第3話 わからないから、気になる

 メヌエは一旦、口の中にあるものを飲み込んでから、更に飲み物を口に入れる。


「……うちの隊に属している人?」


「そう、ちょっとその人のこと、聞きたくて」


 もの凄く驚いた顔でメヌエが私を見る。何か驚くようなこと、言った覚えはないのだけど?


「アリアちゃんが……気になる人!? 誰よ、名前はわかるの?」


「ヴィオリーノって人なんだけど」


 は? とメヌエがまた驚いた顔をする。どういう事? なんか有名な人なの?


「なんでまたヴィオリーノなんかに興味を持っているのよ!」


「そ、そんな驚くようなことなの? たまたま庭で会ったのよ。でね、その人、全然殺気も闘争心も見られなくって。その上、変な歌を歌ってて……得体が知れなくて気になったの」


 あぁ、とそこでメヌエがいつもの表情に戻る。


「あなたらしいわ。どうせ強いかどうか気になったんでしょ? それともどうやって倒せるか? ってところ?」


「どっちもね」


 やっぱり、と頷かれた。


「で、なんなのあの人? 出来る魔法使いなの?」


「出来るかどうかと言われれば、まぁ、軍の中では『普通』じゃないかしらね?」


 普通かぁ、と私はがっかりする。ただ剣士の強さと魔法使いの強さは質が違うから、一概にどうとはいえないのだけども。


「それにしてもどうしてそんなに驚いたのよ?」


「だって」


 メヌエは、一旦はぁ、とため息をついた。


「つかみ所が無いのよね。いつもふわっとしていて。酒もかなり飲みにいっているみたいだし? 魔法使い仲間とはくだらないお喋りばっかりだし。かといって別に魔法が出来ないわけでもないし。第一隊の中でも、ちょっと変わった雰囲気よね」


「ふぅん? まぁ……確かに戦いに向いていなさそうな感じはしたけど。私より年上?」


「アリアちゃん二十一だっけ? そしたら三つ上ね。私より一つ下だわ」


 なるほど、と私は皿の上の肉を口にほおばる。今日の肉は当たりだわ。脂身も少なくて噛みやすい。それはともかく、あの人に興味を持つことが驚かれることだったとは。


「でもまぁ、アリアちゃんがの興味で安心したわ。まさか『気になる人』って、恋愛の方かと思っちゃったから」


「それはないわよ」


 私は即答する。だって、恋愛なんて興味がないもの。ましてや軍に属して働き始めたって時に、そんなの必要ある? メヌエが複雑な顔をしながらお酒を飲んでいるのが目に入る。


「うーん、まぁ恋愛話が全くないのもどうかとは思ったりもしちゃうけど? アリアちゃん、貴方黙っていたらすごく綺麗なお嬢さんなんだからさ」


 思わず私は吹き出した。


「私が? 綺麗なお嬢さんだなんて!」


「そういうのも興味ないわよねーあなたって。綺麗な顔をしている方だと思うわよ? 同性から見てもね」


 鏡を見ても、自分がどうだかは判断できないし、なんとも言えない。私は最後の肉の欠片を口に放り込んだ。


「誰か言い寄ってきたりしないの?」


「……それっぽいことはあるような気がするけど。でも私、弱い男には興味ないし」


 と、色々な出来事を思い出したりしてみた。正直、どうでもいいことばっかりだから、もう詳しいことは覚えていない。メヌエは空になったコップを机に置いた。


「その考えも変わってないわけねー」


「そりゃそうよ。どうせ恋人になるんだったら、私より強い人ってのは絶対よ。そんなのきっと、父も許さないわ」


 あぁ、とメヌエは頷く。


「なんか、分かるわ。アリアちゃんはお父さんっ子だったからね」


「父を追い越したくて、剣技を続けてきたってのもあるし。結局まだ父には勝ててないんだもの。そんな私より弱いだなんて、認められないわ」


 そう、私は父に勝てていない。一生勝てない相手なのだ。なぜなら、私の父は既に亡くなっている。魔物の討伐隊として赴き、村を襲いにきた魔物達と戦って、倒れた。


 父は私の剣の師でもある。基礎をたたき込んでくれたのは父だ。私はただ父と遊んでいるのが楽しくて、のめり込むように剣士の道を歩み始めたのだった。そんな父はアークボローの軍の中でも、剣技を指導する立場だったほどの腕前。


 魔物による害は頻繁に起きている。時には村を襲い、人的被害もかなり出ることがある。そうなれば軍は人を送り込み、その制圧を図る。後手に回らざるを得ない対処法だけど、そうするしか今は方法がなかった。


 私はそんな父の遺志を引き継いで、魔物の害から皆を守りたいと思って軍に入隊した。軍の仕事に誇りを持っていた父の面影を探したいというのもあるかもしれないけれど。ただ、父が私に残してくれた剣技を生かしていくこと、これが私に課された使命なのだと思っている。


「そういえば今回の任務ってなんだったの? どんな感じだった?」


 お皿を完全に空にしてから私は聞いた。


「そうか、第二隊はまだだったわね。今回はグレイトン村への情報収集よ。最近また山から魔物が下りてくることが多いからって」


「戦闘はあったの?」


「3回あったわよ」


 心底疲れた、とメヌエがため息をつく。私はまだ魔物と直に戦ったことがないから、その感覚はまだ分からないのだけど。


「やっぱりここで訓練として戦うのとは全然違うわ」


「どう違うの?」


 こういう話、すごく参考になるからたくさん聞いておきたいなと思う。私もそろそろ外の任務が始まる頃だから、心構えになる。でもメヌエがこんなに疲れた感じを出すなんて、やはり実戦は緊張感も違うのだろうな。


「アリアちゃんが言うような『殺気』ってものが全然違うわね。それに動きも読みにくいし……」


「ヒトじゃないから、ってこと?」


 そう、とメヌエは頷いた。


「ヒトはある程度予測がつくじゃない? 何度も練習してると特にね。でも魔物はヒトじゃないから予測がつかないのよ。どうやって戦うかをその場で判断するのが緊張したわよね。下手したら死ぬじゃない?」


「そうね。なるほど……魔物は予測できないものね」


 殺気があっても予測できないものなんだ、と感心する。それに直に生死を自覚するような場というのは、心が消耗してしまうだろうなとも思った。そんな状況で戦闘を繰り返さざるを得ないアークボローの外の世界は、結構大変そうだ。


 と、考えていると、ふと違う考えがよぎる。


「……予測がつかない、かぁ。あのヴィオリーノってヒトも、予測つかないな」


 その話に戻るの? とメヌエが驚いた目をしていた。

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