夏・祭

8月8日、朝にコサキは店の前に貼ってある小さな張り紙を見ていた。




花月祭かげつさい…。そうか、もうそんな時期か…。」




花月祭。S町の地域の神社で開かれるお祭りである。とは言っても、出店や、花火が何発か打ち上げられるくらいで特に見所もない。だがベガにとっては目新しいものになるだろう、とコサキは考えた。




 *




昼時、コサキは今日も今日とて働いているベガに話しかけた。




「ベガ、今日お祭りあるらしいんだが、興味ないか?」




そう問われて、死んだ魚の目をして働いていたベガの目に生気が戻る。




「お祭り!?行ったことない!行ってみたい!です!」




コサキはふんす、と興奮気味になっているベガの頭をポンと撫でた。




「よし、じゃあ今日はディナーをクローズにしちゃって二人で行こっか。」




ニコニコと笑顔になるベガを見て、コサキもつい顔が綻ぶ。悪態をついていた天使も、最近では目付きも少し穏やかになってきて、笑顔になる場面も多くなってきていた。




 *




仕事を終え、神社へと向かう二人。少しずつ太鼓の音が大きくなってくる。それに比例してベガの歩く速度も上がっていった。


境内は人で賑わっていて、はぐれないように、とコサキはベガの手を掴んだ。ハルにもこうしたっけ…。と小さい頃の思い出が彼女の脳裏に過ぎった。


目をキラキラさせながらベガは指を指す。




「ねえ、あれ食べたいです!」




「ほう、お姉ちゃん。うちに目をつけるとはセンスいいねえ。」




店主がそう言うと、ベガはグイグイとコサキを引っ張り、焼きそば屋台の前まで来た。




「お祭りなんだからリンゴ飴とかさあ…。まあいいや、一つください。」




コサキはここでも型破りな彼女の行動に、もはや慣れて、少し心地よさすら感じていた。




 *




広い境内の少し奥、比較的静かなベンチでムシャムシャと焼きそばを頬張るベガを見ていると、コサキのスマートホンに一件の通知が入り、彼女は血相を変えた。




「あーっ、ベガ!すまない!今日ハルがうちに来るの忘れてた!近くまで来てるらしいから家の鍵渡してくる!ここで15分くらい待ってて欲しい!」




そう言って彼女は走り去っていき、途端にベガは一人にされてしまった。まあいいか、と焼きそばを再び食べようとすると、視界の端に見知った人影を捉えた。




 *




エイジは花月祭と言う地域の祭りに一人で来ていた。友達も誘ったが軒並み断られ、一人寂しくりんご飴を食べていた。




「はあ…。せめて誰かと…。」




そう頼りなく、小さくこぼすと、その肩を誰かにガシッと掴まれる。彼はこの感覚を知っている。少し懐かしいものだ。


そして振り返ると、焼きそばの入ったトレーを片手に持った使がいた。




 *




元の静かなベンチに戻り、二人で腰掛ける。




「災難だったな、お前も。一人でこんなとこに放ってかれるなんてさ。」




「ほんとだよ、コサキは15分で戻ってくるとか言ったけど絶対嘘だね。30分は待たせる気だよ!」




ベガはそんな軽口を叩く。思えば最悪の出会いだったのに、今ではこんなに仲良くなれたんだな、そんなことをエイジは思い、少ししんみりした。




「そういえばさ、ちゃんと聞いたことなかったけど、ベガっていつからここに来たんだっけ。前は何してたとか聞いてもいい?」




そう聞くと、特段深刻そうな顔をすることもなく、うーん、と考え彼女は答えた。




「多分エイジと会う1日前とかだよ、来たのは。それまでは、まあうん。お姉ちゃんが居るんだけど、その仕事を手伝うみたいな感じかな。」




まるで人間の知り合いの返答を聞いているようで、エイジはなんだかおかしな感じがした。




「なんかお姉ちゃんとか仕事とか、結構人間ぽい感じなんだな。ていうか、1日も外いて大丈夫だったのか?日頃あんなに食うのに。」




投げかけられた若干不躾ぶしつけな質問にベガは一瞬ムッとしたが、そういえば確かに、と言った様子で答えた。




「こっちに来てから、なぜかずっとお腹が減るんだよ。それも日に増して。なんでなんだろう、ご飯が美味しいからかな。」




エイジはなんだか自分のことを褒められたように嬉しくなる。




「向こうはどんなご飯食べてたんだ?」




その問いかけに、ベガは少し遠い目をして、どこか寂しそうに答えた。




「あっちは…。なかったよ。お腹も減らないし、だから食事も無かった。」




少し遠くに喧騒が聞こえる。




「だからね。」




「こんなに食事が楽しいって教えてくれたのは、エイジが最初だったんだよ。」




その時、大きな音と共に花火が打ち上がった。エイジは急いでその方向を向いた。そして二発目がドン!と打ち上げられた。




「ベガ、花火って初めてだろ?すごいだろ!?」




そう問いかけ、横を向くと、そこに彼女の姿はなかった。


ベンチの上には七色に輝く羽が、花火の灯りで異様な輝きを放っていた。




 *




私は覚えてる。その温かさを、優しさを。


名前も顔も知らない少年に抱きとめられた、その事実だけを私はずっと覚えてる。


だから返したい、他の誰でもない、貴方へ。


この、もらった優しさを。温もりを。


何処の誰で、今生きているのかさえ分からないけど、必ず返しに行くから。あんまり期待しないで待っててね。








第二部『バナナスムージーにうってつけの日』To Be Continued…

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