第15話 酒場にて
そんなわけで、休暇中で予定はないというライアンを引き連れ、グレイスは風水の町『ステカラ』に舞い戻ってきた。
フライにはそのまま山中で休んでいてもらい、今日は占い館がひしめく地区とは反対側にある食堂街に来ている。
西国ゼータの最大の町である『ステカラ』は、占いとセットになった開運スイーツ巡りが楽しめる一方で、美食の町でもある。
とくに有名なのが、ステカラ名産のキノコを使った絶品料理で、キノコ料理専門の食堂が軒を連ねる〖キノコ街道〗は、この町のもうひとつ名物になっている。
「あっ、グレイス、1軒目はあそこだ」
ライアンがさっそく目当ての看板を見つけてくれたが、その前に――
「ちょっと、寄り道していくわよ」
グレイスは、〖キノコ街道〗からひとつ奥の通りにある、服屋へ。
不可抗力だったとはいえ、いつまでも襟首が大きく裂けた上衣を、ライアンに着せているわけにはいかない。
「これなんかどう?」
店先で目についた一着を手にとったグレイスは、
「いやいや、いいって、このまままで大丈夫だから」
遠慮しまくるライアンを無視して、勝手に合わせていく。
「やっぱりこっちかなあ」
銀髪で紺碧の瞳を持つライアンには、青がよく似合った。
「どっちがいいかな」
濃淡のちがう青で悩んだグレイスだったが、「うーん、やっぱり、こっちにしよう」鮮やかなコバルトブルーを選んで、さっさと会計を済ませてしまう。
あたらしい上衣に着替えさせられ、バツの悪そうな顔で店の試着室からでてきたライアンを、グレイスと意気投合した女店主が手を叩いて褒めたたえた。
「あらっ、やっぱりお兄さん、イイ男だねえ!」
「ライアン、すごく似合ってるよ! ステキ~」
グレイスが喜んでくれるのは嬉しいが、小銭しかもっていないライアンは、なんとも居たたまれない気分になった。
「まいどあり~ 御贔屓に~」
女店主に見送られ、1軒目の食堂に向かうなか必死に弁明した。
「グレイス、金は必ず返すから。今日は本当に、たまたま持ち合わせがないだけなんだ。ちょっと、慌てて出て来ちゃって……本当にゴメン」
「いいよ。これぐらい。気にしないで。美味しいお茶も淹れてもらったし……それに、わたしとライアンの仲じゃない」
それはどんな『仲』なんだと、深掘りしたいライアンだったが、上衣を買ってもらったうえ、これからキノコ料理まで奢ってもらう肩身の狭さから、とても訊けなかった。
🍄 巨大キノコの大盛丼
🍄 巨大キノコのびっくりソテー
🍄 でっかいキノコのメガ盛りリゾット
🍄 おおきなキノコ全部煮込みました~特大鍋
などなど。
メニューのネーミングからもわかるように、〖キノコ街道〗の食堂はどこもかしも、大盛を売りにしている。とにかく量が多い。
元々美味いと評判だった食堂同士が、なぜか競い合うように量を増やしていった結果。
「あそこは量が少なめ」といわれる店でさえ、
テーブルの半分を占拠する大皿に盛りつけられた巨大キノコのソテーを前にして、
「昨日、ライアンと会えて本当に良かった」
心の底から、グレイスは感謝した。
ステカラ産のキノコが大きいのは知っていたし、量が多いのは覚悟していたけれど、実物を目にすると、やはりとんでもない大きさのキノコが、どんでもない量で運ばれてきた。
そうして、美食マップを片手に食堂をはしごすること4軒。
日暮れとなった夕刻。
グレイスとライアンは酒場のカウンターに伏せっていた。
「すごく美味しかったけど、もう一歩も動けないわ」
「俺も。これが明日もつづくのか……食道楽の旅もなかなか過酷だな」
「大丈夫。明日は朝一の『焼きたてキノコパン』と『キノコサラダ』だけだから」
「助かった~」
この少し前。
はち切れそうな腹で山に戻るのはキツイということで、グレイスの提案により今夜は食堂近くの宿で1泊することにした。
宿屋に着くまでの間、またしても「外で寝る」もしくは「フライを呼んで山に戻る」と遠慮するライアンとひと悶着あったが、
「そんなあ、せっかく会えたんだから、キノコばっかりじゃなくて、今夜は美味しいお酒でも呑んで、ゆっくりしようよ」
美酒をエサに、ステカラの町にライアンを押しとどめることに成功したグレイス。
そして運良く、宿屋の1階にあった酒場のカウンターで、
「もう、動けないわ」
「俺も」
いま、こうしてふたり並んで突っ伏しているというわけだ。
胃袋は苦しいが、すっきりとした味わいの酒がでてきて、徐々に会話が弾みだす。
討伐の旅での苦労話から、グレイスの食道楽の旅についてと話しがつづき、3杯目の酒が運ばれてきたあと。
「ライアン、じつはね――」
ついにグレイスは、レブロンから旅立った本当の理由を吐露した。
「ハリス殿下との婚約を……解消したの」
ライアンは黙って聞いてくれた。
そして、グレイスが話し終わるのを待ってから、怒りを溜めた紺碧の瞳で、
「そいつは、キミにふさわしくない」
静かに、そう言った。
日暮れに入った宿屋。
一階にある酒場で酒を飲みはじめて夜が訪れたとき。
グレイスから例の婚約破棄の件を聞きながら、ライアンは怒りで全身が震えだすのを止められなかった。
婚約解消にいたった原因が、男の心変わりだと?
ありえない。
俺が羨ましくて、羨ましくて、どうしようもなかったグレイスの婚約者という立場にありながら、どうして他の女に目がいくんだ?
「どうかしているな、その男は……」
怒りを噛み殺しながら、絞り出すように言えば、
「仕方がないことよ」
ゴブレットに口を寄せ、グレイスは笑った。
いいや、そんなことでは済まされないはずだ。
何ひとつ自由のない神殿生活を受け入れ『光陰の聖女』となったグレイスが、レブロンの第一王子と婚約を結んだ日より、未来の王妃となるべく、さらなる努力を重ねてきたことは容易に想像がついた。
国は違えど、一国の妃となるまでの重圧がどれほどのものかは、ライアンにもわかる。それなのに、世界を救う過酷な旅を成し遂げ、帰還したグレイスに待っていたのが婚約破棄だなんて、到底許しがたいことだ。
事実――強く、賢く、慈悲深く、自国のために人生を捧げられる彼女ほど、国母にふさわしい
そんなこともわからずに他の女に目移りし、グレイスを妃にできるという唯一無二の特権を自ら手放すとは……レブロンの王子は救いようがない大馬鹿だ。
拳を握りしめて押し黙るライアンを、グレイスがのぞき込んできた。
「どうしたの? もしかして酔った?」
「いや、これっぽっちも酔っていない」
ただただ、腹が立つだけだ。
グレイスを傷つけた大馬鹿にも、どこかでそれを願っていた自分にも。
そして何より、正直に話してくれたグレイスに、いつまでも素性を偽っている自分に、どうしようもない憤りを感じていた。
話すなら、いましかない。
「俺はジリオンの……」
覚悟を決めて口をひらきかけたライアンだったが、それより一歩、グレイスが早かった。
「せっかく美味しいお酒を飲んでいたのに、暗い話になっちゃってゴメンね。でも、これで良かったのよ。夢だった食道楽の旅ができて、ライアンとも再会できたんだから。それに、わたし――」
ターコイズブルーの瞳がきらめく。
「もう、王族はこりごり! どこの国の王子だろうと王族や皇族とは、二度と婚約しないって決めた!」
「俺はジリオンの……ゥッ――ウゥッッ」
あらゆる感情といっしょに、ライアンは言葉をのみ込んだ。
言えない。いまは無理だ。
ゴブレットに残っていた酒を一気にあおる。
なんで、なんで、なんで! 俺は……皇子なんだよ。
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