第32話 矛と盾、始動
エリスと
準備万端と言っていいだろう。そして、今日は禁足日明け初日。未開封の宝箱を求めて、最も探索者が迷宮に集まる日である。
「弟子。遂に今日、挑むのか?」
「ええ。なので、すみませんがしばらくの間料理が作れません。申し訳ないです」
「いや、問題ない。今日から私も迷宮に潜る」
「師匠が……?」
「ああ。第十階層に久しぶりに行こうかと思ってな。だから私もしばらくは家を空ける。もしかすると君より帰ってくるのが遅いかもしれない」
第十階層という言葉にカインは少し眩暈がした。デーモンが跋扈していたあの階層が第九階層。そんな階層の"門番"を倒した先に待ち受ける、迷宮最後の階層。実は情報が制限されており、金級でなければ第十階層の情報は知ることができない。
「第十階層ってどんな場所なんですか?」
「ふふ、金級になってからのお楽しみだ。ただ一つ言うのなら、君が思っているような場所ではないし、思いのほか楽しい所だ。いつか一緒に行けるといいな」
リゼはそう言って優しく笑った。
「というわけで、今日は一緒に迷宮に向かうぞ。入り口までは着いていってやる。ついでに、君のパーティメンバーのエリスとも会いたいしな」
「あーそういえばまだ師匠会ってませんもんね」
「ああ。あの紅茶はいいものだ。直接礼を言わないとな」
エリスから貰った紅茶を、カインはリゼと一緒に楽しんだ。普通に飲むのはもちろん、紅茶ゼリーにしたり、ミルクティーでプリンを作ったりした。おかげで茶葉はもうほとんど残っていない。
「さて、出る準備はできたか?」
「ええ。いきましょう」
軽やかな足取り。金級という探索者にとっての夢。その最大の障壁に挑む者とは思えぬほど、カインは普段通りにリゼの家を後にした。
◇◇◇
ギルドの前は人でごった返している。禁足日翌日はいつもこうだ。
そんなギルドの前に一人、甲冑を身に纏った者がいる。エリスである。ただし、彼女の甲冑は闘技場の時とは違って少し薄く、関節部分などはより動かしやすいものとなっている。迷宮探索仕様だ。
「やあ、エリス」
「ん。待っていました。カインさん。では早速、行きま……しょう……か……?」
カインの方を見たエリスが固まる。その視線の先にはリゼが。
「あ、あの。ひょっとして、『蒼穹』のリゼさんですか?」
「ああ、そうだ。初めまして。いつも弟子が世話になっている」
エリスが完全に動きを止めた。カインは明らかに様子がおかしいエリスの目の前で手を振る。反応なし。
「師匠。なんか動かなくなっちゃいました」
「面白い子だな。いつもこうなのか?」
「いえ、こんなエリスは初めて見ます」
と、そこで唐突に動き始めたエリスがカインの肩を掴んで、自分の口元にカインの耳元を引き寄せた。
「な、なんで『蒼穹』がこんなところに?」
「な、なんだって?」
「いえ、違いますね。貴方、『蒼穹』の弟子だったんですか???」
驚くほど小さな声でカインにそう囁くエリス。すごい早口だ。
「そうだけど」
「そうだけど、じゃないですよ! 私は『蒼穹』のファンなんですよ! いきなり目の前に憧れの人が来たらどうすればいいんですか!」
「いや知らない知らない。初耳だわそんなの」
「私だって貴方が『蒼穹』の弟子だなんて初耳ですよ!」
器用に小声で叫ぶエリス。カインはなんだか面白くなってきた。
「なんでリゼ師匠のファンなんだ?」
「かっこいいからに決まってるでしょ! たった二人しかいない女性の『二つ名』探索者の一人なんです。女性探索者として憧れないわけないでしょうに!」
「でも、騎士じゃないぞ」
「騎士も! リゼさんも! 好きなだけです! かっこいいですから!」
圧がすごい。こんなに感情を爆発させたエリスを見たことがない。
「あー興奮しているところ悪いが、そんなリゼさんがエリスに言いたいことがあるらしいぞ?」
「へ? 私に? な、何にも関わりもないのに?」
困惑しながらも、カインの言葉を聞いてリゼに向かい合うエリス。
「し、失礼いたしました。私エリスと言います。何かご用でしょうか、リゼさん」
体をカチコチにしながらも、兜を脱いでリゼを見るエリス。
「ああ、すまない。そんなに体を固くしなくてもいい。ただ礼を言いたくてな」
「れ、礼ですか?」
「そうだ。君のくれた紅茶を飲ませてもらってな。すごく美味しかったよ。ありがとう」
「ひ、ひえ〜〜〜」
エリスは憧れの人から感謝を伝えられて、か細く悲鳴を上げることしかできなかった。
カインに渡した紅茶の茶葉は、あの家にある茶葉の中で最も状態の良いものだった。エリスは自身の生真面目さに心の底から感謝した。
「よし、私の用は済んだ。弟子カイン。私は先に迷宮に潜る」
「わかりました。幸運を」
「ああ、そっちも頑張れ」
そう言ってリゼは迷宮の入り口を潜った。
「おーい、エリス、大丈夫か〜」
「カインさん……私、今、幸せです」
エリスは魂が抜けたかのようにへたり込んでいた。人は幸せが過ぎるとこうなるらしい。
「じゃあ俺たちもそろそろ迷宮に潜るぞ」
「あの〜もうちょっと余韻を噛み締めてもいいですか?」
「歩きながらにしろ」
「はい……」
カイン達もリゼの後を追うように迷宮へと入った。
◇◇◇
「そもそも、貴方に渡した紅茶をなぜリゼさんが飲んでいるんです? 師匠だから、貴方の家に招いた時に私の紅茶でもてなしたんですか?」
「あーいや、そもそも俺は今リゼ師匠の家に住まわせてもらっていてな」
「はい? 一緒に住んでいるんですか? え???」
カイン達は、第五階層で迫り来るリザードマンとスケルトンを適当に蹴散らしていた。そしてその間にも、エリスはカインを質問攻めにしていた。
第五階層は二人にとってはまるで警戒に値しない。そのため、連携せずに個々に暴れる方が効率が良い。
「け、経緯を聞かせてもらえませんか?」
「め、めんどくせぇ……」
「そう言わずに教えてくださいよ! また紅茶あげますから!」
「うーん……なら、まあ、いいか」
カインはリゼと会った経緯をエリスに話し始めた。なお、この間にも魔物を殲滅し続けている。
「とまあ、そんなわけで俺はリゼ師匠の弟子になったわけだ」
「羨ましすぎる……一緒に空の旅? 想像しただけで気が狂ってそのまま天国に行ってしまいそうです」
「頼むからやめてくれ。せめて第七階層攻略してからで頼むぞ。……お、大部屋だ」
たわいのない雑談をしていると、大部屋に着いた。既に一度"門番"は倒しているので、大部屋は第六階層へ挑む前の休憩地点と変わりない。
「よし、エリス。行く準備はできたか?」
「ええ。大丈夫です。……一旦、落ち着きましたから」
「なら行くか」
二人は第六階層へと続く階段を降りていく。先ほどまでの弛緩した雰囲気はなくなり、エリスがカインを先導する。色々と連携を試した結果、エリスが前衛で盾として動き、その後ろからカインが援護するというのが最も適していると判断したためだ。
二人が階段を降り切る。そして二人の眼前には、どこまでも続く砂漠が広がっていた。
第六階層はひたすらに続く砂漠である。迷宮内部でありながら、しっかりと昼夜が存在しているため、寒暖差の対策をしなければ魔物と戦うことすらできずに命を落とす。
何よりも恐ろしいのは、全く変わらない景色である。第七階層へと続く階段は何の目印もなく地面にあるため、運が悪いと一週間探し続けても階段が見つからないということもある。
あまりにも広いフィールドと、凶悪な環境への対策。これらに加えて、多種多様な魔物。金級探索者の数が一気に少なくなるのは、この第六階層が最大の要因である、と言う者もいる。
「いつ見てもすごい景色だな。絶景だ」
「そうですか? 何にもなくて殺風景に見えますが」
「このどこまでも続く白い砂がいいんだよ。その砂が作る丘の曲線もいい。スケール感がデカくて圧倒される。それに迷宮の中だっていうのにずっと青空なのもいいね。迷宮を作ったやつはセンスがある」
「私にはわからない感性ですね。でも、この景色を美しいと思えるのは、少し羨ましいような気もします」
「ま、浪漫ってやつだよ。おっとすまん、足を止めちまったな」
「いえいえ。先を急ぎましょうか」
そうして果てしない砂漠へと、二人は足を踏み出した。
Tips:カインが一番好きだった紅茶デザートは、ティーアフォガード。リゼはミルクティープリン。
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