第10話 開運スイーツめぐり



 まさか、ここでも足止めされるなんて――


 テーブルに置かれたフォークに、グレイスはため息がもれた。


 春半はるなかば、レブロンを旅立ち、隣国カサレアで旅の準備をしつつ名所めぐりを楽しんだグレイスが、西国ゼータに入国したのは初夏だった。


 風車の町フェロンでは、屋台の怪魚スープに舌鼓をうち、つぎに訪れた風呂の町バスクでは、移動販売のシャキーンアイスを全種類制覇するのに、丸2日間を要した。


 これで思い残すことないと次の町を目指そうとしたとき、地元民からもたらされたのは『夏期限定☆レインボー・シャキーンアイス〗の存在。


 人気フレーバーがミックスされた限定アイスが、ちょうど明後日から販売されるという情報を得てしまった。


 悩んだ末、滞在を伸ばしたグレイスは、予定から遅れること数日。ようやくバスクから、風水の町ステカラに到着したのだが、ここでも予想を上回る滞在日数となっていた。


 足止めの理由はひとつ。


「おそるべし、美食家マップ……」


 このあたりでは一番大きな町ステカラは、美食の町であるだけでなく、風水の町と呼ばれるだけあって、占いを生業にしている店が多い。


 通りのいたるところに【卜占ぼくせん】とかかれた看板がぶら下がっていて、なぜか占いとスイーツがセットになっていた。


 美食家マップの余白には、『絶対に食べるべき極上スイーツ10選』が、細かな字でびっしりと印字されている。


 五穀豊穣シフォンケーキ、千客万来チーズケーキ、夫婦円満ロールケーキ、無病息災ショコラ、恋愛成就マカロン、学業成就パイなどなど。


 ネーミングからして気になるスイーツばかり。なかでもグレイスの目を引いたのは、『期間限定占い☆待ち人たる☆お御籤みくじタルト』なるもの。


 余白のさらに余白に、凄腕占い師の店とあり、『祝☆開運スイーツ殿堂入り』との煽り文句まであった。


「これは行くしかないよね」


 開運スイーツ巡り(すべて占い付き)を決行するしかなくなったグレイスは、風呂の町バスクにひきつづき、風水の町ステカラでも足止めを余儀なくされた。



 そして、開運スイーツ巡り3日目のこと。



 ステカラで一番の占い師だという老婆が、グレイスを見るなり言った。



「頭上に注意しなされ。空から星が降ってくるだろう」





 マカロンとタルトを食べ、町一番の占い館を出たグレイスは、



「え~と、つぎのスイーツは五穀豊穣……」



 美食家マップを開きながら、ふと空を見上げた。



「空から星ねえ……流れ星でも直撃したりして」



 もしここに、賢者アギオスがいたら、呆れた目を向けられていただろう。



「それがどれほど天文学的な確率か……天文学を知らないキミにいっても分からないか」



 アギオスの呆れ顔はいつものことなので、それはいいとして、



「まだ、入るかなあ。けっこうな満腹感」



 グレイスがお腹をさすったときだった。



 西国ゼータ特有の激しい突風が吹く。



 近くの樹木が強風でしなり、枝葉のこすれ合う大きな音が立ち、砂埃が空高く舞った。



 背中まであるグレイスの淡紫の髪も風になびき、視界が遮られて数秒後――どこからともなく声がする。



 どんどん大きく近づいてくる声が、真上からだと気づいたグレイスが、そよ風になった空を見上げたとき。



「ぅぁぁぁっぁあああああッアアアアアア」



 空から降ってくる者がいた。



 その声に、グレイスの目が大きく見開かれる。



「うわっ、嘘でしょ⁉ 本当に降ってきた!」



 すぐさま神聖力を展開させるが、落下速度がはやい。



 間に合うだろうか――



 神聖力が宿ったグレイスの左手に陰が生まれ、漆黒の短弓が具現化する。右手には神聖力を凝縮した光の矢が現れた。



 身体にしみついた一連の流れで、素早く弓をかまえ、水平につがえた矢を引いたグレイスは、落下する星に狙いを定める。



「つらぬけ、光陰の矢!」



 神聖力を帯びた光速の矢が、最高速度で放たれた。




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