第50話 ”表”と”裏”ではなく
辺り一帯の闇の中には、何人もの男女が夜島を取り囲むようにして浮かんでいた。
彼らは夜島に向かって、口々に語りかけている。
「素直になれって。本当は生きたいんだろ?」
「それとも死にたかったの?」
「どっちなの? 正直になりなよ」
その声はどれも、彼女の間違いを正してあげなくてはという使命感に溢れた、諭すような口調であった。
沢山の声が矢継ぎ早に降り注いで、四方八方から夜島に突き刺さる。
「私……私は……」
縋るように、芥を見た。
芥はその瞳をまっすぐ見返した。
「大丈夫」
夜島ははっとした。
「どっちも本当の自分だって、教えてくれたのはヤミコだろ」
「ぁ──」
夜島は思い出した。
”表裏一体”ではない。
”表”と”裏”に分けるべきではない。
同時なのだ。
死にたいと同時に、生きたいのだ。
相反する二つの感情が、同じ場所に同時にある。
そういう苦しさを抱えて、自分はここまで生きてきたのだ。
「怒りを抱えながら、普通に生きてたって良い。過去を引きずりながら、未来を見たって良いんだ。そうだろ」
『アクヤ……』
夜島は振り返る。
背後にあったはずの鏡は消えていた。
彼女はもう一度振り返って、芥を見、そして言った。
「死にたい気持ちは、いつだって、いつまでもここにある。だけど今は、生きようと思うよ。だって、アクヤに拾われた命だから」
その時。
夜島の背後の暗闇から声がした。
「夜島」
二人は同じ方向に視線を向ける。
そこに立っていたのは、江村だった。
彼女の容姿はバケモノなどではなく、制服を着た金髪の白ギャルである。
両腕もあの触手ではなく、綺麗な人間の腕をしていた。
「やっぱりアンタとは、おなじにはなれない」
江村は恨めしそうに夜島を見た。
「嫌いなのよ。アンタみたいに、好きで一人でいるようなヤツ!」
「……ただのぼっちだけど」
その返事に、江村はより一層目尻を尖らせて夜島に詰め寄った。
「アンタは一人でいる事を選んでる。わざわざ自分から選んで、ずっと一人でいるタイプでしょ! なんでそんな事できるわけ!?」
夜島は何か言いかけたが、江村がかぶせるようにして言葉を続けた。
「孤高なアンタに憧れてる女子もいたし! 男子の中にも、アンタの隠れファン的なのいたし!
「興味無いから」
「ウチだって……ウチだってほんとは、もっとちゃんと、言いたい事とか──」
「自分で選んだんでしょ?」
夜島は冷たく言い放った。
「江村さん。あなたが選んだんでしょ。そういう自分を」
江村は言葉を失って、その場に崩れ落ちた。
夜島は続ける。
「あなたはきっと、選ばれなかった方の江村さんなのね」
「……」
「両方とも、あなたなのに。片方だけを選んで生きてきたのね」
江村はもう何も喋らない。
返事の代わりに、その両手がおぞましい触手へと変形していった。
「ぅ……ゥう……」
悲しみ。苦しみ。怨み。怒り。
選ばれなかった感情が織り交ざった呻き声を上げて、江村は変貌していく。
「これヤバいぞ、ヤミコ」
「……そうだね」
気付けば四方八方から、大勢の呻き声が不協和音のように重なって聞こえていた。
二人がはっとして周囲を見渡した時には、既に大勢のバケモノに囲まれていたのだった。
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