第38話 邂逅と思想

「ぅゥうあアぁアア!」


 電極の打撃が、間髪入れずに次々と迫りくる。

 旗野はそれをなんとか剣で捌きながら後ずさった。


「ゆルさないィっ!」


(大振り……これは避けられる!)


 遠心力で薙ぎ払うような右フックを、スレスレで避けようと頭を下げた旗野。

 しかし、その瞬間に例の揺れが校舎を襲った。

 ゴゥンッ!

 大きな揺れのせいで電極は急激に軌道を変え、旗野の側頭部に直撃した。


「うっ」


 眼鏡がひしゃげて吹きとんだ。

 揺れる脳。

 ぼやけた視界に、青く光る電撃が迫る。


「──ッ」


 重い電極の突きを正面から喰らった旗野は、頭から吹き飛んで廊下へ仰向けに倒れる。

 その拍子に、床へ後頭部を強く打ち付けた。


 度重なる頭部への衝撃。

 脳震盪で平衡感覚を失った旗野は、グルグル回る天井をただ見上げることしかできない。


(マズいぞ……目もよく見えない……)


 さっきの打撃で額の皮膚は裂け、粘りのある鼻血がダラリと垂れた。

 四肢の筋肉も悲鳴を上げている。

 心の方に至っては、とっくに限界を迎えていた。


(視界が赤いな。眼球出血……脳出血か? ……もう、いいか。もういいよな)


 仰向けに倒れたままの旗野に、長峯がゆっくりと歩み寄る。


 ほとんど全てが赤黒く染まった旗野の視界の中、青白い稲光が明滅しているのが辛うじて見える。


(最初から分かっていたさ。人間のままで、お前に勝てないことくらい)


 旗野は心の中でそう呟き、意識を手放した。


***


 ふと気付くと、旗野は真っ暗な闇の中にいた。

 どこからともなく声が聞こえる。


『とっくに限界だっただろうに、よく耐えたもんだな。流石は俺だ』


 旗野はその声──紛れもない自分の声に、柔らかい表情で頷く。

 すると目の前に、鞘に収まった一本の剣が浮かび上がった。


「これは……」


 それはブレクエのゲーム内で何度も見た、“勇者の剣”の姿そのものだった。


『受け取れよ』

「ああ」


 促されるがまま、旗野は宙に浮かぶ剣に右手を伸ばす。


『素直だな。それを手に取ればどうなるか、分かってるんだろう?』

「俺は決めていたんだ。もしもう一人の俺おまえと出会ってしまったなら、全てを受け入れるって。……俺はあの二人みたいに、強くないからな」

『ははっ。俺らしいな』

「そうだろう?」


 旗野はそう言って笑いながら、柄を強く握った。


「俺は信じてるよ。いくら矛盾を抱えていたって。本音と建前があったって。俺は裏側まで勇者だってな」

『なるほどな。それも俺らしい考えだ』


 旗野は勢いよく剣を鞘から引き抜いた。

 その途端、神々しい光が剣身から溢れ、辺り一帯を包み込んだ。


「行くぞ」

『ああ』

「誰かのために戦う事が」

『真の勇気だ』


 眩い光の中で、二つの声がこだました。


***


「おまえも、ゆルさないィィぃい!!」


 倒れた旗野にトドメを刺そうと、長峯の振り上げた電極が振り下ろされる刹那。


「ぐっ……ぅぉおおおッ!」


 旗野は力を振り絞って床を押し、反動で転がって攻撃を避けた。

 そのまま壁にもたれるようにして立ち上がり、剣を下段に構える。


 長峯は素早く接近すると、ブンブンと電極を大きく振って旗野に襲い掛かった。

 旗野はそれが見えているのかいないのか、フラフラとよろけるように全ての攻撃をギリギリでかわしている。

 その最中、剣の柄を両手でクルクルと転がすような奇妙な動作を見せた。


「シねぇェえ!」


 長峯がひときわ大振りの一打を放とうと構えた瞬間、旗野の目の奥が光った。


「隙あり」


 数回に分けて浅く踏み込みながら、間隙を縫うように突き出された剣。

 正確なその一撃は、長峯の胸のあたりに深く突き刺さった。


「んゥう!?」


 その位置は、昨日市川が槍で貫いた場所。

 旗野はそこからねじるようにして、傷口を拡張しながらさらに剣を押し込んだ。


「ゥうッ……」


 長峯は苦しそうに後退し、剣を引き抜こうとした。

 しかしそれより早く、旗野の左手が動く。


「甘い」


 旗野はニヤリと笑うや否や、長峯の電極を左手でがっちりと掴んだ。

 二人の身体は、一瞬にして青い電気を帯びて明滅する。


「ぐゥっ!?」


 旗野は電撃をもろに受けて呻き声を漏らした。

 しかし、苦痛に顔を歪めたのは長峯も同じだった。


「おまエ……ど、ドうしテ……?」

「さすがにキツいな……ははっ」


 旗野は戦闘中、電撃対策で剣の柄に巻いていたビニールテープを取り去っていた。

 単なる金属棒と化した剣は、電気をよく通す導体。

 長峯の電極から放たれた高圧電流は旗野の身体へ、そして剣を通って長峯の胸へと直に注ぎ込まれる。


「なぜだ……なゼ……ぅうっ」

「やはりな。電撃に耐性があるのはその右腕、そして体表面のみ。心臓に直接当てられれば、モンスターと言えどそう長くは持つまい!」


 旗野は電撃に耐えながら言葉を紡いだ。


「できれば人間のままで勝ちたかったんだが……仕方ないダろウ?」


 そう言って顔を上げた旗野の両目は、真っ赤に染まっていた。

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