善行
あの頃は大きな川が近くに流れてる地域に住んでた。
川があって、河川敷があって、土手がある。そんな感じのでかい川ね。
俺はその土手の上を歩いて毎日登下校してた。
さっきも言ったけど、友達いなかったからさ。
毎日、同じ土手の道を、一人で歩いてた。
大して綺麗でもない川を眺めながら。
今思えば、真面目すぎたんだろうな。
数少ない友達からの誘いも、今日は勉強したい。
とか言っちゃって断っちゃってたしさ
ま、コミュニケーションが絶望的に苦手だったんだよ。
その末路が、今のヒキニートってわけ。全く世知辛い世の中だねぇ。
あ、話が逸れたね。
続きを話そうか。
あの日、いつもの登下校中に、
俺の人生を”狂わせる”出来事が起こったんだ。
いつもみたいに、1人で土手を歩いて学校から帰ってる時だった。
ぼんやり川を眺めながら歩いてた。
心地よい風の音、微かに聞こえる川が流れる音。
一人ぼっちだったけど、この時間はいつも心地良い。
でも、その日はいつもと違う音が聞こえてきた。
バシャバシャバシャってね。川の方をよく見ると、誰か溺れてた。
手と頭が出ては沈んで、出ては沈んでって感じ。
必死にもがいてる感じに見えた。
歩みを止めて、そっちの方を注視する。
心臓がバクバク鳴り始めてた。あの感覚、今でもちゃんと覚えてる。
どうしよう。助けに入るべきなのか、それとも誰か呼ぶべきなのか。
溺れてる人を見つめながら、頭の中がグルグルする。
少しの間、動けずにいると、バシャバシャ言ってる音が止まった。溺れてる人は動かなくなってた。
俺、ちっちゃい頃からさ、水泳習ってんだよね。
コーチの指導方針で、溺れてる人の救助方法もちゃんと習ってたから、すぐに理解したよ。
酸欠状態が限界に近くなってきたから、力が抜けてぐったりしてんだなって。
もう時間が無い。このまま行けば、すぐに沈んで本当に死んでしまうってね。
さっきまでグルグル葛藤してた癖に、それがわかった瞬間、すごく冷静になって、気がついたら川に飛び込んでた。
汚ぇ川なのもお構いなく。
今思い返せば、この瞬間が、俺の人生の分岐点だったんだな。まさかこんな事になるなんて、あの時は考えようもなかった。
あ、ちなみに、溺れてる人は、持ち上げようとか、引っ張ろうとするんじゃなくて、水面を滑らすように動かすんだぜ?知らなかったろ。覚えておくといい。
水泳と運動神経には自信があったけど、いざ溺れてる人を運ぶとなると、結構大変だった。思ってたより川の流れも早くて、水も冷たかった。
俺まで溺れるんじゃねえかって一瞬過ったけど、ここまで来て諦める訳にも行かないって、必死に助けたよ。
命からがら、何とか陸まで運んできて、ここでようやく、溺れてる人がおっさんってことに気がついたんだ。 新1万札の人、渋沢栄一だっけ?それにソックリ。
どんだけ必死だったんだよって感じだよな。綺麗な女の人なら良かったのに!ってちょっと残念だったのは内緒ね。
んでとにかく気道確保して、息してなかったから心肺蘇生してた。しばらくして、異常に気がついたランニング中の人とかが集まってきて、救急車を呼んだりしてくれたな。
溺れてたおっさん……めんどいから渋沢でいいか。
渋沢はちゃんと助かった。警察が来て、色々聞かれてさ、そんなことしてたら帰るの遅くなった。
帰るのも遅くなったし、制服がドロドロになってたから、母ちゃんに何してたの?って聞かれたよ。
人助けてたなんて言っても信じて貰えなさそうだったから、何も。って答えたら本気で怒られた。トホホ…
でも、そっから1週間くらいしてから、警察署長から感謝状が送られてきてね。
そっからはもう、凄いよ。地元の新聞とかニュースで取り上げられたりしてさぁ。一躍ヒーローよ。
親も含め、周りの大人たちからも沢山褒められて、誇らしかった。自分に自信があんまりなかったけど、その時だけは自分が好きだった。
あ、どこが人生狂う話なんだよって思った?
まあまあ、話は最後まで聞いてくれ。
ここからちゃんとおかしくなるから。
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