第30話 バケモノ
今まで暗い誘惑に何とか耐えていた芥の心は、”夜島を人質に取られる”というただ一点によって突き破られた。
「やめロぉォォおぉッ!」
長峯の右腕が夜島の身体を焦がすより早く、芥が飛び掛かって、電極を両手で掴み止めた。
芥の全身が、バチバチと青い電光に包まれる。
「ヤミコを……はなセ……」
「おオぉおぉォ!」
長峯は嬉しそうに笑い、感嘆の声を漏らした。
高圧電流に耐え続ける芥の瞳は真っ赤に染まり、腕の皮膚が徐々に青白くなっている。
「あくタ。コここれで、おなじになレるねェ」
「おなじじゃない……殺してやる……こロ……こここロシてやるゥう……」
旗野も夜島も、芥の異変に気付いた。
「アクヤ!」
「芥君、しっかりしろ!」
素早く接近した旗野が長剣を振って、長峯のうなじの辺りを斬り裂いた。
長峯は、首だけをグルンと180度回して旗野を見た。
その顔には歪んだ笑みが貼り付けられている。
(くそっ、効いてない。しかし火炎瓶は使えないぞ……)
長峯は左手で夜島を捕まえ、右腕を芥に掴まれている。
この状態で火炎瓶を使えば、二人に燃え移ってしまうのは確実だ。
そうこうしている間にも、芥の顔はどんどん青白く変貌していく。
「コろしてやルぅ……ころシてやるころしテヤる……みンなぁ……ころしてやる」
芥の握力が急激に強くなり、長峯の右腕がミシッと音を立てた。
長峯は苦痛の表情を浮かべて、捕えていた夜島を放し、左手で芥を引き剥がそうとする。
電撃を浴びながら喰らいつく芥。
夜島は突然解放され床に投げ出されたが、すぐに立ち上がって呼びかけた。
「アクヤ……私はもう大丈夫だから。戻ってきて」
夜島の声はもう、芥には届いていなかった。
「このままではダメだ。芥君の心が、負の感情に支配されてしまう」
焦った旗野はもう一度、長剣で力いっぱい長峯の背中を斬り裂いた。
が、長峯がそちらを気にする様子は全く無い。
彼はただ目の前の芥に集中し、激しく掴み合っていた。
「こここコぉろしテやぁるゥう……!」
大切なモノを傷つけられる怒り。
唯一の支えを失う恐怖。
負の感情に同調するようにして、「おなじだ、おなじだ」という長峯の声が、芥の脳内にこだました。
「ミンなァ、ころしてやるゥぅうゥ!」
バキッ。
太い骨が折れるような音を上げて、長峯の右腕の電極が折れた。
電撃が一気に弱まる。
その時。
夜島が、芥を背後から抱きしめた。
弱まったとはいえまだそれなりの威力を持つ電流が、夜島の身体にも流れる。
「うっ……アクヤ。戻ってきて」
「コ……ころ、シ……」
「アクヤは私のヒーローだったんだよ。お願い。もう一度、私を助けて?」
「……ぅ」
(今しか無い!)
芥と長峯の間に少しだけ距離が出来た瞬間を狙い、旗野が渾身の体当たりを放った。
盾の重みが加わった体当たりを受けて長峯はよろけたが、すぐに体勢を立て直し、旗野と向かい合った。
芥に折られた右腕は、ボコッと腫れあがったような
「やっぱりここでお前を倒しておかないと、先には進めない様だな」
「……タたかうんだな」
旗野は息をフッと短く吐くと、剣先を敵の喉元に向けて構えた。
「やむを得ないさ。誰かのために戦う事が、真の勇気だ」
眼鏡の奥の細い目が、鋭く光った。
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