第11話 犯人捜しと、逆転の一手

その夜。

最終日の実力テストに向けて、自作の「鈴木式ノート」を見直そうとした俺は、異変に気づいた。


(ない……!)


ベッドの枕元に置いておいたはずの、俺の思考の全てが詰まったノートが、どこにもない。

部屋中を探しても、カバンの中を探しても、影も形もない。


(やられた……!)


脳裏に浮かぶのは、あの嫉妬に満ちた目。

合宿最終決戦を前に、俺は最大の武器を奪われた。

ただのタイムリープしたオッサンに戻った俺に、明日、勝ち目はあるのか?


時間は、深夜1時。テストは、明日の朝9時から。

残された時間は、8時間。


(……終わった。完全に詰んだ)


俺がベッドの上で頭を抱えていると、不意に、部屋のドアが、ごくわずかに、音もなく開いた。

ギョッとしてそちらを見ると、暗闇から、ひょこりと顔を覗かせた人物がいた。


「……鈴木くん。起きてる?」

高嶺さんだった。彼女は「しーっ」と人差し指を口に当て、俺を手招きしている。


俺は音を立てないようにベッドを抜け出し、廊下に出た。

「どうしたんだ、こんな時間に」

「これ、見て」


彼女が差し出したのは、一枚の紙だった。

それは、俺の「鈴木式ノート」の一ページ。ビリビリに破られ、ゴミ箱に捨てられていたのを、彼女が見つけてくれたらしかった。


「ひどい……。誰がこんなことを」

高嶺さんは、自分のことのように悔しそうに顔を歪めている。

「鈴木くんのノート、なくなっちゃったんでしょ? 昼間の発表の後、A組の男子たちが、鈴木くんのこと、すごく悪く言ってたから、もしかしたらって……」


彼女は、俺のために危険を冒して、男子の部屋のゴミ箱まで探りに行ってくれたらしい。

その友情に、オッサンの涙腺が少しだけ緩んだ。


「……ああ。完全にやられたよ。あれがないと、明日のテストは…」

俺が諦めを口にした、その時だった。


「――ううん、まだ終わってない」

高嶺さんは、キッと顔を上げると、自分の持っていたノートを俺に突きつけた。


「これ、見て。私が、鈴木くんに教わった方法で、自分なりにまとめたノート」


そのノートを開いて、俺は絶句した。

そこには、俺が教えた「マップ化」や「宮殿化」の概念を、彼女自身の美しいイラストと、几帳面な文字で再構築した、完璧な「高嶺式ノート」が出来上がっていた。

情報の整理の仕方は、俺のノートを遥かに凌駕している。


「私、覚えてるよ。鈴木くんが話してくれたこと、全部」

「高嶺さん……」

「だから、二人で思い出そう。鈴木くんの頭の中にある知識と、私のノート。二つ合わせれば、きっと……!」


彼女の瞳には、一切の迷いもなかった。

そうだ。俺は一人じゃなかった。俺には、最高の「同志」がいる。


俺たちは、合宿所の片隅にある、今は使われていない薄暗い談話室に忍び込んだ。

一つの机に、二つの頭を寄せ合う。

俺の記憶と、彼女のノート。

失われた俺の武器を、二人で、ゼロから再構築していく。


俺が未来の知識の断片を語る。

「2001年に、アメリカで同時多発テロが起きて、世界のパワーバランスが変わるんだ。その結果、原油価格が…」

高嶺さんが、それを驚異的なスピードで、彼女のノートに書き込み、関連事項と結びつけていく。

「それなら、この時代のロシア(ソ連)の動きは、こう繋がるはず…!」


時間は、あっという間に過ぎていく。

焦りと、不思議な高揚感が入り混じった、奇妙な時間。

それは、孤独な復讐劇(リベンジ)のはずだった俺の戦いが、初めて、誰かと共有する「物語」に変わった瞬間だった。


空が白み始めた頃、俺たちの目の前には、一夜漬けとは思えない、完璧な「最終兵器」が完成していた。


「……いける」

俺は、朝日が差し込む窓の外を見ながら、確信と共に呟いた。

「これなら、勝てる」


隣で、高嶺さんがこくりと頷く。

その顔には、徹夜明けの疲れと、それを上回る満足そうな笑顔が浮かんでいた。


決戦の朝。

俺は、もはや一人ではなかった。

最強の共犯者と共に、俺は最後の戦いへと向かう。

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