第52話 戦いたいと思う理由
数えきれないバケモノが、芥と夜島めがけて一斉に向かってくる。
彼らは最早、「おなじになろう」などと語りかけてはこない。
同じになれないと判断した彼らを憎み、息の根を止めるに足る殺気を各々が放っていた。
「俺が時間を稼ぐ。その隙に芥君は集中して”扉”を開け」
そう言った旗野の右手が、ミシミシと軋む音を立てながら剣の形に変形し──近付いてきた二、三匹のバケモノを、人間離れしたスピードで斬り刻んだ。
「分かりました!」
旗野に背中を任せて集中する芥。
彼の右腕を起点にして、空間に光の亀裂が入る。
それは少しずつだが、確実に広がっているようだった。
「あんなに簡単に入ってこれたのに、なんで出るのにこんなに時間がかかるんだ……!?」
「あの時は、こっちで夜島さんが呼んでたからね」
そう答えたのは長峯。
「ヤミコが?」
「そう。他のみんなは呼んでなかったみたいだけど。夜島さんの思考が芥君を強く呼んでいたから、上手く入れたんだと思うよ。旗野さん風に言うなら、”扉が開いた”って事になるかな」
「でも今は出られないって事は──」
言いかけた芥に続けるようにして、夜島が口を開いた。
「私たちを逃がさない……ここで殺すつもりなのね」
長峯が答える。
「その通り。それが
「ここで殺されれば、君たちの精神は死ぬ。二度と現実には帰れないぞ!」
叫びながら、旗野はバケモノを次々と微塵切りにしていく。
その様子を見て、長峯は呟いた。
「かっこいいね、旗野さんは。……さてと」
彼の右腕が、見覚えのある巨大な電極の形へと変貌していく。
「僕も、誰かのために戦ってみるかな」
重くなった右腕をブンと、高く振りかぶる。
と同時に、長峯の纏う電光がより一層強く輝いた。
その腕が横薙ぎに払われた途端。
目の前にいた数十人のバケモノたちが、まとめて吹き飛んだ。
倒れ伏した彼らは一様にピクピクと痙攣し、服や髪の端から静電気のような青白い光をパチパチさせている。
旗野と長峯に守られながら、芥の作る光の亀裂は順調に大きさを増していった。
裂けたところから、まるでヒビ割れたガラスのように、空間そのものがパラパラと剥がれ落ちていく。
芥は亀裂の隙間へ、鍵の先端を強く押し込んだ。
パリィン──
高く細い音を立てて、亀裂が広がった。
「よし!」
やっと人ひとりが通れそうな隙間が完成した。
芥はその中へ足を踏み入れる。
その直前、後ろを振り返って旗野の方を見た。
「旗野さん……!」
芥は言葉を詰まらせた。
聞かずとも分かる。
旗野も長峯も、一緒に現実世界へ帰ることはできないのだろう。
そもそも、彼らの肉体はもう現実世界には無い。
この歪な精神世界の中で、思念体として存在しているに過ぎないのだ。
今は抗ってはいるが、やがて完全にバケモノたちの集合意識の一部となってしまう事だろう。
「俺たちに構わず行け! 二人とも!」
旗野は戦う手を止めずにそう叫ぶと、ほんの一瞬だけ二人の方を見た。
眼鏡の奥の細い目が鋭く光る。
その口元は、満足げな笑みを浮かべていた。
芥は何も言えなくなって、夜島の手を強く握ると、亀裂の向こう側へと足を踏み入れた。
「……さよなら」
夜島はそう呟くと、芥に手を引かれ、共に光の中へ入っていった。
二人が入ってしまうと、空間の裂け目は跡形もなく消え去った。
ただ元の暗い闇の中で、無数のバケモノが旗野と長峯を代わる代わる襲い続けている。
「キリが無いな……ははっ」
何度でも復活するバケモノの群れ。
その中心で、旗野と長峯は互いの背中を預け合うようにして立っていた。
「旗野さん。あの二人、無事に帰れましたかね?」
「ああ、大丈夫さ。彼らは俺たちなんかより、よほど強いからな」
「……ですね」
近付いてきた敵を一通り一掃すると、二人はまた背中を合わせた。
旗野が口を開く。
「して、どうする? 長峯君」
「……え?」
「あの二人を送り届けたんだ、もう役目を終えた事にはなるが……まだ戦うかい?」
「戦いたいです」
長峯は即答した。
「ははっ。そう言うと思っていたよ」
旗野の右腕の剣は、さっきまでよりもさらに鋭く、長く伸びて槍のようになっている。
そして左腕は、大きな盾のように変貌していた。
一方、長峯は左右両方の腕が電極状になり、纏う雷光もかつてないほど激しく明滅していた。
「このまま暴れてどうにかなるとは思っちゃいないが。せっかくここまで戦ってきたんだ、おとなしく吸収されるってのはどうも癪でね」
「……僕もです。それに、今まで逃げ続けてきた自分と、ここで決別したい」
「では共闘継続だ。よろしく頼むよ」
心底満足そうな笑みを浮かべる旗野の瞳が、眼鏡の奥で真っ赤に輝く。
「行くぞぉぉぉォォおオ!!!!」
「うおおおおおオおおォおお!!!」
二人の雄叫びに続いて、獣のような無数の咆哮が、暗黒の精神世界を照らすように響き渡った。
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