第2話 美女の流儀
中高共有の大きな体育館で入学式を終えた後、俺と里奈は解散し、それぞれ中等部と高等部の建物に移動した。
俺のクラスは1年1組。教室は3階の端にあり、窓から都会の景色を見渡すことができる見晴らしのいい場所だ。階段をたくさん登らないといけないことはネックだが。
ちなみに、俺の出席番号は11番。1年1組11番。あまりにも覚えやすい生徒情報である。
心拍数を上げながら階段を登り、教室に着いた俺はぞくぞくと中に入っていくクラスメイトと同じように教室に入った。
それと同時に、クラスメイトらの喧騒が俺の耳を突く。
「ひな同じクラスだね〜!」
「りこちゃんまた一緒じゃん!!」
「入学式だるすぎじゃね?」
友達と同じクラスであることを喜ぶ声。入学式の感想を述べる声。その他もろもろ色んな声。
そんなもので教室は満たされていた。
やはり中高一貫なだけあって、教室の雰囲気は外部生にとって少し馴染みにくいものがある。
入り口の近くでグルリと教室を見回しても、やはりほとんどのクラスメイトが4、5人で固まって談笑していた。所狭しと1人で机に座っている子もポツポツいるが、おそらくこの子達は外部生か、はたまた中学時代にあまり友達ができなかったタイプの人間だろう。周りで固まっている女子たちを怖がるような表情で横目に見ている子が多いのを見ると、一人ぼっちの内部生というよりは、外部生である可能性の方が多い気もする。
そんなクラスメイトたちの様子を眺めつつ、俺は自分の席に着席する。
右から2列目の1番後ろの席だ。割と当たりだろう。出席番号も覚えやすいし、
…そして、俺がどうなるかはこの後の行動次第である。
「ふん」
俺は机に右肘を突き、頬を右手の甲に当てながら小さく唸る。
まず、俺は完全にアウェイな空間にいる。おそらく6、7割は内部生であり、外部生である俺が声をかけに行くのは少々ハードルが高い。とはいえ、そのために誰にも声をかけられずにいたら、友達ができず一人ぼっちルート確定だ。それは嫌だ。なんたって、俺には女子校で女の子たちに囲まれてチヤホヤされたいという夢があるからだ。
では、勇気を出して声をかけに行くべきだろうか?
…答えは否だ。それは俺の流儀に反する。
より正確に言えば、俺の思う『完全無欠の美女の流儀』に反するのだ。
その流儀とは単純明快。『清く、正しく、美しく』だ。上品で、優しくて、しっかり者で、勤勉で、そして可愛い。それこそが俺か考える理想の東雲怜奈であり、この人生で常に意識してきたことなのだ!
友達を作るべく自分から声をかけに行くことがこの流儀に反するというのは、その行為は余裕がないように見えてしまうと思うからだ。
「やばい!友達作らないとやばい!」と思っているのがバレたくはない。俺の理想の東雲怜奈は、常に落ち着いていて凛としているのだ。自ら声をかけるようなことはしない。
待っていれば、必ず向こうから声をかけてくれるはずだ。
ならば、後はいつも通りにやればいい。十数年間鍛えてきた完璧女子としての振る舞いをこの場でも見せつけよう。
「……」
俺は静かに姿勢を正す。骨盤を立て、腹筋に力を込め、顎を引き、足を閉じ、両手は太ももの付け根の辺りに重ねる。そのまま目を瞑り、少しだけ口元に笑みを浮かべてひたすら待つのだ。
これこそ気品溢れる完璧な姿勢であると同時に、周りの人間に「あの子ちょっと雰囲気違くね?」と思わせるのに丁度いい。
完璧な美女はオーラからして違う。それを見せつけていこうと思う。ナルシスト根性極まれりだ。
「……」
目を瞑っていると、視覚が遮断されたことによりさっきよりも周囲の音に敏感になる。クラスメイトがどんな話をしているのか、近くにどんな人がいるのか、そーゆー情報がより鮮明に入ってくる。
そして聞こえてくるではないか。俺のことを気にする声が!
「あの子さ、外部だよね?」
「だね。ウチにあんなに美人な人いなかったもん」
「おい、私が美人じゃないって言いたいのか?」
「ハハハ、寝言は寝て言えっての」
…なんか穏やかじゃないが、俺のことを褒めてくれていることに間違いはない。
この調子でみんなが俺のことを気にしてくれれば、そう時間も経たないうちに誰かが声をかけてくれるだろう。「あなた名前は?外部生だよね?」って感じで。
そう思っていた矢先だった。
「……!?」
俺の前に誰かが立った気配を感じたのと同時、俺の両頬がムニュっとつままれたのだ。
びっくりした俺は慌てて目を開けると、そこにはゼロ距離で顔を近づけてきている女の子が1人。
あと1センチでも顔を動かせば鼻をくっつけられるだろうという距離で俺の顔をまじまじと見つめてくる彼女に、俺は状況を理解できず、お目目を高速でパチクリさせることしか出来なかった。
なんだ、この子??
そう疑問に思っていると、何かに満足したように「うん」と頷いた彼女は、俺の顔から自分の顔を離して仁王立ちの姿勢に戻った。俺は尚も理解が追いつかず、座ったまま彼女の顔を見つめる。
「あんたは一般受験組だね? こんなキレイな顔の子、あたしが一度見たら忘れるはずないし」
「…ええ、そうよ。私は東雲怜奈。あなたは?」
「あたしは
「よろしく」
薄い桃髪のロングヘアーが特徴の可愛らしい子だ。いくら校則が緩いことで有名な学校とはいえ、髪をピンクに染める度胸は俺にはない。
そんな彼女から挨拶の言葉と同時に差し出された握手の手。俺は素直に笑顔で握り返した。
ちなみに、口調は人前ではこう変化する。家では前世と変わらないような適当な口調だが、外に出る時は必ずお嬢様っぽいというか、礼儀正しいというか、そーゆー口調に変えている。その方が俺的には美女を演じているというロールプレイ感があって楽しいからだ。それに、何か特徴があった方がみんなに覚えてもらいやすいだろうし。
「ところで怜奈はさ、なんでこの学校を選んだの?」
握手が終わると、彼女は俺の机にお尻を軽く乗せ、俺の方を見ながら尋ねてきた。
向こうが“怜奈”呼びなら、こちらも今後は“さくら”呼びで良いだろうか。
「特に理由はないわ。父がここら辺に転勤することになったから、私もここら辺の学校にしようと思っただけよ」
「へえ、すごいね。そんな簡単に入れる学校じゃないと思うんだけどな」
「ふふ、勉強には自信があるの」
「くぅ〜!外部の子にそう言われちゃあ疑う余地はないねぇ〜!」
豪快に笑うさくらの表情を見て、俺は胸を撫で下ろした。元気で明るい友達ができて嬉しい。
それに、内部生の子と友達になれれば、そこの繋がりで一気に友達を増やせるからな。このままいけばもう安泰だろう。やったぜ!
…と、思っていると。
「んま、仲良くしよーね怜奈。そろそろホームルーム始まりそうだし席に戻るわ。だけど、その前に〜」
時計を見ながらヒョイと机から降りたさくらは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺の後ろに移動した。
何をするつもりなのだろうかと視線でその背中を追っていると、急に俺の胸がムニュっと力強く揉まれた。
俺の背後から、さくらが両胸を鷲づかみしてきたのだ。あまりに急だったので俺は体をビクッと震わせてしまった。
「ひやっ!?」
「お、可愛い声出すじゃ〜ん。ふむふむ、この感じはBとかCとかそこら辺かな?」
「いきなり胸を鑑定してくるなんて、良い度胸してるじゃない?」
「ハッハッハ、これは挨拶の一環だよ挨拶の。初対面の女の子がいたら、その胸をモミモミするのは社交界のマナーだよ?」
「へえ、参考になったわ。じゃあ私も挨拶しないとね」
「うわっ、やめろー!あたしは揉まれるほどのモノ持ってないんだからー!」
俺が立ち上がって反撃しようと手を伸ばすと、さくらはシュッと俺の腕をくぐり抜けて前の方の席に移動してしまった。今度絶対に揉んでやろう。
それにしても、なかなか愉快な人間と友達になれたようだ。これはアレだな、あのセリフを唱えることができるレアなタイミングだ。
…ふっ。乾さくら、か。おもしれー女。
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