第52話 倉庫(3)
暫くして、霞が何か思いついた様子で、
「『そうだ!アタシが裏口と反対方向にスマホを置いて、アラームを鳴らすから、その隙に逃げよう!』」
その提案に、私たちは大きく首を振った。
遥が代表して、
「『何言ってるの! 個人情報が詰まったものを残して逃げるなんて』」
霞は首を傾げ、
「『別に、ロック掛けてあるから大丈夫っしょ!』」
ドヤ顔の霞の肩に、柚希がそっと触れる。
「『ロックなんて、裏技を使えば簡単に外せるよ』」
わかりやすく肩を落とす霞。
霞の案は危険だが、“不良たちの気を逸らす”という方法はアリだろう。
むしろ、それぐらいしかこの場を切り抜ける術はなさそうだ。
そう思った時、
「おい、こっちに廊下があるぞ! 奥に続いてる!」
不良の一人が、声を張った。
ドラム缶の隙間から目を凝らすと、さっき霞が指さした段ボールの付近に、ピアスの不良が立っている。
その声を合図に、不良たちが集まってきた。
リーダーらしき緑髪の不良が、さっき見た中で一番身体の小さい不良に怒鳴る。
「この先はどうなってるんだ!」
「知らないっす……」
「おいおい、ちゃんと下調べしとけよ!」
「す、すんません!」
背中をバシッと叩かれた身体の小さい不良は、段ボールの裏へ消えて行った。
暫くすると、戻って来て、
「ヤバいっす! この廊下の先、小さな倉庫になっていて、裏口もありました!」
「何だと?! あの女、そこから逃げたんじゃねえのか?!」
「そ、そうかもしれないっす……」
緑髪の不良は舌打ちをすると、近くにあったドラム缶を思い切り蹴飛ばした。
ガーンッ! という騒音がして、周囲の不良たちも、私たち四人も大きく肩を揺らす。
緑髪の不良は大きく息を吐くと、
「……いや、ここは古くて、逃げたのならドアを開け閉めする音がするはずだ! それはなかった! まだ中にいるはずだ! 捜せ!」
凄い剣幕の緑髪の不良に、ピアスの不良が諭すように肩に触れる。
「まあ落ち着けよ。別にあの女にこだわらなくても良いじゃん。他に探そうぜ」
「バカ! 金貰ってんだよ!」
「返せばよくね?」
「昨日使っちまっただろ!」
「あー……そうか」
苦笑いするピアスの不良を睨みつけた緑髪の不良は、倉庫全体に響くようにもう一度叫ぶ。
「とにかく捜せ! 見つけられなければ、承知しねーぞ!」
そして、四方八方に散る不良たちのうち二人に、
「そうだ、ちゃんと裏口を塞がないとな! お前らが行け」
命令を受けた二人は頷き、廊下を走って行った。
――――どうしよう。
私たちは青ざめた。
これで、裏口から逃げるのは、ほぼ不可能になってしまった。
――――いや、諦めるな。
他にも方法があるはず。
私は瞼を閉じ、思考をめぐらせる。
……電波が通じない上に、この倉庫には高い位置にしか窓がない。私が入って来たドアは外から鍵が掛けられ、廊下の先にある小さい倉庫には二人の不良がいる。たとえ向こうに出られる位置に窓があったとしても、途中で捕まってしまうだろう。
やはり、逃げる方法は、もう――――
――――いや、ある。
私は急いで文字を打った。
「『ねえ、廊下に出入り口や窓はなかったの?』」
三人は顔を見合わせ、遥が、
「『一つだけ窓があったわ。だけど、羽目殺しだったの』」
「『なるほど。ありがとう』」
私は微笑むと、右足のローファーと靴下を脱ぎ、素足でローファーを履いた。
顔を顰める三人に、
「『三人とも、あるだけ小銭を出してくれない? 不良たちが近くにいないタイミングを見計らって、なるべく静かに靴下の中に入れるの』」
再び、顔を見合わせる三人。
遥が意図に気付いたようで、
「『もしかして、それで廊下の窓を割るの? 気づかれてしまうわ』」
「『私がわざと姿を現して、不良たちを引き付けるから、その隙に三人は先に窓まで行って、これでガラスを割って。私は後から行くから』」
遥と霞が怒った顔で、
「『何を言っているの? 危険だわ』」
「『狙われているのは彩里じゃん! 1人で残るとか、危なすぎ!』」
私は顔を引き締め、
「『大丈夫。私、そこら辺の男の人よりも足速いから』」
「『それに、三人を巻き込んじゃったのは私だし、危ない役はさせられないよ。不良たちは、倉庫には私しかいないと思っているしね』」
「『私が姿を見せれば、向こうの倉庫にいる二人もこっちに来るだろうから、それまではあそこの段ボールの後ろに隠れておいて。不良たちが私を追い始めたら、廊下へ行くの。そうすれば、確実に見つからないし、長く時間を稼げる』」
反対した二人は、納得していない様子だったが、柚希が二人に自分のスマートフォンの画面を見せる。
「『彩里の脚力は、私が保証するよ。安心して!』」
二人がしぶしぶ承諾するのを見届けると、柚希は、今度は私に向けて文字を打つ。
「『じゃあ、頼んだよ! 彩里』」
私は深く頷いた。
慎重に小銭を靴下に詰め終えると、ガラスを割るのに十分なサイズになった。私一人の分ならとても無理だったが、四人分あるお陰だ。
それを柚希に託すと、三人が段ボールの後ろに移動するタイミングを見計らう。
「今だよ!」
周囲に不良が一人もいなくなった瞬間、ひそひそ声で合図を出す。
三人は素早くドラム缶の後ろから出ると、小走りで段ボールの後ろへ移動した。
私が安堵した――――その直後。
柚希の肘が段ボールの山に当たり、音を立てて段ボールが崩れ落ちた。
三人の姿が露わになる。
「なんだ、今の音は!」
慌てて段ボールを戻そうとするが、パニックになっているせいで、余計に音を立ててしまった。
不良たちの足音が迫っていた。
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