第2話 深夜の音楽室と"指"



「おいカズキ! 見たかこれ!」


放課後。超常現象サークルの部室に、ショウがスマホを片手に飛び込んできた。


どこか楽しげな顔をして、画面を俺の目の前に突き出してくる。


「動画……?」


覗き込むと、動画サイトのサムネイルには──

《深夜の音楽室に現れる手!?》の文字が踊っていた。


再生された映像には、誰もいない音楽室。

カメラが揺れ、突然ピアノの蓋が開く。

そして、空の椅子の前で──鍵盤が勝手に鳴り始めた。


「最初はフェイクかと思ったけどさ、これ見てみろ。鍵盤の押し方が……妙に人間くさいんだよな」


「……弾いてるな。“誰か”が」


「やっぱ出たな、オバケピアニストってやつか」


「確認してみよう。今日の十九時、行けるか?」


そう言うと、ショウはにやっと笑った。


「上等。久々にシュートの感覚、取り戻してやるよ」


「……シュート、ね。お前の得意分野だ」


ふっと笑うと、ショウは少し照れくさそうに鼻を鳴らした。


 


夜、午後七時すぎ。

俺たちは音楽室の前に立っていた。


静かに扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。


窓の外には、藍色の夜空が広がっている。


「……何もないじゃん。つーか、ピアノってこんなデカかったっけ?」


「気を抜くな。動画では、十九時十二分に動きがあったはずだ」


部屋は静まり返っている。

だが、その沈黙の中に、冷たい気配が張りついていた。


 


──カチン。


 


ピアノの蓋が、ゆっくりと開いた。


「……っ! 来た」


椅子の前には、誰もいない。


それなのに──そこに浮かんでいたのは、“指だけ”。


白く細い五本の指が鍵盤をなぞり、静かに旋律を奏ではじめた。


 


俺は水晶を手に取り、霊視の力を解放する。


「……女性だ。教師。事故で亡くなった人物だな。演奏への執着が、未練として残ってる」


「ってことは、教師の霊が、指だけで曲弾いてんのかよ……」


「未練だ。“演奏し続けなければ存在が保てない”。でも、いずれ“誰かの指”を奪おうとするだろうな」


ショウの顔つきが変わる。


「……ふざけんなって。そんなの、誰が許すかよ」


その声には、怒りじゃない。

まっすぐな拒絶の色が滲んでいた。


 


その瞬間、“指”がこちらに気づいた。


怒りのような感情がぶつかってくる。

鍵盤が激しく叩かれ、室内に甲高い音が響いた。


椅子や譜面台が勝手に動き出し、

風もないのに楽譜が宙を舞う。


「……これで“リズム”を狂わせる」


俺はポケットから小さなメトロノームを取り出し、

水晶を通して霊力を注ぎ込む。


 


カチ、カチ、カチ──


 


異様に響くテンポ。

その音に引きずられるように、“指”の動きが乱れていく。


「この隙に、バスケットボールで撃ち抜け!」


「任せとけ!」


ショウが跳び上がる。

床に転がっていたバスケットボールが霊力に反応し、淡い光を帯びながらショウの手に収まる。


「――シュートォッ!!」


鋭い弾道が、“指”を貫いた。


ピアノが震えるように響き、旋律がぷつりと途切れる。


異様な気配が、スッと消えていった。


残ったのは、ゆっくりと閉じるピアノの蓋の音だけ。


 


火照った肌を、夜風がひやりと撫でた。


校門を抜け、俺たちは並んで歩き出す。


しばらく無言のまま、空を見上げていたショウに訊いた。


「……どうだった?」


「……バスケとは違うけどさ」


「でも、あの感じ。一発で決める緊張感……ちょっと似てた」


ふっと笑い、夜空を仰ぐ。


「やっぱ俺、こういうのも燃えるんだな」


「……頼りにしてる、切り込み隊長」


「おう。次も任せとけ。次はもうちょいド派手なの来てもいいぜ?」


夜の闇の中で、ショウの声はどこか楽しそうだった。

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