第9話 〝王〟を狩る (その1)

現在、アモス島は建国に向けて活況を呈していた。〝国をおこす〟という島の歴史が始まって以来の一大事業に向けて全ての種族と部族が一致団結して突き進んでいた。

様々な地域で様々な事業が盛んに進められているが、最も活気づいているのは首都となる島の中央にある街ヴェルガであった。人族ヒューメナス獣族ヴィスト・レア闇葉族ダーク・リーフの他にも土精族ドワーフ、等を含めた少数部族も参加して大いに賑わっていた。

しかし、そうした者達の多くが他所よその地域から出て来ている為に彼らが最初に建設を始めたのは自分達の宿泊所であった。十を軽く超える簡易的な宿泊施設には上下水道が整備され不自由のない生活を送る事が出来ている。

現在、街の中心部にはコロセウムが建設中だった。様々なもよおし物の他にも血気盛んな各種族からの要請で闘技場としても使用される事が決定しており、城の次に最も早く建設が決まった建築物の一つである。

建設後には、この国の〝象徴シンボル〟になる事は間違いないだろう。そんな街中を宿屋の二階にある個室からジッと眺める男がいた。彼は長時間そうしていたが、やがて特徴的なノックの音が聞こえた。彼が所属する組織の者だけが共有する鳴らし方だった。合言葉を言って入室を許可すると彼は向き直った。


「どうだった?」


「駄目です。一通り北と西地区の宿屋や宿泊施設も周りましたが誰も来ていません」


しばらくすると、もう一人も帰還した。


「どうやら、お前も手ぶらの様だな」


「はい、来てません。もう、随分、経つというのに・・・」


彼らがこの街に来て既に六日が過ぎていた。二日おきに宿を変えながら自分達、以外の2チームを待ち続けていたのである。


「我々がこの島に到着した日数も含めれば既に十日だ。〝転移門ポータル〟をくぐり抜けた場所は違えど途中で馬車を購入すればおよそ四日でこの街に来る事が出来る。更に六日、待っても来ないとなれば既にられたと思うしかあるまい」


「2チーム共ですか?この仕事に選ばれた程の連中です。それが全滅とは・・・」


「ならば何故、来ない?我々がこの島に到着した時、既に転移門ポータルは見張られていた。当然、他の場所も見つけられ見張られていた可能性は高い。この島は我らにとって未知の島だ。優れた戦士ソルジャー魔法士ソーサリス達が数多くいても不思議ではあるまい」


「では、どうするんですか?」


「どうするか、か?我らだけでこなすしかあるまいよ」


真剣マジですか?」


「逆にお前らに聞きたい。『無理でした』と、帰還して言い訳をした処で無事に済むとでも思うのか?我らの仕事に後退はない。特に今回はそうだ。ルセリア王国からは既に相当の金が前金として組織ファミリーに支払われている。我ら3人で何としても標的ターゲットの首を取る」


「・・・・・・」


「判りました」



「良く来てくれた。テオ」


「何、アンタに呼ばれちゃ嫌とは言えまいよ。ギルガメスからもアモン様の剣の完成には、まだまだときが掛かるという伝言も預かって来た」


「そうか、そちらはゆっくりと仕上げてくれれば良い。先に造ってもらっていた大剣グレート・ソードも充分、素晴らしい出来だからな。まぁ、今は精霊剣エレメンタル・ソード執心しゅうしんしておられるが」


マーリンが気さくに話しかけたテオとは本名をテオドールという土精人ドワーフであった。身長は155センチ程のどっしりとした体躯たいくだが、ひとたび武器を振るわせれば土精人ドワーフという種族は人族ヒューメナスの兵士など比べ物にならない力を発揮する。しかし、最も彼らの才能が発揮されるのは、戦士としてではなく外見からは想像が出来ない程の器用さだった。

彼らは数多あまた精緻せいちな細工物や工芸品を生み出す事が出来るのだ。又、土精人ドワーフは多くの鉱床こうしょうを所有しており、鉄鉱石のみならず希少なアルテマ鉱石、ブルー・レアリス鉱石を掘り出してこの島の交易を支えていた。


「で、見てほしい品は何処どこだ?」


「これだ」


建築途中の城の一階にある作りかけの客間のテーブルの上に二つの懐中時計が置かれていた。


「どれ、しかしお前さんがワシを呼ぶとは只の懐中時計ではあるまい?」


「うむ。これは、この島にとある方法で侵入して来たぞくが所持していた物だ。別々の場所から侵入して来たのだが、そのリーダーと思われる者達が持っていた。〝検査インスペクション〟の魔法で既に中身は判っている。罠は仕掛けられていなかったが一つだけ判らない事がある。探知機だという事までは判っているのだが何を探知しているのかが判らんのだ。調べて見てくれるか?」


「判った、少し待て。今、ココで調べる」


そう言うやテオは懐から拡大鏡ルーペ単眼鏡ギャラリー・スコープを取り出した。後は工具である。あっという間にバラバラにした後で色々と弄って確認した後に今度は組み直して少し考えてから彼は「大体、判った」と、結論を導き出した。


「コイツの表面は只の懐中時計だが、裏のふたを開けると薄いレンズが組み込まれて光点が付いている。まぁ、その事には気づいていたと思う。で、だ。この光点はな、恐らく精霊力を感知しておる。元々は只の懐中時計・・・まぁ、懐中時計その物も高級品の一つではあるが、それを改造して時計の機能の他にも精霊力を感知する仕組みに変えておる」


「精霊力だと?しかし、闇葉族ダーク・リーフを代表に精霊力を生まれつき持つ者達は大勢いるぞ。人族ヒューメナスでさへ微弱な精霊力を持っている。だからこそ人族ヒューメナス光葉族ライト・リーフ闇葉族ダーク・リーフだけは種族を越えて子を成す事が出来るのだから」


「精霊力と言ったがこいつは恐らく特定の精霊力を感知する様に仕組まれているのだろう。この仕組みはに反応する様に最初から造られたのだ」


「・・・・・・」


魔導士マーリンは考え込んだ。(特定の何かを探し出す目的で侵入者達はこれを持っていた。・・・)その事が心の中で引っ掛かるのだ。

侵入者達の目的を考える。『恐らく工作目的で侵入した訳ではない』と、元は同じ組織に所属していたヴィーゴが話していた。何故なら建国途中のこの国で何かを工作する意味がないからだ。だとするとテロを起こす意味もない。そんな事をしても島から脱出する事は難しいし、現在、何処かの国と戦争状態に入っている訳でもない。残るのは暗殺くらいだ。何者かがこの国の建国を阻止する為に要人の暗殺を目論んだという事になる。この島の要人と言うと自分を含めた魔導士ソーサリアン達かアモン様になる。目をつぶって深く考え込んだマーリンはある事に気が付いた。

〝精霊力を持つ特定の何か〟(そうだ・・・しかないではないかッ!ルセリア王国め、はかりおったなッ!!)


「テオ、ありがとう。私は直ぐに動かねばならなくなった。礼は後でする。すまんがこれで失礼する。おっと、そうだッ!ところでその探知機は私でもあつかえるのか?」


「いや、レンズにお前の位置を表示できる様にしなければドレだけの距離がこの光点と離れているのかまでは判らんだろうな」


「そうか、色々とありがとう。では、また」


言うやマーリンは扉を荒らしく開けて出て行ってしまった。閉じる事さへ忘れている。残されたテオはフッと一息つくと立ち上がった。


「やれやれ。何に気が付いたのか判らぬが、あ奴があれほど慌てるとは余程の事に違いあるまい。ことによったらアモン様の事かも知れぬな。手遅れになる様なヘマはするなよ。既にこの島は動き始めてしまったのだから・・・」


それだけを呟くと彼は自身の道具を仕舞い始めた。


城の出入り口に立つ衛兵にアモンの行先を訊ねると思った通り「判りません」と、いう答えが返って来た。


「やはりか、これは手分けして探す他ないな。それはそうとアモン様は精霊剣エレメンタル・ソードをお持ちになっていたか?」


「剣ですか?最近、お持ちになっている剣なら手にして出て行かれました」


アモンは出かける時に行き先をたずねると答えてはくれるが、何も目的を告げずにぶらりと出かけて行く事も多かった。


「仕方がない、一人だけ連絡係を残して待機している衛兵、全てに声を掛けてアモン様を探すのだ。事は緊急を要する。私も心当たりのある場所を探すが随時、城には戻って来る。もし、見つけたら報告をするのだ。頼んだぞ」


それだけを指示してマーリンは〝転移テレポート〟した。



その頃、組織ファミリーから派遣された三人組は侵入時とは違う装いで大通りを歩いていた。こういう時には変にコソコソと顔を隠したりせずに堂々と振舞う事が鉄則である。


「探知機を見る限り目と鼻の先まで来ているはずだ。今日は取り合えず姿を確認出来れば良しとする」


レザリオがそう言いながら手の中にある懐中時計式の探知機を見ていると自身を示す白い光点こうてんと赤い光点がほぼ重なりかけていた。場所は建設途中のコロセウムのそばである。そして発見した。人だかりに包まれた場所を―——


「見に行くか」


彼らは後方のわずかな隙間からひょいひょいと別々に顔を覗かせて輪の中を確認した。すると一人のすらりとした長身の男が幾人かの者達と同時に会話をしていた。内容は建設途中のコロセウムの進捗しんちょくについての様で男が人族ヒューメナス豹頭族グゥイネス獅子族レオル、等の多くの種族の者達に必要な物や足りていない物などを聞いていた。やがて今は人員も資材も問題がない事を確認すると歩き出した。

レザリオは違和感を覚えた。彼らは皆、笑顔だったが、それだけではなく種族問わずに表情が陶酔とうすいしている様に見受けられたからだ。

自分達が住む島ではその様な者達は薬物に溺れているか狂信的に何かを信じ込んでいるかのどちらかだった。特に種族問わずに、と、いう処に違和感があった。

種族が違えば当然、主義、文化、信条、好み、が違う物だ。特に性的な興奮などは特殊性癖の持ち主でも無ければ覚える事もない。又、その様な性癖の持ち主だと判明すれば下手をすると種族や部族のだとして処分されてしまう可能性さへある。

人だかりから離れて歩き出した後も皆はうっとりとした視線で、やはり、種族問わず男女問わずに去り行く姿を目線が追いかけていた。レザリオは違和感を抱えたまま、ある程度の距離を開けて後を追って歩き始めた。


「左の腰に下げていたのが恐らく精霊剣エレメンタル・ソードだ。それに依頼と共に持ち込まれた絵と同じ容姿。何より『見れば判る』と、いう言葉は本当だったな」


「その通りでしたね・・・種族が違うのに標的ターゲット色男いろおとこだって事まで判っちまいましたよ。・・・それにしても群がってた連中、何処か変じゃありませんでしたか?」


「さすがに気づいたか」


「はい。オレも気づきました」


もう一人の黒豹族ダーク・ネスの男も同意した。


「何か変なクスリでもやらされているのかとも考えたが、誰も彼もとなるとさすがに不可能だ。先の連中を見れば多かれ少なかれ、あの男の前では、この島の者達はあんな症状になるのかも知れんな」


「ギーク、リーノ。今日はこのまま何処に向かうのかを確かめる。隙があれば仕事に掛かるが事を急ぎ過ぎるなよ。あくまでも今日の目的は確認だ」


「はい」


「判ってます」


アモンは建設途中のコロセウムから離れると北に向かって歩き続けてやがて街を出た。そのまま小高い丘を登って行くと頂上付近でふいに振り返った。この場所は街が一望できる場所だった。穏やかな表情でしばらく眺めていたが、やがて気が済んだのか今度は丘を降りて街の右の地区に進んで行った。当然、三人は付かず離れずの距離をつけて来ていたのだが、街を離れて人通りが少なくなった辺りからはレザリオの魔法で透明化していたので物音を立てない限り気づかれる心配は無かった。降りて来るアモンを道の両側に別れて息を潜めて見送ると彼らはホッと息を吐いた。


「なんだ?どう見ても自然体なのに妙な圧力プレッシャーを感じたぞ」


「あぁ、お前もか。レザリオさんはどうでした?」


「・・・一筋縄でも行かないかも知れんな」


レザリオの表情はけわしかった。先ほどの街での騒がれ方や今、そばを通り過ぎて降りて行ったアモンに対する正直な感想は(得体が知れない)であった。

今まで様々な裏の仕事をこなして来た彼はどんな種族や強敵に対してもこの様な感想を抱いた事などなかった。それが小さな不安として彼の心にわだかまっていた。


「行くぞ」


彼らのリーダーである自分が不安を吐露とろする訳には行かない。短く部下に命じて小さくなっていくアモンの姿を再び追いかけ始めた。

結局、アモンを手分けして探していたマーリン達は城に帰って来た彼を出迎える事で胸を撫で下ろした。彼からすると島内の者達がアモンを傷つける事など出来ないという確は持っていたがタルタロス島の者達については判断が難しかった。

タルタロス島にはマーリン自身も長年、住んでいたのだが、あの島で組織ファミリーに所属する暗殺者達の事を全て理解していた訳ではない。ゆえに(もしかすると)という不安が首をもたげたのだ。帰還したアモンにマーリンは敵が恐らく精霊剣レメンタル・ソードに反応する探知機で彼を付け狙っているであろう事を話した。


「アモン様、どうか賊の討伐が終わるまでは城の中でご自重じちょうして頂く訳には参りませんか?精霊剣をエレメンタル・ソード持ち歩く事も控えて頂きたいのですが」


マーリンからアモンの行動を制約する様な事を話したのはこれが初めてであった。しかし―——


「面白いな。何時いつ何処どこから私を襲って来るのか判らないという事か。マーリン、王になる事を私は了承した。と、云う事は常に我が身は狙われるという事でもある。この程度の試練を跳ね返せずして、今後、私が国を治めて行けると思うか?」


「・・・・・・」


「城に引き篭っている事は好かん。それに事が片付くまでは精霊剣エレメンタル・ソードも手放さん。もし、私の前に出て来る事があれば必ずや対処して見せよう。案ずるな」


「・・・心得ました」


マーリンは不承不承ふしょうぶしょう納得した。と、云うよりも〝我が王〟がそう言う以上、納得せざるを得なかった。と、言うのが本音だ。

アモンが話した事が建前たてまえである事も判っている。状況を楽しんでいるのだ。自身が常に狙われる状態にある事を・・・余りにも強大な力を有するが故にアモンは敵を欲する処があった。前々から考えていた事を具体的な計画に移す時が来た。と、マーリンはこの時、考えていた。

アモンの身辺警護と命令を直接受け取る『近衛このえ』の創設である。そうすれば今回の件とて何も怖れる必要など無くなる。王のそばで密かに影の如く控えてあだなす者達に対処する存在だ。この時、マーリンが思い描いた近衛計画は後に実現する事となる。その僅か数名の者達は選び抜かれた最強の個としての実力を遺憾なく発揮して全ての敵から怖れられる存在になるのだった。


「火は使えんし寒くない事が唯一の救いか」


既に陽は落ちており、レザリオの言葉に「はい」「えぇ」という短い返事と共に部下二人が頷いた。

彼らが今いる場所は街の宿屋ではない。既に引き払って先にアモンが訪れた街の北方にある丘の近くで野宿していた。街中で投宿とうしゅくする事をやめた理由は別に金銭的な事ではない。三人共にが働いたのだ。事実、マーリンは街中にある全ての宿に人を派遣して、不審な者達が泊まっていないか宿帳やどちょうを改めさせていた。そして、彼ら三人の存在は明るみに出ていたのである。


「明日、仕掛ける。仕事が終わると同時に速やかに撤収する」


部下であるギークとリーノの両名の顔に緊張がはしった。


「状況に応じて臨機応変さも必要になるが、お前達にやってもらう事は僅かな足止めだ。一分・・・そう。一分の足止めを任せる。作戦は―——」


彼らが暗殺計画を練っている頃、マーリンは一人の人物を城に呼びよせていた。


「お話があるという事で参上しました。マーリン様」


城内にあるマーリンの私室に現れたのは十日前まで監視任務にいていた〝貌傷スカ―・フェイス〟と敵に呼ばれた男、ヴィーゴだった。







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