ、って」




 冗談かと思った。


 そんな怪盗物みたいな予告状を出して、野切の意識が変わるとはとても思えない。


 いたずらだと思われてお終いだろう。


 それに俺が出しても意味がないし、真見が出しても信じてもらえるかどうか微妙なところだ。




「あはは……、そんな疑うような顔をされると困るよ」


「ごめん。でも、そんないたずらみたいなことで、あの野切が動揺するのかな? ちょっと信じられなくて」


「一時的な効果しかないよ。一晩経どころか十分くらいすれば、ただのいたずらだと思って流すと思う」




 それなら意味がない。そう思ったのに、真見は真剣な表情でこちらを見てくる。


 どうやら本気らしい。




「でも、逆に言えば、動揺したその瞬間だけは、野切の絶対安全だという意識が揺らぐ。その間に呪層現実へと私たちから侵入して、呪いの主を倒しにいくの」


「なるほど。それなら無敵じゃなくなるってことか。って、ちょっと待ってよ。あの呪いの空間ってこっちから入れるの?」


「うん、入れるよ。だから、天原君を助けられた訳だし」


「そっか。確かにそうだ。って、ちょっと待って。その予告状とかを用意している間に、あの呪いの空間がまた俺を連れ去るってことはないの?」


「天原君が投影体の力を手に入れたおかげで、呪いも返り討ちにあわないよう呪層空間を突然展開することはないと思う。逆に言えば、天原君が呪いを祓っても殺せる方法で襲ってくる。例えば、火災現場に居合わせたとか、交通事故の現場に居合わせたとか、そういう大きな事故に巻き込まれたタイミングだね」




 そうなったら、呪いを祓うことが出来て、呪いの空間から抜け出せたとしても、事故そのものが大きすぎて巻き込まれたまま死んでしまう。


 呪いにとってみれば死なばもろともではあるが、人を殺すという呪いの目的は果たされるため、タイミングさえあれば平気で襲ってくるようだ。


 つまり現状は、問題を先送りにしただけで、いつ殺されてもおかしくない状況は続いている。


 とはいえ、そんな大きな事故はそうそう起きないだろうし、気を付ければ大丈夫なのかな。




「そういう意味では、当分いきなり今日みたいに呪いの世界に引き込まれることはないってこと?」


「そうだね。とはいえ、呪い自体は不運を呼び寄せる。天原君の呪いはかなり強くなっているから、一週間のうちくらいに、そういう事故に巻き込まれると思うよ」




 全然大丈夫じゃなかった。早急に野切の呪いを祓わないと、俺は呪い殺される。


 覚悟を決めて、戦わないとダメみたいだ。




「予告状を出すにはどうすればいい? 絶対に野切を動揺させる」


「天原君はすごいね。その気持ちの強さがあればきっと出来るよ。スマホを出して」


「ただ単にまだ死にたくないだけだよ」




 俺は真見に言われた通りにスマホを取り出す。


 すると、何も操作していないのに、突然アプリがインストールされた。


 アイコンはよく見かけるLINEのようなものだけど、黒い柴犬みたいなマスコットがついている。




「このアプリは?」


「呪界ナビ。詳しくは黒子に聞いて」


「黒子?」




 真見の告げた名前を口にすると、アプリが勝手に起動した。


 起動したアプリはやはり普通のLINEと瓜二つで、違いが分からない。


 真見は一体何をしたのだろう。


 そう思った瞬間だった。




「拙者は黒子。投影体使い天原誠司殿、お初にお目にかかる」




 トーク画面の中に黒い柴犬が現れ、声を出して話しかけてきた。


 しかも、かわいい見た目に反して、声が滅茶苦茶渋い。


 歴戦の勇士みたいな声がする。




「真見さん、ナニコレ……」


「黒子だよ」


「いや、うん、そうじゃないんだよなぁ……」




 俺の反応に真見は驚いた表情で、困惑していた。


 何というか、真見はこう――。




「真見は言葉不足だから苦労するだろう」


「そうそれ」




 黒子の声に思わず頷いてしまった。


 すると、真見はショックを受けたのか、しょんぼりした表情になった。


 意外と繊細だったらしい。




「さて、では自己紹介をさせてもらおう。そこの真見とともに呪層現実を祓う投影体使いだ。このアプリは呪いに対抗するために私の主が作ったものだ」


「あ、なるほど、本人は今別の場所にいるってこと?」


「いや、呪いに敗北して戻る肉体を見失ってな。こうしてスマホの中に意識だけを移して生き伸びている」


「え、肉体を見失った?」


「戦いに敗れ精神が肉体に戻れなくなったのだ。この身体は投影体の一部を電子体として作り変え、真見のスマホに避難させたもので、拙者の精神は呪いの中に、本体はどこか別の場所で眠っているのだろう」




 見た目はかわいい黒い柴犬なのに、中身はひたすら芝居ががっていて、シュールさを感じる。


 けれど、呪いの世界で殺された場合を知って、少し怖くなった。


 もし、真見に助けてもらわなかったり、このまま呪いを祓えずに呪い殺されたりしたら、俺もこうなっていたのだろうか。




「……呪いって本当に怖いんですね」


「安心したまえ誠司殿。この体を手に入れたおかげで、拙者は呪層空間に乗り込める道を作れるようになった。必ずお主にかけられた呪いを祓ってみせる」


「それはすごいけど、スマホと呪いってかけ離れてない?」




 呪いといったらお札とか、わら人形とか、そういったアナログなものをイメージしてしまう。


 だから、スマホで呪いをどうにかするって不思議で仕方なかった。


 あまりにもデジタルというか、現代的すぎる。




「誠司殿、この数年、人の悪意はこのインターネットという電子の世界に大量に流されている。そして、呪いは悪意によって生まれるのだ。つまり、呪いは今現実世界よりも仮想の世界で生まれ、積み重なり、広がる方が多いのだよ」




 心当たりはある。確かにネットを介しておこなわれる仲間外れやイジメはよく耳にする。


 そして、俺のように現実でいじめつつ、ネットで動画共有して楽しむような連中がいる。


 ネットで便利になったことは多いし、人間関係が広がることもあって良いこともたくさんある。けど、その裏にはもちろん深い闇がある。


 現代は電子の世界にも膨大な呪いが満ちているんだ。




「心当たりはあるようだ。これで拙者がスマホを介して呪層空間に侵入できるという言葉も納得できたかな?」




 黒子の説明に渋々納得した俺はうなずいた。


 すると、黒子も満足そうにうなずく。


 細かいことは分からないけれど、黒子のおかげで俺は呪いの世界に踏み入って、戦うことが出来る。今はそれで十分だろう。




「次はどうやって予告状を出すかについてだが、それも拙者に任せてもらおう」


「もしかして、真見さんの言っていたハッキングが出来るの?」


「うむ。先ほど真見から誠司殿のスマホを操作して移ったように、野切のスマホに乗り移って操作できる」




 いつの間にかスマホの操作がされているって、呪いより怖いな。履歴は全て消しておくべきだろうか。女子に見られたら説明に困るサイトとかってあるから……。


 とにかく、黒子が予告状のファイルを作って、画面に表示させるらしい。


 そして、さらに恐ろしいのが、野切と連絡先を交換している人になりすまし、その予告状を見たというメッセージを受け取ったように見せるんだとか。




「コンピューターウイルスみたいなこと出来るんだね」


「呪いの術者に対する呪い返しと言えよう」




 かなり怖いことをするけど、おかげで真見の言っていた言葉が腑に落ちた。


 ここまでされたら、誰かに本当のことがばれるかもしれない。


 そんな不安に駆られてもおかしくない。




「とはいえ、真見の言った通り、せいぜい一日が限度だろう。拙者に出来るのはあくまで証拠が流出したように見せかけるだけ。十分ほど経っても何も起きなければ、ただのいたずらであったと思われる。もちろん、二通目の予告状を出しても全く信じてもらえないだろう」


「予告を出したら後戻りはできない。そういうことだね?」


「その通りだ。だが、その目を見れば分かる。後戻りをする気など微塵もないのだろう?」


「あぁ、俺だけじゃない。今までいじめられていた人たちの分も、しっかり償ってもらいたいから」


「良い目だ。では、予告状の内容について考えようか」




 予告状の書き方を真見に聞こうとしたら、真見はまだしょげていた。


 そんなにショックを受けることだったのだろうか。




「ごめん、真見さんの言う通りだったよ」


「……ショック。全然伝わってなかったんだ」


「意外と繊細なのね!?」


「だって、天原君が初めてだったんだよ!? 初めての人だったのに……」




 その言葉で何かを勘違いしたのか、店員さんが哀れむような眼と怒ったような眼で真見と俺を交互に見てきた。


 酷い誤解だ!

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