第13話 呼ばれた名前で、まだこのままで
旅の途中で、疲労困憊の一行は、古くから癒しの力を持つとされる泉に立ち寄った。泉の水は透明で、底には色とりどりの小石が輝いている。周囲の木々は生命力に満ち、鳥のさえずりが心地よく響く。
「へえ、これはいいな」
大介は目を輝かせた。生粋のキャンプ好きである彼の直感が、ここが最高のキャンプ地だと告げている。彼は手際よくキャンプ道具を広げ、泉の周りに快適なキャンプ地を設営していく。ポン助とへっぽこ魔王軍は、大介の手際よさに感嘆の声を上げていた。
泉の水は、ひんやりとして肌に心地よかった。大介と玉藻は、並んで泉に足を浸す。肌が触れ合うたびに、玉藻の身体に微かな熱が走り、変身ゲージがじわりと貯まっていくのを感じる。この姿を維持するには、ときめきによって満たされる“感情ゲージ”が必要だった──玉藻は、それにまだ気づいていなかった。ロリ姿の玉藻は、大介に甘えたい気持ちと、大人姿で彼の傍にいたいという複雑な感情の間で揺れ動いていた。
「な、なんか、体が熱いんやけど……気のせいちゃうか?」
玉藻はそう呟き、そっと大介から顔を背けた。その頬は、微かに赤く染まっている。
(ワシがあの人間を好きになる? ……ないない)
玉藻は内心で否定する。そんなこと、あってはならない。魔王であるワシが、一人の人間なんかに。
夜になり、焚き火を囲んでの夕食。大介の作った温かいスープが、旅の疲れを癒してくれる。食後、ポン助とミィ、へっぽこ魔王軍は、疲れて先に寝てしまった。大介と玉藻だけが、静かに焚き火を囲んでいた。満点の星空が頭上に広がり、虫の声が静かに耳に届く。
玉藻は、大介への恋心の自覚に戸惑い、大人の姿で一人物思いにふけっていた。(あかん……。最近、あいつと話してるだけで、胸の中がぐちゃぐちゃするんや)
彼女は、この複雑な感情を誰かに相談したいと思った。横で寝ているポン助に、そっと近づいてみる。
「おい、ポン助。な、なんか、胸がもやもやする時って、どうしたらええんや?」
ポン助は寝返りを打つだけで、何も答えない。玉藻は諦めて、今度はミィに近づいた。
「な、なぁ、ミィ。お前、胸がドキドキする時って、どうするんや?」
ミィはスースーと可愛い寝息を立てているだけだった。玉藻は深くため息をついた。
(なんで、こんなん……誰にも相談できへんのや!)
玉藻の恋心の自覚と嫉妬の感情が高まりすぎたのだろう。彼女の身体から、制御不能なほどの魔力が溢れ出し始める。周囲の草木が、彼女の感情に呼応するように、微かに揺れる。「ふっ…」という小さなつぶやきのような音が、闇夜に響いた。玉藻の指先が、ぴくりと震える。心の奥に熱がじわじわと広がっていた。
玉藻は、その力の暴走を止めようと、必死に胸元を押さえる。だが、感情はさらに高まっていく。
(う、うちの身体が、勝手に熱を持っとる……! なんで、こんなことになるんや!?……泉のせいやない。こんなん、あの人間のせいやろ……)
「あんたのせいちゃうか! ワシを見つめてゲージが勝手に回復していくなんて……なんやの、これ……こんなん、聞いてへんし……」
玉藻は大介を睨みつけた。大介は、玉藻の異常な様子に気づき、心配そうに顔を覗き込む。
「玉藻、どうしたんだ? 具合が悪いのか?」
大介が、そっと玉藻の額に手を触れた。その瞬間、玉藻の身体から溢れ出ていた魔力が、さらに激しく弾ける。「じわっ…!」という音と共に、火属性魔法の暴走が始まった。周囲の木々から、突如として炎が吹き上がる。玉藻の背後には、まるで銀色の炎の尾のようなものが、ゆらりと立ち昇るのが見えた。
「きゃあああああ!」
玉藻は悲鳴を上げた。彼女の感情の揺らぎが、魔力を暴走させている。大介は迷わず、燃え盛る炎の中、玉藻を抱きしめた。
震える玉藻の背を支えながら、火の粉が舞う中で、大介は呟くように言った──
「違ぇよ。俺がほっとけねぇのは……お前なんだよ」
大介の言葉が、玉藻の耳元に響く。炎の熱が二人を包むが、玉藻の心の中には、大介の腕の温もりだけがあった。彼女の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「……っ(小さく嗚咽)」
玉藻は、大介の胸に顔を埋めた。
「……はぁ……泣いてへん。これは、汗や」
そう言いながらも、彼女は強く大介の服を掴んでいた。
(怒られたはずやのに、なんや、胸の中が……あったかい……って、アホかうち)
大介が玉藻を抱きしめた、その腕の中で、湯気に紛れて、彼女の髪の毛の色が……ほんの少し、濃くなったような、幻のような一瞬を大介は感じた。──まるで、何かが変わり始めていることを、彼女の身体が先に悟ったように。
不思議なことに、火の気配にもかかわらず、ポン助やミィ、へっぽこ魔王軍など、周囲には誰も目を覚ます気配はなかった──気づけば、空間そのものが、音を吸い込んだように静まり返っていた。──どれほどの時間が経ったのか分からなかった。ただ、あの瞬間だけは、この世界が“ワシら二人”のものになっとった気がする。……泉の魔力が、感情に反応して“結界”のようなものを張ったのかもしれない。
(なんでだろうな。今日のお前……やけに、心が近い気がした。変な魔力暴走だと思ったが、そうじゃないような、そんな気がする)
大介のモノローグだった。
「昔の俺もそうだった。誰も信じられなくて、殻に籠もって……でも、今のお前には、そんな顔してほしくない」
大介の言葉が、玉藻の心に深く染み渡る。彼の優しさが、玉藻の孤独を癒していく。
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【魔王のわるだくみノート】
フン! 人間め、何を勘違いしとるんや! ワシは別に、お前なんかに抱きしめられたいわけちゃうし! でも、あの時、なんか力が暴走したのは、この人間のせいな気がするんやけど……。あんな言葉、言うてへんのに、なんでワシの心臓がドキドキしとるんやろ! 次は、ワシの記憶の奥底に眠る、しょーもない秘密が明かされるらしいな! ワシの人生、この人間がおる限り、退屈させへんようやで!
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次回予告
フンッ! 人間め、何を勘違いしとるんや! ワシは別に、お前なんかに抱きしめられたいわけちゃうし! でも、あの時、なんか力が暴走したのは、この人間のせいな気がするんやけど……。あんな言葉、言うてへんのに、なんでワシの心臓がドキドキしとるんやろ! 次は、ワシの記憶の奥底に眠る、しょーもない秘密が明かされるらしいな! ワシの人生、この人間がおる限り、退屈させへんようやで!
次回 第14話 感情爆発型の変身解除と真実の片鱗
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