序章:復讐の始まり

 俺はまずイリスとロウの墓を作った。そして弱そうな魔獣を殺し始めた。シノノメの森には大量の魔獣がいる。殺し相手には事欠かなかった。


 目的は瘴気耐性をつけるため。イリスの剣を武器にして戦闘を挑む。


 まず狙ったのは全身を苔とキノコに覆われた鳥型魔獣。


 翼は生えているが飛べない。夜行性。大きさは小型犬ほど。口から毒霧を吐く。視覚は弱いが、音に敏感。繁殖力が高く、群れで現れる。微弱だが接近時に喉がイガイガする。


 そんな連中の特徴を知りつくせるくらいには殺した。淡々と。胸の内から湧き上がってくる魔獣への殺意に従って。


 初めはとにかく気持ちが悪かった。一つの群れ。大体五体程度。多いときは十二体。といった雑魚を殺すのに一時間はかかったし。


 近づくだけで吐き気が止まらない。頭痛がする。なんて酷い状態。大変だったが。


 二週間もすれば慣れた。


 この状態を耐性がついたと言うのだろう。ロウの言葉を俺は感覚的に理解していく。


 毎日その鳥型の魔獣を殺した。剣の一振りで魔獣は死ぬ。剣術など不要。攻撃を急所に当てれば生物は死ぬ。という当たり前の事実を俺は知る。


 一ヵ月。同じような生活を続けた。一つの群れを殺すのには一分もあれば十分になっていた。


「ははは。なんだ。楽勝じゃん」


 この時の俺は調子に乗っていて。


 分不相応にも強そうな魔獣に挑んでしまった。


 蛇と狼の中間のような姿。背中には樹皮のような甲殻がある。目は六つ。大きさは馬ほど。四足歩行の怪物だ。


 雑魚とは違う。強い瘴気を放っていた。近づいただけで気分が悪くなる。あれがロウの言っていた中級の魔獣なのだろう。


 でもまあ勝てるだろ。と油断して襲い掛かった。


 そして敗北。雑魚狩りをしてつけた自信を粉々にへし折られる。


「ぐぅぅ」


 この時の経験が俺に二つの教訓を与えた。『調子に乗らない』。『決して相手を侮らない』。もう決して油断はしないと誓う。

 

 負った怪我が治るのには二カ月もかかってしまった。村に残された包帯や親に教えてもらった薬草の知識が無ければ死んでいたかもしれない。


 俺は次の目標を『あの強そうな魔獣を倒す』に設定。


 それから目標を達成するまでに何度も死にかけた。


 視界を白濁させる霧を放出する。吸い込むと方向感覚が乱れる。そんな能力が無くとも素の身体能力が凄まじい。


 この特性に苦しめられた俺は幾度となく撤退を余儀なくされた。


 想像してみてほしい。戦闘中。急に立ち眩みになる。一瞬の油断が生死を分ける戦闘中にだ。


 多少動きが鈍ったところに突進されてぶっ飛ばされる。その後撤退。いつもの負けパターンだ。そのまま戦闘を続けていたら間違いなく敗北していただろうからな。しょうがない。


 他にも通りすがりの魔獣に横やりを入れられたりして討伐は難航。一時期絶望していた。


 勝てない。


 諦めよう。


 どう倒せばいいのか分からなかった。攻略の糸口すら見えない。


 一生をイリスとロウの鎮魂に捧げる。という選択肢が脳裏を過った。荒れ果てたカゲロウ村。そこで暮らす。毎日墓参り。慎ましく生きる。いいじゃないか。


 そうしてすべてを諦めかけた時。


 ふと光明を得た。


 道中で遭遇した鳥型の魔獣。その死体を眺めていた時だった。


 倒した魔獣の身体の一部を利用できないかと。


 例えば目の前で死んでいるこいつには毒を吐くという特徴がある。その『毒を吐く』ためには身体に毒を生成するナニカがあるのではないか?


 幸いにも生き物を捌いた経験はあった。


 俺は鳥型魔獣を解体した。身体の中には、紫がかった膿のような器官があった。胃袋でもなければ、肝臓とも違う。けれどその表面には微細な胞子のようなものが付着していて、近づいただけで喉がチリつく。


「こいつか……毒の正体は」


 素手で触れるのは危険だと直感で分かった。枝で突いたら、器官が破れて中から粘性のある液体がとろりと流れ出す。とたんに目が痛くなり、咳き込んだ。


 でも確信した。これを利用すれば、俺も“毒”を武器にできるかもしれない。


 翌日からは倒した鳥型魔獣を片っ端から解体し、この毒腺を丁寧に摘出する作業を始めた。中には腐っていたり、傷がついて使い物にならないものもあったが、それでも数十体を捌けば、いくつかは綺麗な状態で取り出せる。


 毒腺の液をどう使うか——まず試したのは、剣の刃に塗ることだった。


 刃につけた毒液はすぐに蒸発してしまった。何も残らない。ならばと考えた。揮発性を抑えるためには何かしら“媒介”が要る。泥、草の繊維、鳥型魔獣のキノコ部分。それらを混ぜて試作したペーストは、意外にも刃に定着した。


 見た目は最悪だが、一撃で敵の動きが鈍るようになった。毒が効いている証拠だった。


 更に、毒腺を弓矢の先に仕込めないかと考えたが、矢を作れるような技術も道具もない。それでも、罠なら張れる。小動物を使って誘導し、魔獣の足元に毒を撒いた土を仕掛けておく。


 初めてその罠が成功したのは、二週間後だった。


 あの中級の魔獣が、足を踏み入れたとたんに一瞬だけ動きを止めた。その刹那を逃さず俺は突撃した。前回のように無策で突っ込んだわけじゃない。毒塗りの剣。罠。準備は万全だった。


 それでも、戦いは容易ではなかった。


 何度も吹き飛ばされ、地面を転がり、骨にひびが入ったような感じがした。


 でも——勝てた。


 最後は、魔獣が自ら撒いた霧の中で、俺の気配を見失い、動きを止めたところを喉元へ突き刺した一撃。毒が回っていたのか、抵抗も虚ろだった。


 巨体が崩れ落ちた。


 俺はその場にへたり込み、ただ呼吸を繰り返した。


 生きてる。勝ったんだ。


 それだけで、涙が出た。


 この時。カゲロウ村が襲撃されてから、既に三年が経過していた。


 その期間で学んだことは二つ。


 どんな強敵でも『準備』をすれば勝てるということ。


 『油断』はしないこと。


 この二つがとにかく大事だ。


 細かいところで言うと色々ある。


 前準備無しに戦ってはいけない。確実に勝てる戦いにだけ挑めばいいのである。勝ち目のない戦闘はせずに。生存第一。


 戦闘時間は最短で。あまり戦闘が長引くと横やりが入ってくるのは散々学んだ。


 敵の強みと弱みを知る。強みをしれば警戒できるし。弱みをしればそこを突ける。いいこと尽くめだ。情報収集大事。


 油断させる。俺が油断して痛い目をみたように。敵を油断させれば痛い目に合わせられる。簡単な話だ。相手には舐められるべし。


 プライドなどクソくらえ。ただ勝利を求める。どんな手段を使ってでも。


 何度も失敗して。そのたびに反省して。強くなっていく。


 気づけば四年の月日が経過していた。俺はシノノメの森に生息している魔獣と一通り戦い――危なげなく勝てるようになっていた。


 現在。俺はそもそも出会えない上級魔獣との戦闘を目標に、日々を過ごしていた。


 そいつを倒したら森を出る。そう決めながら。


       〇


 俺はいつものように墓参りを済ませた。その後シノノメの森に入る。今日は出現したであろう『大型魔獣』討伐を目的に内部を徘徊している最中だ。


 相変わらず鬱蒼とした木々が、俺を迎え入れてくれる。虹色のキノコやら緑色のトカゲやらが中を彩る。


 道中で遭遇するのはいつも通りの鳥型魔獣だ。また会ったな。死ね。


 戦闘を終えて再び探索。まだ見つかんねぇ。ったくどこにいやがんだ。大型の奴。会ったら鳥型魔獣の毒袋を投げつけて――。


「ん?」


 なんて考えていたら、奇妙な光景に遭遇する。


「んん?」


 これほど困惑したのは久しぶりだ。


 なにせ。


「すやぁ」


 とても美しい白髪の美少女と。


「…………」


 凶悪な風貌の魔獣とが。


「えぇ……?」


 並んで寝ているのだから。


 なんでこんなことになってんだ!


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る