第3話「"新霊体験"」

──


「なあ剛志君、マジで行くん?」

 夜の山道を走る軽バン。その助手席で、センターパートの今風な青年──和樹が、運転席の男に向かって言った。

ピアスを付けて短い黒髪をピシッとセットした男─剛志。ハンドルを握るその横顔は、どこかニヤついている。


「テレビで出てた所やねんで?絶対行かな損やろ」

「どっちか言うたら行ったら損すると思うんやけどなぁ……」


後部座席では、派手色の髪、バッチリ化粧をしたギャル──みちるがスマホをいじりながら話に加わった。


「ウチ、心霊スポットとか一回行ってみたかってん。どんなんか気になるし」

「なー? お化けと一緒に写真撮れたらバズるかもしれんで」

「絶対嫌や! 写り込んだら即削除するわ!」


そんなふうにやいやいと3人が話していた矢先──


「……あれって、UFOちゃうん?」

みちるが急に窓の外を指さした。3人の視線が一斉にそちらへ向く。

山の向こうの空に、チカチカと赤白の光を点滅させながらゆっくりと進む物体が一機、浮かんでいた。


「うわ、ホンマや。なんか光ってる……!」

和樹が興奮気味に身を乗り出す。

一方、剛志は目を細め、ハンドルを片手で持ったまま窓の外をじっと見つめた。


「……ただの飛行機やんけ」

「えぇ〜……夢ないなぁ…」

みちるが口を尖らせ、和樹が「テンション下がるわ」と呟いた。


───


「……ここが“霊が出る”ってテレビで言うてたトンネルやな」

関西弁の3人組は、山奥のトンネル前に立っていた。周囲は鬱蒼とした森。トンネルの入り口には、今にも崩れそうな立て看板があり、[走行注意]と書かれた赤い文字がかすれて見える。


「マジで雰囲気あるな、ここ。映画のロケ地とかで使われてそう」

「うわ、めっちゃ空気重い気ぃする……。帰りたい……」

「なにビビっとんねん和樹。こういうとこでビビったら逆に舐められんねんぞ?」

剛志がやたら得意げに語る。


みちるはというと、スマホを構えながらきょろきょろと周囲を見回していた。

「なあ、ここの心霊スポットって実際どんくらいヤバいん? 出る? 出てくるん?」

「出てくるやろ。わざわざ大阪から遠征して来たんやで?出し惜しみされたらたまらんわ」

「たまたまこっちに遊びに来たついでやん」


そんな能天気な会話をしていると──

トンネルの奥、暗がりの中から、すっと何かが現れた。 


「こんばんは……」

どこか遠慮がちな声とともに現れたのは、長い黒髪を揺らす美しい女性だった。

着ている服はところどころ破れており、白い肌には薄くアザのようなものも見える。それでも、その整った顔立ちや、どこか儚げな佇まいは、人を惹きつける魅力があった。


和風美人の雰囲気を纏った美しい女。だが──


「……あれ、透けてへん?」

「え、なんか後ろ見えてるんやけど?」

「ちょ、おばけ!? あれ、おばけやんな!?」

次の瞬間、3人は文字通り飛び上がった。剛志が腰を引きながら叫ぶ。


「うわ、来たやんマジで幽霊やん!」

「ひぃぃぃぃぃぃ! やっぱ帰ろ、なあ帰ろや!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!」


3人がパニックに陥る中、澪はオロオロしながら頭を下げた。

「あっ、いえ、そんな……脅かすつもりじゃなかったんです……ごめんなさい、すみません……!」


ぺこぺこと頭を下げる澪。その様子を見て、剛志たちは少し落ち着きを取り戻し始める。

「……なんや、幽霊のくせに謝ってばっかやな」

「なーんや、もっとバァ! とか来るんか思たわ」

「めっちゃオロオロしてる、なんか可哀想なってくるわ」


すると、今度はもう一人、澪の後ろから少女がふわりと現れた。

スラリとした体つきに、白く儚げな顔立ち。青みがかった黒髪は肩ぐらいの長さで、どこか中性的な雰囲気を纏っている。その少女は、じっと3人を見つめていた。


れんだった。

彼女は何も言わず、ただその場に立ち止まる。


剛志が訝しげに目を細める。

「……なんやこいつも幽霊か? でもビビらす感じちゃうな」

「てかなんか……この子、普通に可愛ない?」

「ちょっ……そんなこと言ってる場合ちゃうやろ!!」


3人のツッコミが交錯する中──澪が、ふと首を傾げるようにして言った。

「……えっと、もしかして……皆さん、気づいてない……ですか?」


「へ?」

3人が揃って間抜けな声を漏らす。


「怖がらせようとか、そういうつもりじゃないんです。ただ、私たち……仲間ですから」

にっこりと微笑んだその言葉の意味を、3人は理解できなかった。


「仲間……って、あの子なんか変な事ゆうてる〜」

「ほんまやで。勝手に仲間にすんなや!」

「そうそう、勝手に入会金とか取らんといてな!」


そんな3人のツッコミを聞きながら、れんがすっと剛志の方を指差した。


「……おい、なんや? やんのか?」

剛志がれんに向かってファイティングポーズを取りステップを踏む。


「念力か何か使うつもりか? やってみぃ!」


れんは、呆れたように目を細めた。

「あ〜違うよ……後ろ後ろ」


「なんや?…後ろにも"仲間"とやらがおるん…かいっ!」

剛志は振り返りざまに拳を振るった。だが、そこには誰もいない。


───ただ……



「え?……うそやろ」


その視線の先、暗闇の中に……潰れた軽バンがあった。ノーブレーキで突っ込んだであろう車体は原型を留めておらず、ぐしゃぐしゃに潰れている。


「え、あれ……ウチらの車ちゃう……?」

「どゆこと? さっきまで……え、え?」

混乱する和樹とみちる。


剛志がおそるおそる口を開く。

「でも俺、どこも痛ないぞ……」

「俺も……でもそれって…ありえへんくない?」


みちるが和樹の方を見て、小さく声を上げた。

「ねぇ……和樹、その……胸……」


彼女の視線の先で、和樹のシャツが大きく破れ、肋骨の辺りが不自然に凹んでいた。布に滲む血はすでに乾きかけていて、黒ずんだ赤がじっとりと広がっている。


和樹自身もそれを見て、顔をしかめた。

「えぇ……やば……ちょっ、なにこれ……?」


みちるは一歩後ずさった。視界の端で、剛志がひしゃげた愛車を呆然と見ているのが見える。


「剛志君……」

そう呼びながら、剛志に視線を向けた。剛志は唇の端が裂け、奥歯のあたりから血がにじんでいた。赤黒い液が顎を伝い、首元までべったりとこびりついている。

「うそ……なんで……血が……」


「みのり、お前……頭……」

和樹が指をさした。


みちるが自分の額に手をやると、ベタリと生ぬるい感触。指先を見ると、べったりと血がついていた。すでに凝固しかけたそれは、手に張りつくようだった。


3人とも息を呑む。


「……え、でも俺ら車で普通に…ここまで…」

和樹の声が震えていた。


「ここ来る直前にみちるがUFO…見つけて……まぁ飛行機やったけど…ほんでそっから……あぁ…?」

剛志はここに来るまでの事振り返っていた。だがその先が思い出せない。


「……まだ何も…してなかったんですけどね……れんちゃんのデビューはまた次回…ですね」

トンネルの入り口にいたはずの澪が、いつの間にかふわっと現れて3人に微笑えんだ。ひと呼吸おいて更に問い掛ける。


「皆さん…車から降りた記憶……ありますか?」


誰も答えられない。


少しの静寂の後、剛志がぽつりとつぶやく。

「あの飛行機見てる時に、俺ら…事故ったんか?」

「あれ絶対UFOやったって!」

「いや、みちる今そこちゃうて…」


和樹がみちるにツッコむと、3人は顔を見合わせた。


「俺ら……」

「まさか……」

「これって……」

そして、息を吸い込んだタイミングまでぴったり重なって──


「「「死んでるーーーっ!!!」」」

ようやく、3人は現実を受け入れた。


──こうして。

少しおバカな関西3人組が、立畑峠の“仲間”に加わったのだった。

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