第3話 人生初の出来事
彼女の話を聞いてから、僕はあの場所はよく行くようになった。
彼女に同情したわけではない。
ただ、あの場所で見る夕焼けはいつもよりも少し違っているように思える。
だから、僕はあの場所に行くのだ。
決して他意はない。
彼女の色が見えないという告白から、彼女の周りから次第に人が減っていった。
クラスの中心人物であった彼女は、先日までこのクラスの誰よりも上に登っていた階段から転落していった。
彼女が自分から話しかける人はもう、たった1人の女子生徒しかいない。
別に誰も虐めようと思っているわけではない。意図的に無視しているのではなく、無意識に避けているのだ。
そんな中で、変わらず彼女に話しかける男子生徒がいる。
「桜井。今週の土曜日って暇か?」
荒井というその生徒は、桜井が色が見えないとわかる以前から彼女に好意を寄せていたらしい。
ただ、情報源は川崎のため信憑性には欠ける。
「土曜日は用事があるのー。ごめんね!」
彼女はずっと変わらない明るい声で、そう答えた。
荒井はがっかりしたような様子だったが、すぐに持ち直し、お礼を述べた。
「荒井は一途で素敵だな。」
川崎がそう言った。
僕もそれには同意する。彼ほど一途な人間はそういないだろう。
彼にはぜひ、その恋を成就させてもらいたいものだ。
彼女からあの場所であり得ないような話を聞いて、僕は彼女に対して少しばかりの興味を抱くようになり、以前よりも彼女視界に入れることが多くなった。
彼女を見て、わかったことがある。
色が見えないからといって、桜井が何か不便に感じてそうかと言われたら、恐らくあまりそうではない。
今日は4日ぶりに晴れている。
彼女が実際に不便に感じていることがあるかを訊くために、今日もあの場所へ赴く決心をした。
その瞬間に授業開始のチャイムが鳴り響いた。
***
僕は例の場所に到着すると、早速彼女に訊いた。
「色が見えないことで、何か不便に感じてることってあるの?」
「そんなに不便には感じてないよ。強いて言えば、ケチャップとマヨネーズの違いがわかりにくいってことくらい。」
「君って食いしん坊キャラなの?」
「私はこう見えて結構食べるよ。私って食べても太らないタイプなの。」
「確かに、普通の人の倍くらいは1日の消費カロリー高そうだよね。」
「代謝が良いと言いなさい。まるで私が落ち着きのない人みたいに聞こえちゃうでしょ。」
そんな他愛のない会話ができるくらいには、彼女との距離は縮まった。
「逆に常に色が見えると、それに頼って脳が衰えるかもよ。
今から石川くんの脳が衰退して腐ってないかテストしまーす。
では、問題です。
歩行者用信号機の青は上と下のどっちにあるでしょう?」
僕は沈黙する。
桜井の問題に咄嗟に答えられないのは、普段から色に頼っているからなのだろう。
だが、冷静に思い出せば答えはわかる。
「下でしょ。流石にわかる。僕はこう見えて、頭が結構いいんだよ。」
彼女はニヤリとした。
答えが聞けると思ったが、彼女は全く関係ないことを訊いてきた。
「そういえば、今週の土曜日って暇?」
彼女は荒井の言った言葉をほとんどそのまま僕に言った。
脳が衰退しているのは彼女の方なのではないだろうか。
この状況で僕が求めているものが、わからないのだから。
僕は自分の答えがあってるかがすぐに気になる性分なのだ。
スマホで、人生で初めて歩行者用信号機と調べる。
しかし、彼女はこの行動を僕が予定を確認していると勘違いした。
「どう?暇?」
「よし、合ってた。」
「流石にわかるって言ってたのに、ちゃんと調べるんだ。
石川くんは模擬試験が終わった後にすぐ自己採点をする人だ。」
「すぐにやろうが後にやろうが、点数は変わらないんだから早めに済ませたほうが、その分立ち直りも早くなるでしょ。」
「さすが、自称結構頭がいい石川くん。
落ち込むことが前提になってるあたり、やっぱり自分のことを頭がいいって言っている人は信じられないね。」
そして、彼女は思い出したかのように再度訊いてきた。
「それで、暇なの?」
「暇も何も、君は土曜日に用事があるんだろう?僕の予定を聞いてどうする。」
「私の用事に付き合ってもらおうと思って。
この場所みたいに私に色を与えてくれる場所、お母さんとの思い出の場所を巡ろうと思っているんだ。
石川くんもついてきてよ。」
悪くない、そう思った。
彼女といると色の価値を、ありがたさを再認識できる。
そして何より、大体暇している僕の休日に予定があるということは少し嬉しくも感じる。
「いいよ。付き合ってあげる。」
「上から目線の人は、異性からモテないよ。
まぁ石川くんの場合は同性からも人気じゃないけど。」
余計なお世話だ。
しかし、僕の休日に人生で初めて、予定が埋まった瞬間であった。
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