五大組織 編

第12話 アイロキア

アモス島ではアモンの即位日が決まり遂に彼は神皇しんのうに即位した。そして、この年を神皇歴しんのうれき・元年とした。更に新たなる国号も発表された。‶アイロキア″と。アモンは名をアモン・Vヴィ・アイロキアと改める事となった。アモンが誕生して三年目の出来事である。

島内全域でうたげが開かれ、七日七晩、至る所で祝宴がもよおされた。しかし、島内では今、現在も様々な場所で計画に沿った社会基盤の整備が続けられており、七日を過ぎるととなった者達は再び各々の仕事に戻って行った。

神皇に即位したアモンが最初に行ったのは島内各地の巡察だった。半年という月日をかけて国内の様々な地域を訪れ各種、整備の進捗しんちょく状況を自身の目で確認して国民と触れ合い、語り合い、彼らの意見を聞いた。この事によりアモンに対する親愛の情や愛国心は彼らの中に更にしっかりと根付く事となった。巡察を終えたアモンが次に執りかかった事が内政である。彼よりもこの島の事を熟知している魔導士ソーサリアン魔法士ソーサリス達を筆頭に様々な種族や部族の代表者達との会談を繰り返した。

役職人事は全て魔導士や魔法士達に任せている為に彼は巡察の行程で様々な地域の民達から聞いた諸問題に取りかかった。

内務を担当する魔導士や彼らに協力する魔法士ソーサリス達が驚いたのは、数々の問題に対するアモンの処理能力だった。各地で出て来た諸問題を重要度から五段階に別けた後、最も急を要する事案から率先して動いて順次、解決していった。

人族ヒューメナス獣族ヴィスト・レア闇葉族ダーク・リーフや他の少数部族との間も速やかに連携が取れる様に纏め上げた。

そうして内政面が落ち着き、様々な社会基盤もある程度、整った頃を見計らってアイロキア皇国として各国に外交使節団を送りたい旨の書簡を送った。ソレは国家ではないタルタロス島の有力者達にも送られた・・・



別名〝闇の島〟とも呼ばれるタルタロス島は実質的に五つの組織ファミリーにより統治されて来た。それぞれの組織は大陸の国々や個々人との間で非合法の商いを行ない多大な利益を生み出して来た。かつては組織同士の抗争の末に戦争にまで発展仕掛けた事もあったがギリギリで回避して事無きを得た事もある。

現在でも縄張りシマを巡って時おり小競り合い等は発生しているがおおむね平和な状態にあると言えた。そんな中、事態が急変したのはここ最近の事である。

船で東に三日ほど行った場所にある別名〝魔の島〟と呼ばれるアモス島が国家宣言を行ったのである。しかも、島内の一部の種族が国を興した訳ではなく、島全体が統一意思の下に独立してしまった。これはタルタロス島の各組織にとって青天の霹靂へきれきともいえる出来事だった。


「・・・アモス島が国とやらになっちまった訳だが・・・お前さん達の処にも送られて来たんだろ。コイツがよ」


と、円卓に並ぶ四人の男達の前に壮年の男が一通の手紙を放り投げた。全員がチラリとそれを見やる。


「どうやら五つの組織、全てに送られて来ている様だな。態々わざわざ、タルタロス島に国王・・・いや神皇しんのうだったか?当人が来るって事を知らせて寄越すとはな」


「コイツを運んで来たのは郵便か?」


「いや、ウチは魔法士組合ソーサリス・ギルドの者が持って来た」


「オレの処もそうだ。と繋がってる事は間違いないだろう」


「不思議な事じゃない。数十年前まで組合を仕切ってたのはマーリンだ。この島を出て行ったと思ったらアモス島に渡って今じゃあの国の要人。ちゃっかり宰相さいしょうに納まっていやがるんだから食えない奴だ」


「でぇ・・・どうするよ?」


「どうするとは?」


「とぼけるんじゃねぇよマルセロ。どう対処するのか聞いてるんだ」


「どうするも、こうするも、こっちが何かしなきゃいけねぇ事なんて何もないだろう。手紙の内容はおおね『この地を視察したい』って事しか書いてねぇし、好きにさせりゃぁ良い」


「・・・この島を侵略する気だったらどうする?」


一同の視線が発言者であるローラン・フェディーニに集まった。一瞬の静寂の後、


「国王・・・じゃなかった。神皇しんのう、自ら出向いて来て侵略?命が幾つあっても足りねーぞ」


「向こうが何かを仕掛けて来ない限り放っておくしかないだろう」


「仕掛けて来た時はどうする?」


「その時は戦うしかあるまい」


今度は交戦を唱えた発言者であるタイガ・ハナビシを皆が見た。


「おいおい、ちょっと待てハナビシよ。いくさをやるっていうのか?アモス島の連中は半端じゃねぇぞ。数年前にはヴィセリア帝国の軍隊を追い返した事もある。そんな連中と本気でやり合うってのか?間違いなく潰されるぞ?」


「では、黙ってやられろと言うのか?ガンビーノ」


両者の視線が空中でぶつかる。タイガ・ハナビシとロドリゴ・ガンビーノの組織はタルタロス島の北西と南西で縄張りシマが隣り合っており、今までに何度も小競り合いを繰り返して来た間柄だけに当然の如く仲が悪かった。


「それはそうとフェディーニ。お前さん、いつも護衛として同行させていたレザリオを連れて来てないみたいだがどうしてだ?」


「・・・今回の議題と何の関係がある」


ジロリと今度はローラン・フェディーニがイーヴォ・アルデーニを見やる。数年前まで、こちらも縄張りシマ争いの末に互いの命を取り合う寸前まで行った者同士だった。アルデーニが手を引いた為にフェディーニとの間には今だに遺恨が残っている。


「おいおい、そうにらんで来るなよ。今回の議題に関係ねぇし、他意もねぇよ。只、最近、奴の話も聞かねぇし、今回も連れて来ていないから気になっただけよ」


「アイツには他の仕事をやらせてる。他人の組織の事に首を突っ込んで来るんじゃねぇ」


「判った、判った。もう言わねーよ」


両手を挙げてアルデーニが降参の姿勢を見せた。今回、彼らが会議をしている場所はタルタロス島の中心にあるコロセウム近くにあるホテルだった。この場所は何処の組織にも所属しない緩衝かんしょう地帯になっている。

過去にこの地を狙って組織同士の間で血みどろの争いが繰り広げられ、余りにも多くの血が流れた末に何処の組織も疲弊し、最終的に五つの組織の間で不可侵の約定が結ばれた。島の中心である四方50キロ圏内は何処の組織にも所属しない取り決めが交わされていた。


「オレは戦争はしねーよ。やっても勝てる見込みはねぇしな」


「マルセロ、相手が仕掛けて来ても、とっとと白旗を挙げるって事か?」


「その時は向こうの条件次第だな。全面戦争する事だけが戦いって訳じゃあない」


アルデーニに答えたマルセロの発言の中身は他の者達にも理解できた。国家の軍隊に対して正面切って戦うのは只の自殺行為だ。上手く立ち回れば自身の組織を維持したまま何事も無く事を勧める事は出来る。例え相手国の傘下にくだる事になったとしても自治さへ認められれば何も問題はないと云う事だ。


「それに、だ、もし戦争するとしても、こちらの組織同士で纏まって事にあたるなんて事が本気で出来ると思ってる奴はまさかいないよな?」


全員が押し黙った。全員で一致団結して国と対峙する等という事が出来る間柄ではない。常日頃つねひごろから斬った張ったを繰り返して来た間柄である。裏切り者が出て来る事は目に見えている。もし戦うとなれば単独でやり合うしかない。そうなれば負ける事が最初から決まっている様な物だ。


「マルセロ、では何の為に今日、組織ファミリーの頭を集めて会議を開いた?呼びかけ人はお前だったはずだ」


タイガ・ハナビシに鋭い視線を向けられたジョニー・マルセロは薄い笑みを浮かべた。


「まぁ、なんだ・・・お前さん達の腹積はらづもりを聞いて置きたかっただけよ。単独でアモス島の要人を狙って有耶無耶うやむやの内にこっちの組織が戦争に巻き込まれちゃ、洒落にならねぇからな」


場に集まった四人の視線がマルセロに集中する。


「間違ってもオレの組織ファミリーを巻き込むんじゃねぇぜ」


念を押す様にジョニー・マルセロはそれだけを告げた。



タルタロス島の中心に存在するコロセウム、その直下にある地下深くの祭儀場。そこでは今、祭壇と思われる台座に炎が灯り、その下には何者かが座る為の立派な玉座が設置されていた。周囲にはドーリア式円柱まるばしらと呼ばれる柱が何本も等間隔で並び立ち、壁の所々に設置された魔法光アコン・ライトが薄暗い室内を照らしていた。

広場の中央には魔法陣が描かれ周囲にはこの島に在住する数多くの魔法士ソーサリス達が詰めかけていた。この場所は魔法士組合ソーサリス・ギルドの本部だった。魔法士組合はこの地が‶緩衝かんしょう地帯〟であった事を大いに利用してコロセウムの地下に本部を作った。

彼らは組織ではない。月々、金を払ってお互いを助け合うだ。だからこの地に本部を置いても問題はない。と、各組織と交渉したのだ。最初は全ての組織が反対した。『組合と言いつつ魔法士ソーサリスばかりの集まりは組織と同じである』何処の組織もその様に反対して来た。だが、魔法士ソーサリス達は自分達が有利な状況を最も理解していた。この島にける魔法品マジック・アイテムの開発と販売、禁制品の精製には魔法士ソーサリス達の力が絶対に必要なのである。組合ギルドに所属せずに組織ファミリーに所属する魔法士の数は圧倒的に少ない。その者達だけで数多くの魔法に関連する仕事をこなす事は困難だったのである。

彼らはソレを盾に交渉してコロセウムの地下に本部を置く事を全ての組織に了承させたのだった。そうして、この場所に本部が置かれて既に数十年もの歳月が流れていた。当時、組合ギルドを率いてこの事を全ての組織に認めさせたのは魔導士ソーサリアンマーリンだった。彼の力がどれほど全ての組織に対して大きな影響を及ぼしていたのかが判る話である。そして、ソレは今も変わりはなかった。彼は厳然げんぜんたる力をこの地を離れても尚、保っていた。普段は閑散かんさんとした広間に今は場を満たすほどの人が集まり、誰も言葉を発していないにも関わらず熱気が渦巻いていた。

この日、この場所に来ている魔法士ソーサリス達はこの日を首を長くして待ち続けていた。やがて魔法陣が光ると数名の者達が現れた。〝大転移グラン・テレポーテーション〟の発現である。魔法陣を囲んだ周囲の全ての者達がひざまずこうべを垂れた。


「ようこそおいで下さいましたッ!我らが盟主たるマーリン様、そして我らが主、アモン神皇陛下ッ!」


組合ギルド長の声と共に白と黒を基調に金色の縁取りがされた装束に身を包み簡易的なかんむりを付けたアモンが前に出た。


「皆の者、出迎えご苦労。おもてをあげよ。私がアモン・Vヴィ・アイロキアである。此度こたびのタルタロス島、見学に於いてお前達の世話になる。面倒だろうが良しなに頼む」


この時、顔をあげた魔法士ソーサリス達は初めてアモンを見た。もちろん彼の背後にいる者達は顔を見る事など出来なかったが、アモンから発せられる覇気に充てられた様に皆、一様に声にならぬ声を漏らした。


「滅相も御座いません。我らの方こそ至らぬ処があろうかと思いますが、全ての力を持って仕えさせて頂きます。何かご入用の際には何なりとお申し付け下さいませ」

「ダミアン、部屋の用意は出来ているか?」


アモンの背後に控えていた宰相となったマーリンの声に組合ギルド長は頷いた。


「はい。お越し頂きました四名の皆さまのお部屋は既に用意して御座います。直ぐにでもご案内させて頂きます」


「では、頼む」


「はッ!シモーヌ、オリヴァ」


ダミアンの後ろから彼の横に二名の男女が膝を付いたまま進み出た。


「この者達は明日からのご案内にも就かせて頂く予定で御座います。まだまだ未熟者ゆえ、至らぬ処もありましょうが何なりとお申し付け下さいませ」


「そうか、シモーヌとオリヴァだったな。明日からの事、よろしく頼む」


アモンから直接、声を掛けられ二人は「はっ!」と返事をすると再びこうべを垂れてかしこまった。

彼ら一行を出迎える式典が速やかに終わり、アモンは貴賓室へ、供の者達も隣室の部屋に案内された後、ダミアンの私室にマーリンが訪れた。

彼を案内したオリヴァが下がって扉を閉めるとダミアンは両手を広げてマーリンを出迎えた。


「ようこそおいでくださいました。マーリン様。本日、アモン様に拝謁はいえつ出来ました事、このダミアン、恐悦至極に御座います」

「いや、出迎えご苦労だった。此度こたび、我々がこの地へ来訪した理由は既に伝えてある通り視察だ。私の用事はだが・・・出来ているか?」


ダミアンが真面目な顔で頷いた。マーリンに応接用の長椅子を勧めて彼が着席すると同時にノックが鳴ってシモーヌが紅茶と菓子を台車ワゴンに乗せて入室して来た。


「すまんな。シモーヌ」


「いえ、とんでも御座いません。御世話役に任じられた事、光栄に思っております」


と、彼女は若干、高揚した話し方で答えた。二人に給仕を終えると頭を下げて部屋を退出した。


「あの娘・・・オリヴァという男もそうだが、いつ頃、組合ギルドに入ったのだ?」


「そうですね・・・共にニ年ほど前になります。シモーヌは大陸で親が商売に行き詰った挙句に破産して一家離散となり、この島に流れ着いたそうです。オリヴァの方は孤児院で育ったそうですが、幾つかの国々を放浪しながら日銭を稼ぐ毎日を送っていたそうです。島に来た後、二人共に同じ時期に組合ギルドが運営する魔法士学校ソーサリス・スクールへ入学希望をして来たので魔力を調べた所、かなりの数値が出たので入学を許可しました」


「最近は組合ギルドの雑用も手伝わせております」


「ふぅむ・・・」


「・・・何かご不審な点でも?」


「いや、国を追われた訳でもないのに自らこの島へ流れて来たのが気になってな。島外から流れつく連中というのは多かれ少なかれすねに傷持つ訳アリ連中がほとんどだ。好き好んで入って来る者は私の様な者でもない限りおらんのでな」


マーリンが自嘲気味な笑みを浮かべた。


「あの者達の行動を調べますか?」


「何かトラブルを起こしたり怪しい動きをしていない限りは放っておけ。ふと疑問に思っただけだ。気にするな」


「ところでマーリン様、三年前、儀式を行っている最中に私は何者かの巨大な〝波動〟を感じ取る事が出来ました。その瞬間にアモン様が誕生されたのだと、今日、お会いして実感いたしました。お渡しする品は必ずやアモン様の今後にお役に立てるはずと信じております」


そう言うとダミアンは立ち上がり執務机の後ろの壁の一部に手を触れた。すると小さな魔法陣が浮かび上がり壁が横に滑った。隠し扉だったのである。扉の後ろは部屋になっており、中に入ると直ぐに彼は大切そうに両手の上に箱を乗せて戻って来た。それをマーリンの前に置く。


「5000入っております。コレで1ユニット。ご要望とあらば、まだ数は増やせますが?」


「そうだな。後、2000ばかり追加で頼む」


「お任せください。補助で、もう1ユニット制作させて頂きます」


「明日の予定ですが、どうされますか?」


「アモン様の希望でガリア地区を見て見たいという事だ」


「ガリア地区・・・ローラン・フェディーノの縄張りですね」


ダミアンの表情が引き締まった。暗殺未遂事件に関しては直後にマーリンがダミアンにも知らせていた。彼はいきどおりフェディーニの組織をと認定して対処した方が良いのではないかと訴えて来たが、こちら側の準備が整っていない状況では下手に動かない方が良いと伝えて自重させた。

そもそも、事件の情報を何処からか得た魔法士組合ソーサリス・ギルドが暴発するのを防ぐ為に事前に釘を刺す事が目的だったのだ。


「・・・今度こそアモン様を始末しようと手を出して来るのではありませんか?」


ダミアンが真剣な表情で彼らの行動を危惧きぐした。


「そうなったら、そうなったで構わん。こちらは、ようやく準備も整ったのでな」


「判りました。その時には目に物を見せてくれましょう」


ダミアンの瞳にもくらい炎がともっていた。






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