第1章 泥だらけのエスケーパー(part2)

 一通り、支給品を確認すると、俺は洞窟の奥の方を調べて見る事にした。

 暫くすると、洞窟が行き止まる場所に着いた。

 そこには、銀色に輝くこぶしほどの大きさの、ガラス質の鉱物が5個、まるで古代の冒険者か地質学者が置き忘れたかのように眠っていた。

 これが例の鳥に渡すブツなのか?

 銀色の鉱物と言う事はこれを極楽鳥に渡せば、何等かの支給品が手に入る仕組みなのだろう。

 その仕組みと極楽鳥へのブツの渡し方を、早めに俺に学習しろ!と言う事らしい。

 これじゃ、まるで安っぽいゲームのチュートリアルだな!

 俺は思わず、苦笑してしまった。

 

 すべき事が無くなったので、俺は荷車を引きずりりながら洞窟の外に出た。

 「此処ここは一体?」

 俺は驚きを隠せなかった。

 高々と茂った樹木があふれて、奥深い森林として俺の行く手をさえぎっていたからだ。

 そして、空が曇っている事にも驚いた。


 3年前に起きた人類史上最悪の大惨事、ファイナルフラッシュが起きた後で、地球上で生き残った人類は約20万人で、彼らは現在、その全員がサンミッシェル・シティの巨大地下シェルターの中で生活している。

 この地球で人類が生息可能な場所は、その地下シェルターに守られている巨大ドーム、その名を「ネオエデン」。

 要するに、その「ネオエデン」の中だけなのだ。

 世界情勢が緊迫化した為に、各地の地下シェルターは増設されたのだが、サンミッシェル・シティのシェルター以外の地下シェルターは、全てが地下1万メートルよりも浅い場所に建設されていた為、それらはファイナルフラッシュで放出された天文学的な莫大な熱エネルギーに依って、跡形も無く溶けてしまった。


 そのサンミッシェル・シティの巨大地下シェルターは、21世紀の中頃から、ミサト・カツラガワ氏が主宰する「ジェファーソン財団」が中心に成って建設されたシェルターで、地下1万2千メートルと言う阿呆らしい程の深さに建設された為、当時は金の無駄遣いだとの評論家達が騒いだと、俺は聞いている。

 だが、そのシェルターの建設費に、税金は全く使われておらず、スグル・カツラガワ・ジェファーソン博士の歴史を塗り変える数々の大発明と、その大発明を基盤とした卓越した事業経営に依って得た資金を基金として所有する「ジェファーソン財団」がまかなったのだ。


 勿論、「ジェファーソン財団」活動を支援する、富豪達を含めた世界の篤志家からの寄付金も多額にのぼったのが、何れにしてもこれは民間の事業なので、無駄遣い説は自然と立ち消えた様だ。 

 そして、それは決して無駄遣いなどでは無く、あれだけの超天才だったジェファーソン博士なので、地下1万2千メートルと言う深さには、彼成りの物理的な根拠が有っての事だったのだろう。


 サンミッシェル・シティの巨大地下シェルタードームと、ジェファーソン博士が提唱した「22世紀カウントダウンプログラム」は結果的に関係性を持つ事に成った。

 「22世紀カウントダウンプログラム」とは、将来、人類が月と火星に移住出来る様に、試験的にキャンプ生活を行うプログラムの事で、その技術的根拠の多くは「ジェファーソン博士の発明」に依って提供された物だ。


 だが、この計画は大国同志の巨大な利権が絡んだ為、そのプログラムがスタートするまでに、博士の提唱から20年の歳月を要した。

 2077年7月7日、今から丁度20年前に、そのプログラムはスタートした。

 ジェファーソン博士の卓越した細部にまでわたる技術的な計画書の成果も有って、プログラムがスタートしてから僅か5年で、最初の志願者1000名を月と火星のキャンプ地に入植させる事が出来た。

 そして2094年6月6日、ファイナルフラッシュが起こったが、その時、月と火星のキャンプ地で生活していた、併せて1万人の人々は、その災難から逃れる事が出来たのだった。


 ファイナルフラッシュから3年が経過した現在、サンミッシェル・シティの「ネオエデン」には、未だ十分な食料が備蓄されてはいるが、何時かは枯渇する為に、放射能から影響を受けない大型宇宙船を、月と火星のキャンプ地とのシャトルにして、月と火星に存在している物資等を「ネオエデン」に運び込んでいる。

 その中には、ファイナルフラッシュ前に研究用に連れて行っていた各種の動物や植物など、今と成っては貴重な物が多く含まれている。

 そして「ネオエデン」では既に、拡張したスペースで量はだ少ないが、米や小麦の収穫が行われている。


 それが地球の現状で有って、こんな澄み切った空気、高々と茂った樹木、小鳥達の鳴き声、貴重な水分を一杯に含んだ雲、そうした物が今の地球上に有る筈が無い。

 そう成ると、ここは何者かが作った人工の世界か、地球外の惑星か、次元の狭間に神隠しにでも遭っているのか、それは幾ら考えても、今の俺では答えを出せないだろう。

 取り敢えず、一番可能性が高いのは何者かが作った人工の世界なのかも知れない。

 それもその何者かは、地球の20世紀の諸々がお気に入りらしい。


 洞窟から抜け出すと、その先は荷車が一台やっと通れる位の細い道が、この森林の中心部と思われる方向に向かって続いていた。

 その中心部の方角をコンパスで確かめると北の方角だった。

 小道は、風の通り道になっているらしく、かなりの肌寒さを感じた。

 驚く事に、その小道にはウッドチップが敷き詰められていて、足への負担は感じなかった。

 俺はジャンパーのフードで頭部を覆った。

 時折、小鳥のさえずりが聞こえ、大型の鳥も空を舞った。


 ここまでの道のりでは動物の類を見る事はなかったが、昆虫やトカゲに似た爬虫類は何種類かを目撃した。

 そして結局、俺は5時間は歩き続けただろうか?

 その小道の先に平らに開けた場所が見えて、そこは十次路になっていた。

 さてさて、どちらの方角に進めば良いのか?

 俺は疲労を感じていたし、喉の渇きや空腹感も覚えていた。


 それに、テントや備品の状態を確かめる必要も有ったから、まだ陽は落ちていなかったが、俺はこの場所で、今夜のキャンプを張る事にした。

 テントの形状は細長い四方形だったがかなり小さめで、3人も一緒に横になれば肩が触れ合う事だろう。

 俺はテントを張り終えると、テント以外のキャンプ用品が入っていた「ツールコンテナ」を椅子代わりにして腰掛けた。

 LPガス取付口付きのステンレス製組み立て式グリル棚に点火して、マグカップに注いだ水と缶詰を熱した。

 燃料はLPガスを使えと言う事か?

 それは何者かに取っては正に20世紀の趣味なのだろうが、俺に取っては、単なる悪趣味にしか思えなかった。


 コンテナの中に、高さが60㎝ほどのガスカートリッジが3本入っていた。 

 この大きさならカートリッジ1本で、燃焼時間は20時間程度だろう

 これは、これから水や食料と並んで貴重品に成るな!と俺が考えていた時、

 「きゃーっ!」

 と言う、悲鳴のような声が遠くの方で聞こえた。



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