第8話 バケモノとの邂逅
「アクヤ……」
「チッ、鍵閉めたつもりだったんだけどな」
やはり噂通りのクズっぷりだと、芥は失望に似た感情を覚えながら話しかける。
「何してるの、常盤くん」
「いや、何でもねーよ、ちょっとからかってみただけ。ほら、夜島さんって可愛いからさ」
「……」
夜島はジッと常盤を睨んだ。
「そんな怖い目で見るなってー。冗談だよ、冗談」
悪びれる様子も無くヘラヘラとそんな事を言う
「なーに芥怒ってんの? 珍しいじゃんそんな……あ、もしかして芥って夜島さんとデキてる?」
「別に、そんなんじゃないよ……」
「ははっ、ウケる」
常盤は半笑いで芥を見た。
「じゃー俺帰るから」
自分のカバンを肩に引っ掛け、常盤はドアの方に近付いてくる。
すれ違いざま、彼は芥の肩に手を置いて呟いた。
「ま、あんまカリカリすんなや」
常盤はそのまま家庭科室を出て行こうとしたが、ドアの向こうに佇む誰かに気付いて立ち止まった。
「おい。誰だお前?」
家庭科室の入り口に立ち尽くしているのは、うなだれる様に下を向きだらりと腕を下げた女子生徒。
「ゆうじくん……ゆウじくん……」
”
乱れた前髪に覆われた顔は見えないが、その声は確かに、学級活動の途中で消えた江村のものだった。
「マ、マユちゃん? どうしたんだよ」
「ゆうじくぅン……ゆうじくんゆぅうジくん……」
江村は下を向いたまま、半開きのドアに手をかけた。
学校指定のセーターから覗く指先には血の気が無く、青白い。
(何かおかしいぞ……?)
芥は、先日校内で目撃された”青白い肌の不審者”の話を思い出し叫んだ。
「常盤君! ドア閉めろ!!」
「え?」
常盤が反応するより早く、江村の右腕が蛇の様に伸び、うねりながら家庭科室へ入り込んできた。
そのまま素早い動きで夜島の身体に絡みつく。
「キャッ……!?」
長く伸びた江村の腕、もとい触手は夜島をグルグル巻きにした。
今もなお伸び続ける触手が、床や壁を這うようにして覆っている。
「苦……しい……」
「ゆうじくん……なンでぇ……ゆうジくンユッぅじくんゆぅじくん──」
”江村だったもの”は顔を上げた。
両頬には鮮やかな血痕があり、瞳は真っ赤に染まっている。
「どうしちゃったんだよマユちゃん!?」
「ゆうじくんなンで……ななんでここここんなオんなばっかぁりィ……ぅぅウうああアあああアアあ!!!!」
青白く血管の浮き出た触手は、ギリギリと夜島の身体を締め上げる。
「助け……て……アクヤ……」
芥は咄嗟に食器棚を開け放ち、包丁立てに並んだうちの一本を手に取った。
床の上を蠢く触手に全力で突き立てる。
「ぃャぁァアアアあああゥあ!?!?」
バケモノは絶叫を上げ、触手が猛烈にのたうち回る。
包丁が勢いよく振り飛ばされ、芥の頬を掠めながら一直線に壁へ突き刺さった。
触手に刻まれた切創は、ミチミチと湧き出る肉によってすぐに回復した。
「治った……!?」
ゾンビを彷彿とさせる見た目から見当はついていたが、包丁が通用する様な相手では無い。
しかし今この瞬間も、夜島の寿命はギリギリと音を立てて削り取られているのだ。
「ゆうじくぅ……んユウじくん……」
元は江村だったバケモノは、『
しかも、最初に襲った相手が目の前にいた常盤ではなく、夜島。
芥は何となくバケモノ──江村の意志を汲み取った。
「常盤君! 江村さんを何とかできるのはたぶん君しかいない!」
「へ? ……何とかって?」
腰を抜かし、バケモノと見つめ合ったまま尻もちをついている常盤が、情けない声を出した。
「何かあるだろ!? 謝るとかさぁ!」
「あ、謝るって、何を?」
「知るか!」
少しでも触手の動きを鈍らせるため、芥は二本目の包丁を突き立てた。
「うゥォぉぉおンおぁぁアああアああ!!!!」
怒りの咆哮を上げながら、バケモノはもう一本の腕を触手と化し芥を捕らえた。
そのまま夜島と同様に締め上げる。
「うぉっ、死ぬッ……!」
すごい締め付けだ。
こんなのにもう一分ほど耐えている夜島は、いつ死んでもおかしくない事に気付く。
(自分が死にそうだってのに、アイツの心配か……)
薄れゆく意識の中、芥は自分の変化を実感していた。
そして、ここ数日の気まずい日々が始まったきっかけを思い出す。
『一緒に飯食うの、もうやめよう』
『……そう。どうして?』
『俺は一人が好きなんだ』
(どうせならちゃんと、友達に戻ってから死にたかったかもなぁ……)
後悔の渦に飲まれながらも、視界は暗黒に染まっていく。
絶体絶命の芥と夜島。
未だ動けずにいる常盤。
常盤と対峙するように立っている、バケモノと化した江村──その背後で、大きな青い閃光が稲光の様に明滅した。
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