第40話 憤怒vs怠惰

「ぅゥゥらぁァあアアああアッ!!」


 芥は手足を縛っていた布を軽々引きちぎると、目の前のバケモノに向けて走り出した。

 そのままの勢いで放ったドロップキックが叩き込まれる瞬間、バケモノは身体を丸めて球体状になり、殻に閉じこもってしまった。


「何もしなくテいいだァ!? ふふフふザけるなぁァ!」


 芥はガンガンと敵の甲羅を蹴り続ける。


「ナにも……なにもしたくなイ」

「やっとんだぞ!? 暴れロよ! いい今のおオおおレみたイにィ!!」

「なにもシたくなイのぉ」


 再び眠気に襲われるが、今の芥にはほとんど効果が無い。


「そんな術、俺には効かぁねエよォ!」


 叫びながら放った渾身の蹴り。

 ダンゴムシのような甲羅は、ガコッと音を立てて凹んだ。


「ナにも……なにもしたクないのに……」


 バケモノの──バケモノと化してしまった少女の声は、震えているようだった。


「そうだよなぁ……何もしたくないのに、ズっとやラされてきたのか? 辛かっタよナぁ?」


 寄り添うようなことを言いながらも、芥は攻撃をやめない。


「だけどこのまま泣き寝入りで良いのかよ? 自分を辛い目に合わせたヤツらを……いや、全人類にお前とおなじクルしミを味わワせてやろォうゼ? なァあ?」

「……いい」

「おレたち、”おなじ”だろ?」


 頑丈そうに見えた甲羅には、既にいくつもの亀裂が入っていた。


「そんなこと……しなくてイいの」

「なンでだよぉ!?」


 芥は傍に積まれていたアイロン台を一台掴むと、遠心力を利用して勢いよく叩きつける。


「……ぅゥ」


 わずかだが、甲羅の向こうから呻くような声が聞こえた。

 芥は続けざまに何度もアイロン台で殴りつけながら、感情を露わに叫んだ。


「友達のふりをして、人を信用するふりをして、上っ面の自分で生きてるだけの薄っぺらいヤツらが得をする! それがデきなカッた俺みたいな子供はハジかれル! そんな世界はオわったんダ! 俺のくルしみを! いかリヲ! イたみを──」


 その時。

 何者かが芥の肩を叩いた。


「ァ?」


 芥はアイロン台を掴んだまま振り返る。

 夜島がすんとした顔で立っていた。


「今のあなたも、きっと本当のアクヤなんだね」


 無表情な夜島の頬を、一筋の涙が伝った。

 その涙の色は──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る