10話 『魔物』は処理せねばならんのだ

 アンネリースさんの心配そうな美人顔と、ネリの殺意の視線と、ムキムキでコワモテのオジサン達に囲まれた僕は、どうしようもないぐらいしどろもどろになる。


「ぼ、ぼぼ僕は城崎 紫安という者でして……」


 流石のサロメすら同情する。


「さっきからシアン……キョドってばっかで可哀想」


 僕もサロメのその意見に賛成だ。あまりにも僕は可哀想だ。


そんな僕の哀れな様子を見て、アンネリースさんも女神のような声で助けを出してくれる。


「シアンさんは、アデル伍長が法爆オーバーロードした際の目撃者です」


 ひときわイカついヒゲのオジサンがそれを聞いて、強面でうなづく。


「なるほど……。一般人の、“証人”という訳か」


 アンネリースさんは少し眉をひそめながらそれに応える。


「『証人』……まあ、そのように捉えていただいても良いのですが……。何より彼は、心造妖精イデアを使役できています」


 アンネリースさんの『イデア』という言葉を聞いて、その場の全員が驚愕した。


「ビビり散らかす」とはまさにこんな感じだと思う。サロメを指差す人すら居た。


「なんだと!?」

「本当だ! あ、あれはラケルじゃないぞ!!!」

「まさかこんな少年が!? 信じられん」


 いきなり騒然とする一同の中で、僕はさらにキョドッた。


 なになになに? いやみんなこっち見過ぎだろ。


ぼ、僕って……な、な何かやっちゃいましたか?


 そんな僕に対して、サロメは堂々としている。


サロメは、ピチピチワンピースの前で組んだ腕をほどき、紫のツインテールを跳ねあげた。


「やれやれ……。やっとみんな気づいたのね? シアンが天才ってことに……。でも、不躾な視線で私の全身を舐め回すようにジロジロ見て……シアンと一緒で、変態ね」


 そしてサロメは、ため息混じりに首を振った。


 僕は、『これ以上サロメに話をさせてはいけない』と思った。


 アンネリースさんは会議の進行を続ける。


「ともかく……一般人ながら心造妖精を使役するシアンさんは、魔道の高みに立ち、心理ナバヤに祝福された人物であると言えます……。そして、アデルの最後も見た人物でもあります。よって、彼にこの場に同席して貰いました」


 それを聞いてオジサン達一同は、黙った。


「それなら……仕方ないか……」という声すら聞こえた。


 正直に言ってやっぱまだ分からないけど、サロメに感謝しないといけない。


つまり、この世界オルネアでは高位の魔法が使えると、それだけで社会的地位の証明になるのかもしれない……。


 ともかく僕の怪しさはアンネリースさんのお陰で、解消されたわけだ。


 アンネリースさんが言う。


「それでは本題に移ります。アデル伍長について……」


 それに被さるように『ヒゲオジサン』が発言する。


「アデルは『処理』するべきだ。他に方法は無い」


 場に一気に緊張がみなぎる。


 アデルを『処理』……。 


やっぱ、アデルを……殺すってことか…… 。


 ネリがヒゲオジサンを睨みつけて発言する。


「アデルには、まだ時間がある……『処理』の決定は時期尚早しょうそう


 ヒゲオジサンがそれに反対する。


「逆に、俺たちには時間が無い。なにせ、まだ神権軍が後ろに控えている。『法爆した魔物』と『神権軍』を同時に相手にするなんて、絶対に無理だ。だから、アデルは処理するべきだと言っているんだ」


「だが! お前たちだって今まで、どれだけアデルに!!……」


 と言ったネリは、アンネリースさんに静止された。「ネリ」と言ったアンネリースさんの声は、どこか哀しい。


 ネリは憮然とした表情で、黙る。


 変わるように、アンネリースさんは冷静に発言をする。


「少しお話を変えます。セグロ中尉。リュカ様の動向は?」


 ヒゲオジサン——改めセグロ中尉は、顔をしかめて答える。


「リュカの野郎の動きは無い。『ついに病に臥せた』……という噂は本当なのかもな?」


 セグロ中尉の斜向かいの、スキンヘッドのオジサンが手を軽くあげて発言を求める。


その『スキンオジサン』は、メガネをかけていてどこか学者のような雰囲気があった。……まあ、ムキムキだけど。


 アンネリースさんが、彼の名を呼ぶ。


「ヤマシロ中尉、なんでしょう?」


 僕は違和感を感じた。


……ヤマシロ? 日本人……? 思わず彼を凝視した。


しかしヤマシロ中尉の顔の彫りは深く、目も青色で、明らかに日本人には見えなかった。


 もしかすると僕と同じように転生した人かと思ったけど……どうやら違うようだ。


 ともかくスキンオジサン——あらためヤマシロ中尉が発言する。


「我々の想術隊そうじゅつたい響思帯エーテルでの索敵結果としては、今回はリュカ様の出陣は無いと予想されている」


「ヤマシロ中尉の想術隊の分析であれば、正確ですね」


「もちろんだ。しかし、だからこそ言いたい……」


 メガネを直したヤマシロ中尉の視線が鋭くなる。彼は続ける。


「……アデルの法爆オーバーロードについては、リュカ様以前の問題だと」


「リュカ様以前の問題……? つまりヤマシロ様も『アデルの処理に賛成』……ということでしょうか?」


 ヤマシロ中尉は腕組みをしてうなづく。


「当然だ。法爆とは、感情と魔導回路の暴走に他ならない。つまり、ナバシア教の倫理に真っ向から背く行いだ。だからこそ、例外など無い。『処理』は決定事項と言える」


 ネリが「ギリッ」と歯噛みした。明らかにヤマシロ中尉を睨んでいる。


ヤマシロ中尉もネリを睨みつける。


 二人の視線の間に、火花が飛び散りそうだった。


ヤマシロ中尉は続ける。


「ネリ軍曹の気持ちは分からんでも無い。我々の隊も何度かアデル伍長に救われた。だが、それでも処理する以外に道は無い。……なぜなら、『アデルの処理』については、二つの理由があるからだ。……一つ目は我々が敗走中である事。そして何より二つ目は……」


 そう言ったヤマシロ中尉は、ネリから視線を外してアンネリースさんを見て続ける。


「……『ナバシア教の禁忌である法爆オーバーロードが反乱軍内でまたしても起こってしまった』という事だ。……民衆の反乱軍に対する信頼が崩れ落ちれば、我々の戦いは終わる。だからこそ……即刻、『魔物』は処理せねばならんのだ」


 そのヤマシロ中尉の言葉で、全員が凍り付いたように動けなくなった。


 五角形の空間に、沈黙が覆い被さった。


アンネリースさんの表情は固く、ヤマシロ中尉の視線と真っ直ぐ交わっていた。


 塹壕の湿度と冷気が、増した気がした。


 アンネリースさんは、「ですが……しかし……」と言いながら俯いてしまう。


 そのとき広域結界を発動させたアデルの表情が、僕の頭の記憶の中で思い浮かんだ。


 アデルの悲痛な涙と、禍々しい【OverLoad】のルーンが、何度もリフレインした。


僕の胸が、ぎりぎり締め上げられるように痛んだ。


 そしてしばらくの沈黙があったけど……アンネリースさんの言葉が続く事は、無かった。


 ヒゲのセグロ中尉が告げる。


「それじゃあ、アデルの処理について……結論は出たようだな……」


 アンネリースさんの拳は固く握られていて、それは少し震えているようにさえ見えた。


ネリの目には、涙が滲んだように見えた。


 塹壕は底冷えしていて、僕の革靴の爪先が氷のように冷たくなっていた。



——実はこの時の僕は、会議の内容をあまり理解できていなかった。


……でも、アンネリースさんとネリの気持ちだけは分かった。


 『アンネリース姉妹』は、なんとしてでもアデルの命を守りたいと考えている。それは僕も同じだった。


……そう考えた時、幸せだった頃の詩歌との思い出がよぎる。


その思い出は、目の前のガラスのオブジェよりも美しく儚く、尊かった……。


 だから僕の胸は、さらにぎりぎりと痛んだ。


 だから僕は、決心をした。


詩歌との悲劇的な別れが、僕を駆り立てていた。


 いつのまにか僕は、手を挙げていた。


 またしても、会議の場に沈黙が降りる。


全員が僕を見ていた。その表情は誰しも固かった。


 アンネリースさんの美しい目も、驚きで見開かれていた。


それでも僕は、構わず発言をする。


——こんな風に……


「ちょ、ちょっと……よろしいでちゅか!」


 え!?


 今、僕……なんて言った??


……『でちゅか』って言った??


こんな真面目な雰囲気の、会議の場で!?!?


 混乱と羞恥でパニックになった僕の額から、汗がダラダラ垂れる。


 そんな僕を見たサロメが言う。


「会議の土壇場での発言……。ちょっとカッコいいかも? って思ったけど……。でもやっぱシアンは天才ね! こんな真剣な場で『赤ちゃん言葉』なんて! 『バブみ羞恥プレイの極致』だわ!!」


 慌てた僕はさらに失態を重ねる。


「ち、がうから! こ、これはプレイとか! そ、そういうやつじゃ無いんでちゅ!」


 また言ってしまった…………『でちゅ』。


 だから、一気に血の気が引いた。


 何回目かもう忘れたけど……またしても「死んだ」と思った。


 ネリは、嘲るように僕を笑っていた。


 オジサンたちは、強面のままだった。


 アンネリースさんには……二度目の共感性羞恥が発生していた。


彼女の美しく驚いた表情が、赤く染まった。


だから僕は余計に恥ずかしくなり、頭のてっぺんまで真っ赤になってしまった。


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