第15話 買い物

放課後。


「遅いな……」


校門の前でかすみを待ちながら、私は呟いた。


17時半にこの場所で待ち合わせて、駅前の文房具店に買い物に行く約束をしているのだが、既に15分遅刻している。


私が連絡を取ろうと、スマートフォンを操作してLAINを開いた時、


「ごめーん! お待たせ!」


霞が小走りで姿を現した。


「もう、遅いよー」

「ごめんって! 部活の友達の話が面白くってさ、つい時間過ぎちゃって」

「気を付けてよねー。てか、早く買い物行こうよ。帰り遅くなるし」

「ホントごめんね! 行こ!」


私は近くに止めていた自転車を引き、霞はその横に付いた。

予定より20分ほど遅れ、ようやく駅前の文房具店に向けて歩き出した。



 ***



「良いものが買えたね! 楽しかったー!」


アクセサリーショップのレジから出入り口に向かう途中、霞が買い物袋を手に、嬉しそうに言った。

ここに来る前に寄ったコスメショップで、欲しがっていた新作のリップも買ったし、気に入ったアクセも手に入ったようで、霞は最高に幸せそうだ。

私も彼女に選んでもらった可愛いブレスレットを買えたので、大満足。


「このお店、ホントに可愛いよね。価格もリーズナブルだし」

「ホント、それ!」


ファッションに詳しい霞との買い物は楽しくて、窓の外はすっかり暗くなっていることに気付く。


「そろそろ、帰ろっか」

「うん! もう満足したし!」


学校での嫌な事が嘘みたいな晴れやかな気分で、私は店の戸を開けると、鈴の音に重なって雨音がした。

暗くて視覚的には分からなかったが、雨が降り出していたらしい。

そう言えば、夕方から雨の予報だったような……。


「やっば、雨じゃん。私、傘ないよー」


私がぼやくと、霞はドヤ顔で学生カバンから折り畳み傘を取り出した。


「アタシは常に、折り畳み持ってるんだよねー! 二人で入って帰ろ!」

「さっすがー! んじゃ、遠慮なく」


私は店の前に止めてあった自転車のロックを外し、霞が広げた傘に入ろうとした時。



背後で鈴の音が鳴って、大学生くらいのカップルが店から出て来た。

そして、雨を見るなり、


「げっ! 雨降ってんじゃん! 最悪ー」


男の方が悪態をつき、女の方は綺麗にセットしてある自分の髪を押さえて、


「やばーい! 髪の毛崩れちゃう! ねえ、ユウちゃん、どーしよー?」


困り顔の彼女を見て、男はきょろきょろと辺りを見渡すと、戸の近くにあった傘立てからビニール傘を取り出し、開いた。


「え、ユウちゃん、傘持って来てたっけ?」

「ちげーよ。俺のじゃない」

「え、まじで?」

「ビニール傘って、結構高いだろ?」

「あははー! そーだね!」


カップルはヘラヘラと笑うと、そのまま相合傘をしながら去ろうとしている。



この光景を見て、私は言葉を発していた。


「その傘、私のなんですけど」


カップルは肩を揺らし、振り返って私を見ると、顔を引き攣らせる。


もちろん、私の傘ではない。でも、確実に“店の中にいる誰かの傘”なわけで、持ち主が困ることにかわりはない。そう思うと、許せなかった。

かといって、ストレートに「盗みはいけません」と言っても、逆ギレされるかもしれない。だったら、「私の傘だ」と言えば、カップルは傘を戻すしかなくなる。

そんな思考から、自然に出た言葉だった。


「え、あ、そうなんだ。ごめん!」

「間違えちゃった~」


カップルは目を泳がせながらバレバレな嘘を付くと、傘を傘立てに戻し、小走りで向かいのコンビニに駆け込んで行った。


私はその背中が見えなくなるまで睨んだ後で、我に返ったように霞を見た。


彼女は目を見開いて私に焦点を合わせている。


「意外……、彩里って、こういうことするんだ」

「……え、そ、そう……みたい?」


言われて初めて、私は自分のしたことに驚く。


私は面倒くさいことには首を突っ込みたくない性分だし、学校でクラスメイトが仲間外れにされていても注意しないし、助けない。明らかに間違っていることでも、後々面倒くさそうなら、黙っている。


なのに、さっきの私は“駄目なものは駄目”とリアクションを見せた。



――――何故か?



それは多分、“状況の違い”にある。

もし、傘を盗ろうとしているのが楓恋だったら、私は絶対に動かなかっただろう。

“下手に注意したら反感を買うかも”とか“明日から仲間外れにされるかも”とか余計なことを考えて、最終的に沈黙を選ぶのが常だ。

しかしさっきのカップルの場合、たとえ相手が逆ギレして来ても、その場限りである。ましてや相手は全く知らない人で、これから先で関わりを持つことは、まずない。相手にとっての私も知らない人で、嫌だと思われても問題ない。



要するに。


――――私は、匿名になった途端に好き勝手書きまくる、ネットの人たちと同じってワケね。



薄ら笑いを浮かべて俯いた私の肩を、霞が軽く叩いた。


「何ビミョーな顔してんの、彩里? 良いことをしたんだし、偉いじゃん!」


霞のストレートな台詞に、私は複雑な気持ちになったが、笑顔で叩き返した。


「そんなこと言ったら、霞の方が偉いよ。いつも仲間外れの子、入れてあげてるし」

「あはは、うん。そうかもねー! 私もエライー!」

「もう、自分で言っちゃったら台無しじゃん!」


私は苦笑いをすると、霞の傘に入り、歩き出した。

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