6話 僕は行くよ。彼女の様子を見に!
僕は必死で走っていた。
なぜなら、戦禍が近づいていたからだ。
チノパンツも白いシャツも、弾痕で穴が空いていた。でも、そんな些細なことを気にしている状況では無かった。
赤や黄や青で空が明滅し、爆音があちこちで響く。
竜巻と雷と地震を背に走っているとすると、まさにこんな感じだと思う。
「ヒッ!!!」
唐突の炸裂音にビビりながらも、僕はサロメに叫ぶ。
「さ、サロメ!? この草原を抜けると街に着くんだよね?? まじだよね??」
「まじよ!! あと20kmほど走ればゾアナ市街の防壁に着くわ。戦禍を抜けられるはずよ!!」
「に、20kmも!? 全速力は辛いんだけど!!」
「わがまま言わないの!! 死んだら何もかも終わりよ!!」
チノパンツの綿の生地はごわごわしていて、下着無しでは色々擦れてちょっと痛い。
それでも裸よりは、何百倍も心強かった。
なんだかんだ服は偉大だ。
サロメが僕の横を飛びながら、半透明に光る魔法の地図を広げる。
「とにかく走って!! 神権軍だろうが反乱軍だろうが……追いつかれたら“最後”よ!!」
「さ、“最後”ってどうなるの……?」
「もちろん! 死ぬわ!!」
「ええ……」
「とにかく走って!!」
サロメの話によると僕はどうやら、『バハリム聖資連邦』で起こっている内乱に巻き込まれているようだった。
神権軍か反乱軍か何か知らないけれど……たまったもんじゃ無い。
「シアン!! 5時の方角! 7秒後!!
サロメの警告が入ったが、慌てる。
「え!? 爆術弾!? えっと固有結界、固有結界……いや、5時の方角ってどっちだ?」
と言いながら僕は、炎のバリアを作るイメージを膨らませようとした。
しかしサロメのほうが素早い。
「もう! まだるっこしい! また魔力貰うわよ!!」
サロメが一瞬でルーンを編む。
——【Eidolic Aegis / Flamis】
(固有結界/炎術)
「ブン」という音とともに赤色のバリアが半径3mに張られる。
すぐに戦闘機が飛ぶような高音が襲い掛かる。
瞬きよりも先に炸裂した。
目の前が一瞬、完全にホワイトアウトする。
僕の身体が地面から浮いた。
遅れて、鼓膜が割れそうな轟音が、僕に叩きつけられる。
「うおお!!!」
しかしこんな経験も、もう20回は超えている。
僕は前にこけそうになりながらも、なんとか空中で姿勢を立て直して着地した。
どくどくと心音が体内で鳴り響く。胸の奥が、雑巾がきつく絞られるように締め付けられた。
しかし立ち止まっている訳には行かない。
だから僕は革靴で雑草をすり潰し、再び走り始めた。
僕の必死の形相を見たサロメが、横目で微笑む。
「やっと……戦場の『歩き方』が様になって来たわね?」
走っているところを「歩いている」って言われることには納得できなかったが……でも、サロメが言いたいことはなんとなく分かってきた。
———
————
——
いつのまにか、白濁した空気が僕を取り囲んでいた。
満ちた水蒸気が、僕が吐く息までも白くする。
飛んだり走ったりバリアを貼ったりで忙し過ぎて、ぜんぜん気付かなかった。
「なんか……
サロメは目を細める。
「マズいわね……これは霧じゃないわ。水蒸気よ」
「水蒸気……? 霧も水蒸気の一種だろ?」
「これは『ゾアライト機関』から排出された水蒸気よ。つまりさっき、ここで戦闘があったってこと。しかも……『魔殻兵』が戦った証拠よ。だからここら辺は、前線中の前線ってわけ……。しかし、まずいわね……」
「え? じゃあ……街の方向にまで戦線が拡大してる……って事なのか」
「そう。だから。『まずい』の。……つまりこれって、反乱軍の敗走が始まったってことね。まじでやばいわね……」
そう言ったサロメは、空中に薄紅色の文字やら絵やらを浮かべ、よく分からない演算のようなことを始めた。
まるで、スマホかタブレットみたいだ。
その表情から、とにかく『まじでまずい』って感じは伝わった。
空に目を向けた。
重い雲に徐々に覆われつつある空が、さらにどんよりと見えた。
緑の地平線はまだ続いていて、街の気配はまだ見えない。
ふと右を向くと、草原の中で倒れている人が見えた。
あれは……女の子……?
灰色のローブを着た茶色の髪の少女に見える。
その胸元がなぜか一瞬、赤く明滅した。
「サロメ? あれは……?」
飛んでいたサロメもそれを見る。
「あれは。女の子ね。生きてるみたい。どうしたの? 発情したの?」
「ち、違うよ! 倒れている女の子を見過ごしに出来ないだろ?」
「どうして??」
サロメはいかにも不思議そうに首を傾げた。
そのサロメの顔に、詩歌の顔がまたしても一瞬フラッシュバックした。
首を振って僕は言う。
「と、ともかく! 生きているのなら見殺しにできないだろ? 僕は行くよ。彼女の様子を見に!」
———
————
——
その女の子は、茶色の前髪を額に張り付け、ローブの胸を荒く上下させていた。
目はきつく閉じられ、夢にうなされているようにも見える。
「熱か何かかな?」
身長140cmに戻ったサロメは、女の子を見下ろしながら人差し指を顎にあてる。
「この子……
「シールダー……??」
サロメはいつになく真剣な表情になる。
「悪い事は言わないわ。この子は放って、街に向かった方が良いわ」
「どうしてだよ? 苦しんでるだろ?」
「『どうして』って言われても……まあ、紫安は言って聞くような子じゃ無かったわね……」
と言ったサロメは、なぜか
そしてサロメは唐突に両手で、女の子の胸元を一気に開く。
「ぷるん」という擬音が聞こえるぐらいに、彼女の大きな胸が溢れ出た。
凄い迫力だった。何より柔らかそうだった。
僕は一瞬完全に思考停止したけど、正気に戻ってサロメにツッコむ。
「な、何してるんだよ!?」
サロメは表情を変えずに、彼女の胸元を指さす。
「見て……」
女の子の谷間に、大きな六角推の宝石のネックレスが埋まっていた。
その宝石は、ガラスのように透明だったけど、固まりかけの血のような赤黒さで、光っていた。
その赤黒い光が、サロメのダークグレイの服の輪郭を染める。
「『ゾアライト』が完全に濁っているわ……。
サロメに受けた『授業』を思い出す。
「オーバーロード……? ってことは、この子は魔法の使い過ぎで、魔物に近付いているってこと?」
「そうよ。だから『放っておけ』って言ったの。それに彼女は
「そんな……」
彼女のおっぱい……じゃ無くて、『ゾアライト』と呼ばれる宝石に目を落とした。
六角推のゾアライトは、透明で美しく、だからこそその中心の赤黒い光が禍々しく思えた。
苦しそうな表情の女の子は声を漏らす。
「はぁっ……はぁっ……」
思わず声をかけた。
「だ、大丈夫……?」
そうすると、彼女はゆっくりと目を開けた。
エメラルドグリーンの瞳は美しく澄んでいた。
女の子はゆっくりと口を開ける。
「あ、あなたは……?」
「僕の名前? 僕は……城崎 紫安」
「シアン……?」
そう言った彼女は、おもむろに自分の胸元を見た。
彼女の視線の先には、赤黒いゾアライトと、それを包む豊かなおっぱいがあった。
女の子の顔が一気に紅潮する。
あれ?……なんか、やばいのでは?
慌てて言い訳をする。
「ちょ、ちょっとまって? き、君は何か勘違いを……」
しかし、既に遅かった。
きつい表情になった女の子は僕を睨みつける。
その大きな瞳には、涙さえ浮かんでいた。
彼女は手を大きく振りかぶる。
そして童貞の僕にとって『絶望的な呼称』を叫ぶ。
「変態!!!!!」
彼女の右手のフルスイングが、僕の頬に衝突した。
彼女の手は、僕の顎の骨をくだかんばかりの勢いで、通り過ぎる。
「ぱん」という乾いた音が、蒸気が満ちる草原に響きわたった。
「いっったッッッ!!」
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