4話 魔導生命体よ。命も寿命もあるわ

「えっと……サロメ? ……イデア……? ……って何?」


 と言いながら起き上がった僕は、じぶんが服を着てないことに気付いて、ビビった。


「うわっ!? え? なんで!? まっぱ!?」


 そんな事にも構わず、サロメは羽で飛んで近付いてくる。


 僕はもっと慌てる。


「や、やばいやばい! ちょ、ちょと待って!」


 思わず前を隠す。


サロメは、ピチピチ衣装の柔らかそうな胸の下で腕を組む。


「安心して? シアンが『薄着』で、しかも『クレヨン』が飛び出していても大丈夫! 気にしないで!」


 サロメは可愛くウインクした。横向きのピースサインでテヘペロする。なぜギャル?


 てかそんなことよりも、”クレヨン”という言葉に僕は、爆発的に恥ずかしくなって言う。


「ク、クレヨンってなんだよ!? なんか分からないけど失礼だよ!?」


「だから大丈夫だって。安心して! 男の子に大事なものは、“サイズ”よりも“心の広さ”よ! これは真理よ!」


「なぜ慰められなくちゃいけないんだよ!」

 

 サロメは「あはは」と、心底楽しそうに笑う。


悔しいけど……ちょっと可愛いと思ってしまった。


 そしてサロメは、胸の谷間からメガネを取り出してかける。


さらに掌の上に、半透明の分厚い本のような物を出現させる。——まるで魔法のように。いや……まさに魔法だった。


 サロメは本のページを捲りながら、急にお姉さんのような表情になって続ける。


「まあ、クレヨンは置いておいて……アタシがさっそく、この世界について教えてあげるわ。授業を始めるわよ。正座して」


 『授業』という言葉を聞いた僕は、学生としての習性で正座した。


「まずアタシは心造妖精イデアのサロメ。イデアとは、選ばれた魔導士だけが使役できる魔導生命体よ。命も寿命もあるわ」


 ピチピチの服で強調されたサロメの胸を見て、『サロメは命だけじゃ無くおっぱいもあるよな』と思ってしまったが、その事は言わない。


その瞬間サロメは、メガネの奥から上目遣いで『キッ!』と僕を睨む。


「そこ! 授業中にアタシのおっぱいを正座で楽しまない!!」


「え? なんで分かったの!? ……じゃ無くて……僕を正座させたのはサロメだろ!? てかイデアって心も読めるの??」


 サロメは言い放つ。


「そんなわけ無いでしょ。この世オルネアに、そんな便利な物があるはず無いでしょ」


 と言ったサロメは黒いトレンカの足を組みなおし、“授業”を続ける。強引だ。


「アタシたち心造妖精イデアの機能は多岐にわたるけれど、主要な目的は『魔力の管理』、『戦況把握』、『固有結界の自動発動』などね? ……ん!?」


 と言ったサロメは、唐突に眉をしかめる。メガネを外して熱い息を吹きかけ、磨き始める。


どうやらレンズが汚れていたみたいだ。


 当たり前だ。


メガネを胸の間に保管していたらそうなるに決まってる。せめて、メガネケースに入れて胸に挟むべきだ。……いや違う、メガネは胸の間に保管するものじゃないんだ。


 気を取り直したサロメは、「そして……」と言って授業を再開する。


「……次に大切なことを言うから、ちゃんと覚えていてね?……」


 サロメの赤い瞳が、磨かれたメガネの奥で冷たく光る。


「テストには出ないけど、覚えていないと……死ぬから」


 唐突の『死』という言葉に、普通にびびる。


「え!? 死ぬの!?」


「ええ。死ぬの……」

 

 サロメは本に目を落とす。


「……人間は”儚く脆い”生き物だから、すぐに死ぬわ」


 そう言ったサロメは、本を片手で畳んで”消した”。


そのとき突然に、詩歌が”消えた”記憶がフラッシュバックした。


詩歌の笑顔が浮かび……白い線に消されて、儚く消えた。鋭い痛みが、僕の心を抉った。


 しかしサロメは当然ながら、そんなことを気にすることは無い。


サロメは、手のひらから薄赤色の線を発生させる。薄赤色の線が流麗に動いて、文字を形成する。


 薄赤色の文字は……『Magic Power』……と書かれていた。


その様子は現実離れしていて、またしてもいかにも魔法だった。


 そしてその『魔法の英字』を見た僕は、無意識で音読する。


「マジックパワー……?」


 サロメは途端に満面の笑みを浮かべる。


「すごい! 正解!! やっぱアタシのシアンは天才ね! 響思帯エーテルが見えて“ルーン”も読めるなんて!!」


 『ん? ”ルーン”だって』と違和感を感じた僕は、サロメに聞く。


「“ルーン”……? でも、この文字って……英語じゃ無いの?」


 しかし相変わらずサロメは、僕の疑問を無視して説明を続ける。強引にもほどがある。


「魔力はシアンがこの世界で生き残るために最も大事なものなの。なぜなら、魔力が枯渇すると固有結界が張れなくなるだけじゃ無く……『オーバーロード』の可能性が高まるの」


 サロメの掌の上の薄赤色の線が再び文字を形成する。


——『Overload』と書かれていた。


 サロメは真面目な顔で続ける。


「オーバーロードは別名……『法爆ほうばく』よ。魔素が脳内で逆流して暴発する現象ね。人間が魔物になってしまうわ」


 『Overload → Monster』と描かれる。


「オーバーロードで魔物? ……なんかめっちゃヤバそうだけど」


「うん。ヤバいわ。魔物になった人間は、都市を焼き尽くすほどの脅威になるの。だからどの軍隊においても、最優先の『処理対象』となるわ」


「マジか」


「マジよ」


「ってことは……魔法を使い過ぎると、魔物になって……殺されてしまうのか?」


「そう。だから言ったじゃない? 人間は儚く脆い生き物だって」


 この世界の魔法、ヤバ過ぎるだろ。


生き残るために魔法を使って、でも使い過ぎたら魔物になって……しかも人間に殺されてしまうなんて、正気の沙汰じゃ無い。


「でも安心して、シアンにはアタシが付いているから。法爆オーバーロードが近付く前にアタシが対処するから、リスクを最小限に出来るわ。アタシ、有能なの」


「そうか。サロメは有能なんだ。……えっちなだけじゃ無く」


「そう。アタシは、有能であり、えっちでセンシティブな妖精なの…………って何を言わせるのよ! おっぱいで窒息させるわよ!!」


『いや! おっぱいで窒息するのは最高のシチュだよ! って何を言わせるんだよ!!』と、僕は思った。


 サロメは華奢な腰に手を当て、人差し指を僕の目の前で振る。


「ともかく分かった? 天才さん? シアンはオーバーロードを避けるためにもアタシの言う事を聞いてちゃんと魔法を使わないといけないってわけ。死にたくなければね? 分かった?」


 サロメのあまりに真剣な迫力に負けて、僕は正座のまま、サロメの黒トレンカの足を見上げる。


——ちなみにトレンカと言うのは、爪先と踵が露出するタイプのタイツのことだ。つまりサロメは、常にほぼ裸足はだしなわけだ。

 

 とにかく僕は頷く。


「わ、分かったよ」


 満足げにサロメは頷く。


「そう。分かったのなら良いわ。それじゃあ、ご褒美に……何がいいかしら? そうね。私の足の親指なら舐めても良いわよ?」


「やめて。ただでさえ僕が全裸でやばい状況なのに、そこまで行くともう全体的にダメだから」


 そうツッコミながらも、僕の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。


 魔法とかオーバーロードの説明は聞いたけど……『肝心なところ』がまだ分かっていない。


 ——この世界の魔法って何の為にあるんだ?


 だから僕はサロメに質問する。


「それでも、その魔法ってヤツ……だれと戦う為にどうやって使うの……?」


 僕の目の前でふらふらしていたサロメのトレンカの爪先が、ピタリと止まる。


 サロメは、驚きの表情で声を漏らす。


「……え?」


 僕も同じように言う。


「え……?」


 二人の間に波の音が漂った。


 そんな僕たちの驚きを切り裂くように、「ひゅるるるる」という音が聞こえた。


その、いかにも不穏な音の正体に気付くより先に、僕とサロメは激しい閃光と爆音に包まれた。

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