おやすみ青龍刀
ギィィ……と金属が軋む音を立て、祭壇から剣が引き抜かれた。
重い。 バランスが悪い。装飾は豪華だが、刃は妙に薄く、どう見ても「実用に耐えうる武器」ではない。
「なんだこれ……完全に見た目重視じゃねぇか」
タベルは剣を持ち直す。 構えた――というより、「構えたっぽい何か」を取った。 剣など触ったこともなければ、使い方も知らない。 でも、逃げるのも今は選べない。
迫る魔物に勢い任せ飛びかかる。
「……うおおおおっ!」
気合とともに、映画やアニメのシーンを思い出しての大振り。
ガキィンッ!
剣が魔物の顔面に、偶然にも直撃。 火花が走り、魔物が一瞬のけぞった。
――その瞬間、二人の声が重なる。
「「あ、今の最高! 配信配信!」」
二リエルはスマホ越しに目を輝かせ、エバリアはすでにクリップ動画の編集画面に入っていた。
「スローリプレイ入れたいわねコレ〜♡」
「コメント欄が“勇者覚醒”で埋まってる! やばい!」
広間は地獄。 だがこの二人だけ、テンションは天界と魔界の上。 一方タベルは――
「あぶねっ!?」
魔物の脚が、真上から振り下ろされる。 タベルは反射的に転がり、瓦礫の山へと突っ込んだ。 粉塵をあげながらも、なんとか体勢を立て直す。
――助かった。普通なら死んでた。 体が無事なのは、ニリエルの“バフ”とやらの恩恵だろう。 悔しいけど、今回は感謝しとくべきかもしれない。
瓦礫をかき分け、よろめきながら立ち上がる。その視線の先では、魔物が再び咆哮を上げていた。
さっき、顔面に剣が当たったとき――効いてた。あの巨体のくせに、妙に脆い場所があった。見た目は金属じみた外殻。
でも、顔の中央、ちょうど目の上あたりだけは、何か違った。
タベルは息を整えながら、瓦礫を蹴って走り出す。 逃げているようで、彼はずっと見ていた。 魔物の動き。構造。タイミング。
そして今――。
崩れる天井の下、舞う砂煙の中をすり抜けるようにして、魔物の背後へ回り込む。
それは、戦略的な“逃げ”だった。 勇者っぽくない、でも生き残るための判断だった。
魔物が吼える。地響きのような重低音が広間全体を震わせ、粉塵が宙に舞う。 その向こうで――二リエルとエバリアは、まだカメラの角度を気にしていた。
「ちょっとちょっと、今のローアングル、神画角じゃない!?」 「私の方のコメント欄、“まじクライマックス草”で埋まってんだけど♡」
広間が崩壊寸前だというのに、タベルの健闘ぶりに二人は再び撮影スイッチが入る。
――だが、タベルはそんな騒がしさを背に、静かに走る。 瓦礫の上を駆け抜け、魔物の背後から跳躍。祭壇を蹴って加速をつける。
狙うは一箇所。顔の中心。あの“柔い”ところ。
さっきの一撃はまぐれじゃない。そう信じて、今度は狙っていく。
タベルの黒髪が風になびいた。
振りかぶった剣が――奇跡のようなタイミングで、魔物の目の上、ちょうど頭部の継ぎ目に突き刺さる。 火花が弾け、甲高い金属音が響いた。
ギィィ――!
魔物が痙攣するようにのたうち、巨体を揺らして倒れ込む。 床に激突した衝撃で広間がさらに崩れ、天井の一部が落ちた。
……しばしの静寂。
煙の中で、タベルがひとつ息を吐く。 剣を握る手はぶるぶる震えていた。まるで、全部を計算してた風に見せかけたただの大博打――そんな自覚はある。
「……勝った……のか?」
誰よりも遅れて、ようやくニリエルが一歩踏み出した。
「や、やるじゃない……! っていうか、タベル本気出せば勇者やれるじゃない!」
魔物が倒れ、戦いは終わった。 だが、それで安心というわけではなかった。
タベルが剣を杖代わりに、ぐるりと室内を見回す。 床にはひび。天井からは今にも崩れそうな音がしていた。そして――
「……出口、塞がってんな」
どこか他人事のように、軽い口調で言ってみせる。 だが、その声の裏には確かな焦りがにじんでいた。
「これって、けっこうマズいってやつじゃね?」
天井も、壁も、床も。崩れた瓦礫で塞がれ、かすかな風も通っていない。 さきほどまでの騒がしさが嘘のように、四人の周囲に、重たい沈黙が落ちた。
「……で、お前ら。魔法とかでなんとかならんの?」
タベルが、ニリエルとエバリアを交互に見る。
「転移とか、召喚とか……普段はポンポンやってるじゃん、お前ら」
「うん、それがね。できないの」
ニリエルが肩越しに振り返った。さっきまでの軽口は消えていた。
「このダンジョン、もともと“外界からの干渉を遮断する設計”なのよ」
「演出のために……遮断?」
「そう。空間ごと隔離して、あえて逃げ道なしのクローズド仕様。ワープも召喚も、内部装置があって初めて可能になる仕組みなの」
「……で、その装置が今、粉々と」
「はい、完全にアウトです♡ 転送中継炉、再起不能」
エバリアが肩をすくめた。苦笑してはいるが、目は笑っていなかった。
魔物の一撃で、何かの装置の中枢は文字通り吹き飛んでいた。 残骸の光は消えている。
たぶん死んだ状態なのだろう。
「ってことは……中から出るしかないってわけか」
タベルが、やれやれと頭を掻いた。
隣では、アルネが無言で瓦礫を睨んでいる。
二人は、広間の端――かつて“出口”だったであろう方角に向かい、瓦礫を手でどかし始めた。
一方で、ニリエルとエバリアは、装置の残骸を分解しながら何かを探っている。
……しかし、すぐに体力の限界が来た。
タベルの腹の虫が、遠慮なく鳴る。
「……あ。そういえば、これ……」
ニリエルが懐から取り出したのは、つぶれかけた包み紙だった。
「あ、ここに来る前にこっそり買ってたやつネ」
「忙しくて……まだ食べてなかったわ」
彼女は包みを開いて中身を見せた。
甘い香りが漂う。
つややかな揚げ饅頭が、四つ。
少し、ゆがんでいる。
「……まさか、一人で食べないよな?」
タベルの鋭い視線が二リエルを捉える。
「おまえ、本当に女神なんだよな……?」
彼女は勢いに押されたのか、懐に戻しかけた包みを突き出す。
「……ええい、四つあるし! はい、みんな一個ずつ!」
二リエルははぶっきらぼうに配った。
タベルは迷わず口に運び、アルネは小さく感謝を呟いてから大事そうに齧った。
「なにこれ、超美味しいじゃん!」
エバリアがひとかじりして、目を瞬いた。
「……人間界って、こんなに美味しいものあるの?」
思わず、いつものSNS用リアクションじゃなく、本心からの声が漏れる。 口の端に残った餡を指で拭いながら、彼女はどこかぽかんとした顔をしていた。
──けれど、休憩はすぐに終わる。
満腹というには程遠いが、空腹の痛みはわずかに和らいだ。
四人はまた瓦礫に向き合い、重たく沈んだ空気の中で黙々と動きはじめた。
まずは、崩れた広間の周囲を一通り見回る。
タベルが歩き回り、ニリエルは壁に触れながら魔力の通りを探り、エバリアは瓦礫の上に乗って遠くを見渡す。
「ない……どこも、通れる場所がないわね」
「やっぱり、本命はあの隅っこネ!」
声をあげたのはアルネだった。広間の端、瓦礫の山の中にぽっかり空いたすきま。そこから、かすかに風のようなものが吹き込んでいた。
四人が集まる。けれど、瓦礫は思った以上に硬く、重い。
「手じゃ無理か……」
タベルが肩で息をつきながら、見上げた。
「この剣、使ってもいいか?」
言いながら、床に置いた剣を手に取った。
ニリエルがちらりと目を向ける。 その視線に、何かを問うような意図を感じて、タベルは少し眉を上げる。
「……これの価値はよくわからんが、抜け出すためだ」
「使わない理由が他にある?」
ニリエルの返事はそっけなかったが、声のトーンに優しさが混じっていた。
タベルは頷き、剣を瓦礫の隙間に差し込む。
だが、思ったよりも石が大きくて深く、びくともしない。
「くっそ……っ」
渾身の力を込めて押すが、剣の柄がきしむばかりで動かない。
「……ワタシも手伝うネ」
アルネがそっと隣に座り、背中の刀を抜いた。
タベルが驚いたように振り返る。
「いいのか? 使っても?」
「武器として使うわけじゃないネ。……道具として、使うだけ」
アルネは穏やかに微笑みながら、刀を石の間に滑り込ませた。
二人の手に、それぞれの刃。 息を合わせ、石を持ち上げるように力を込める。
ギギギ、と音が鳴る。 小さな石が崩れ落ち、大きな一枚が少しだけずれた。
「いける、もうちょい……!」
タベルの声に、アルネもぐっと体重をかけた。
――その瞬間だった。
パキン、と。
乾いた音が広間に響いた。タベルの耳に届くよりも早く、アルネの動きが止まる。
「……っ!」
彼女の手元で、刀が折れていた。 石と刀身のぶつかる音が、耳に残る。
タベルは、息をのむ。
アルネの目が、大きく開かれていた。
ぽっきりと折れた刃先。 まるで骨が砕けたような静けさだった。
「……あ……」
アルネの口から、ようやく音が漏れる。それは言葉ではなく、ただ呼吸のような、感情のかけらだった。
彼女は、折れた刀の柄を両手で包み込むように持ち、しばらく動かない。 視線はその刃の残骸に釘付けで、まるで信じたくない現実に向き合うのを拒むかのようだった。
タベルは、何か言おうと口を開いたが、言葉が見つからない。
まるで時が止まったかのように三人はアルネを見守っていた。
やがて、アルネはひとつ息を吐いて膝をつき、そっと折れた刃を拾い上げた。
その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「……こんなカタチで終わるなんて、不本意ネ」
ゆっくりと、折れた刀の背に指をなぞる。
それは、故郷を出てからもずっと使い続けてきた相棒だった。 野菜を切り、魚を捌き、人々に料理を振る舞い続けた――命を奪うためではなく、命を慈しむための刃。
「ごめんネ。お前を“そういう風”に使ってしまって」
かすかに笑みを浮かべる。だがその目は、ほんの少しだけ潤んでいた。
「でも……最後にいい仕事、したアルよ。人を守ったネ」
そして、折れた刃先を懐にしまい込む。 折れてしまっても、それは大事な“帰るべき場所”へと持ち帰るものだった。
タベルがそっと問いかける。
「アルネ……それって……」
アルネは、軽く頭を振る。
「心配無用ネ。これくらいならきっと直せるアル。でも、それまでは……ちょっと、お休みネ」
――そう言って、アルネは立ち上がった。 背筋を伸ばし、何かを背負いなおすように。
懐には、折れた刃。 その胸には、変わらぬ誇り。
わずかに動いた瓦礫の向こう、アルネの肩越しに――光が差していた。
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