アビス・ハート:死んだはずの私が見つけた、クラーケンの失われた心と、深海の絆

星空モチ

序章:深海の夢、あるいは目覚め 💫

ズブズブと、意識が浮上する。

まるで深海の底から水面に押し上げられる泡のように。

しかし、その泡は弾けることなく、

ふわりと、何かに着地した。


🌸


目を開けると、そこは信じられないほど豪華な部屋だった。

シャンデリアが煌めき、壁には見たこともない深海の生物の絵画。

「は…?」

掠れた声が、自分のものだと認識するのに時間がかかった。

だって、私は死んだはずなのだから。


🐠


私の名前はミカ。

どこにでもいる、ごく普通の小学校教師だった。

たぶん。

そう、たぶん、普通の人間だった。

少なくとも、死ぬまでは。


🌊


私の最期の記憶は、濁流に飲まれるバスの中だ。

遠足の帰り、突然の豪雨。

幼い生徒たちの絶叫。

その声に、私は手を伸ばした。

それから、深い闇。

そう、確かに、あれは死だった。


🐙


なのに、私はここにいる。

指先を動かすと、白い肌が透き通るように見える。

まるで深海の光を透過するクラゲみたいだ。

髪は、潮に濡れたようにしっとりと、

深い藍色に染まっている。

なぜか、目尻には金色の鱗のような模様が浮かんでいた。

…あれ?こんな顔だったっけ?



「ふむ、ようやくお目覚めかしら、迷子の魂よ。」

突如、響いた声に心臓が跳ね上がった。

声の主は、部屋の隅にある大きなソファに、

これ見よがしにふんぞり返っていた。


👑


彼女は、クリスティーネ=フォルテッシモ=ヴェノム。

通称、クリス。

深紅のドレスを纏い、髪は漆黒の螺旋を描いている。

その瞳は、深海の暗闇を閉じ込めたような、

しかし、その奥底には、

僅かな光が揺らめいているように見えた。


🔱


「ようこそ、深海マンション『アビス・レジデンス』へ。」

彼女は嘲るように口元を歪めた。

「私はここの管理人にして、かつて海底を支配したクラーケンの娘。

貴様のような、孤独に耐えかねた死者の魂を、

集めて住まわせているわ。」

その言葉には、一切の感情が感じられなかった。

まるで、古びた書物を朗読しているかのよう。


🌀


「孤独に耐えられない、ですって?」

私は思わず聞き返した。

私こそ、孤独とは無縁の人間だったのに。

だって、私には、守るべき生徒たちがいた。

たとえ、それが叶わぬ夢になったとしても。


🦑


その時、壁の絵画が突然、動き出した。

絵の中から、半透明のイカがニョロリと現れる。

「あらあら、新しいお嬢様ですか?

クリスティーネ様も相変わらずお口が悪いですわねぇ。」

彼は、優雅な仕草で私たちに近づいてきた。

元教師の幽霊イカ、イカ先生。

彼の体は半透明で、ところどころインクのような染みが浮かんでいる。

どこか懐かしさを感じる、穏やかな眼差しをしていた。


🚂


「あら、イカ先生。余計なお世話ですわ。」

クリスは一瞥もせず、イカ先生を冷たく突き放す。

その態度に、私の心臓の奥がチクリと痛んだ。

彼女の目は、何も映していないようで、

しかし、何かを深く隠しているような、

そんな矛盾した輝きを放っていた。


💡


この奇妙な共同生活が、

一体どんな結末を迎えるのか。

私とクリス、そして深海の住人たちの物語が、

今、静かに、しかし確実に、動き出す。

まだ何も知らない私は、

この深海が、私の失われた"心の一片"を呼び覚ます場所だとは、

夢にも思っていなかったのだ。

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