第31話

 日が傾き、夕焼けがひまわり畑をやわらかく染めていた。

 僕たちは夏海の家を訪れ、線香をあげた。

 それが、この町での最後の時間だった。


「急なんだけどさ、僕、もう帰らなくちゃならないんだ」


 口にした瞬間、胸の奥にじんわりと寂しさが広がった。

 しばらくの間、二人とも言葉を交わさず、ただ夕暮れの空を見つめていた。

 風がひまわりの花びらを揺らし、夕焼けのオレンジ色がぼんやりと広がっていく。


「ここで、ずっと足踏みしてるわけにはいかないし」


 やっと僕が口を開くと、紗季は小さく頷いた。

 その目はどこか寂しげで、それでいて温かかった。


「そ、それでさ……昨日の返事なんだけど」


 紗季が一歩近づいてきて、照れくさそうに視線を落とす。


「気持ち……すごく嬉しかった。

 でも、まだ、ちゃんと『本当』の私のことちゃんと知ってほしいから。

 だから……まずは、友達から始めてくれないかな?」


 僕の胸にあった重さが、少しずつほどけていくのを感じた。

 焦らずに、一歩ずつ。そんな未来が、今はちゃんと見えている気がした。


「うん、ありがとう。僕も、それでいいと思ってる」


 笑い返すと、紗季もほっとしたように微笑んだ。


「うん……。よろしくね。日向くん」


 向日葵がやさしく揺れて、穏やかな風が二人を包み込む。

 この先の時間は、思い出じゃなく、『今』として積み重ねていける。

 そう思えた。

 あの時飲んだレモネードみたいに――

 ほろ苦くて、甘酸っぱくて、だけど確かに心に残る、僕の夏の思い出。

 遠くの丘に続く駅の前。

 その片隅に、一輪だけ咲いたひまわりの花が、静かに風に揺れていた。

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