第20話 瑠璃と潜入捜査 終わり
さて、もう日も暮れた。空は暗くなって、夕方の名残が空の端に少し残る程度になっている。
「よし、行こう」
もうすでに支払いを済ませ、喫茶店を出ていた瑠璃は、そろそろ頃合いだとセイとともに歩き出した。
学校へはすぐにたどり着いた。
瑠璃は正面玄関から学校へ入ると、ある生徒の下駄箱を確認し、靴がまだあるのを確認すると玄関を出て近くの木の陰に隠れた。
「ここで少し待とう」
「うん、わかった」
そしてまたちょっと待っていると、玄関からとある生徒が出てきた。
「あれは、猫飼さん・・・・・?」
玄関から出てきたのは、猫飼さんであった。
「よし、あとをつけるよ」
「えっ?」
「大丈夫だよ。もし何もなかったら私が謝るから」
瑠璃とセイは猫飼さんのあとをつけた。猫飼さんはキョロキョロと周りを見回して、こそこそしながらどこかへと向かっていく。
やがて、校舎裏の人目につかないところに来ると、そこにある今は使われていない古い小屋を開けた。
「にゃー」
するとそこから猫のような動物が飛び出して、猫飼さんへ飛び掛かると彼女の頬をぺろぺろと舐め始めた。
「あははは、ちょっと、くすぐったいよー」
猫飼さんは笑いながら言って、しばらくその猫のような動物と戯れていたが、やがてその子を下に降ろすと、
「今日はちょっと高めのご飯を買ってきたんだー」
と言って鞄から猫の餌やり用のお皿を取り出して、そこに猫の餌を入れた。
猫のような動物は、喜んでそれを食べ始めた。
「あれ、猫・・・・・?」
セイがそれを見ながらそう呟くが、瑠璃はそれを否定した。
「いや。あれは猫じゃない。・・・・・・やっぱり、私の予想は当たってたみたいだね。本当に当ってるかどうか、少し不安だったんだけど・・・・・・これは良かった、と言った方がいいのかな?」
瑠璃はその猫っぽい動物と猫飼さんの方へと近づいていき、ポケットから取り出したスマホのライトでその1人と一匹をパッと照らした。
「っ、誰!?」
バッと猫飼さんもその動物も勢いよく瑠璃たちの方へ振り向く。そして瑠璃とセイを見て怪訝な顔をした。
「アオさんとセイさん・・・・・・?なんで2人がここに・・・・・・」
瑠璃はそれには答えず、セイにスマホを渡した。
「はい。これでよく見な。私は夜でもちゃんと見えるから、大丈夫なんだ」
セイはその言葉に甘えて瑠璃のスマホを受け取ってそのライトで猫飼さんとその動物を見た。
「あれは、猫・・・・・・?いや、猫じゃない・・・・・・あれは・・・・・・?」
猫飼さんがご飯を食べさせていた動物。それは猫っぽい感じだが猫ではない動物だった。虎みたいな模様をしたその動物は、その耳と尻尾から炎のようなオーラを噴き出させていた。
それは、明らかに魔物であった。
「あれは魔物。『フリーダムタイガー』という魔物だよ」
瑠璃はそう言った。猫飼さんは、瑠璃がその動物を魔物だと気づいていると知って、庇うような格好をした。瑠璃は構わず話を続ける。
「フリーダムタイガー・・・・・・そんな魔物がいたんだ」
「うん。フリーダムタイガー。危険度はC級ぐらいの魔物かな。基本的に凶暴な性格だが、中には人に友好的な個体もいる。炎を使った攻撃が特徴的。そんな魔物だ」
警戒する猫飼さんと、そのフリーダムタイガーとは対照的に、瑠璃は淡々と語った。
「そして、そのフリーダムタイガーの最大の特徴は、伸縮自在の特殊な体を持つことにある」
「伸縮自在?」
「そう。文字通り、虎のような大きさになることも出来れば、今のように猫のような小さな体躯にもなることが出来る。伸縮自在だ。そして、伸縮自在なのは体だけではない。魔力も体に合わせて自在に大きくしたり小さくしたりすることが出来る。そして、小さくなった魔力はかなり微弱になり、私の魔力感知では察知できないほどに小さくなってしまう」
「察知、できないほど小さく・・・・・・そっか、だから急に消滅したように感じたんだ」
「そうだ。あの夜、急に魔力の気配が膨らんで消滅した。その時の感じからして、超高速で移動したようでもなければ、瞬間移動的な魔法を使ったふうでもない・・・・・・と、なればあとこんなことが出来る可能性を持った魔物といえば、私が知る限りこの『フリーダムタイガー』しかない。猫っぽい目を持ったやつという情報ともあってるし」
「なるほど・・・・・・」
フリーダムタイガーは小さくなれる。しかし、小さい状態はかなり窮屈だ。その状態のままで居続けるのは、タイガーにとってはかなり辛い。だから、時々大きくなって校庭を散歩していたのである。他の生徒たちが目を見たのはその時だったのだ。
そしてあの日、瑠璃に見つかった時は猫飼さんがタイガーを撫で回していた。そして、つい気が緩んで一瞬だけ大きくなってしまったのである。誰かにバレるかと思って急いで小さくさせたのだが、まんまと瑠璃に見つかってしまったというわけである。
「で、私が気になって学校に行った時、猫飼さんが猫らしき動物を可愛がっていた。さっき言ったことから考えて、ほぼこの学校にはフリーダムタイガーという魔物が潜んでいると見て間違いはなさそうだ。そして、その学校で夜遅くに猫っぽい動物を可愛がる猫飼さん・・・・・・これは関連性があると見てほとんど間違いなさそうだ。私はそう推論した。猫好きな猫飼さんが猫そっくりの魔物を見て、つい情が湧いてこっそり飼おうと思ってしまっても、そこまで不思議ではないからね」
「なるほど・・・・・・じゃあ猫飼さんは本当に猫を飼ってたんだ・・・・・・いや、正確には猫っぽい魔物を飼ってたさんか・・・・・・」
瑠璃は、猫飼さんに一歩近づく。猫飼さんはビクッとして、さらに警戒を強める。
「まあ、これらは単なる私の推論であって、仮説でしかなかった。だから、全然間違ってる可能性とかもあったんだけど・・・・・・当ってたみたいで良かったよ」
「私にとっては良くないことだね。まさか、アオさんにバレるとは思わなかったよ・・・・・・。それで、どうする気?私をセカンドにでも通報するのかな?」
「いや、別に通報はしない。セカンドはここにいるからね」
瑠璃はそういうと、自分の右手の甲にある紋章のようなものに手を触れた。そして、呟くように言った。
「変身」
紋章が光り輝くと同時に、瑠璃の全身が光に包まれる。
「わーすごいすごい!生変身!生変身だー!!」
「何なになに!?なんなの!?なんなの!?」
「フーッ!」
興奮するセイに困惑する猫飼さん。そして威嚇するタイガーをよそに、瑠璃は変身を終えいつもの魔法少女モードになると、ビシッと魔法少女っぽいポーズを決めた。
「愛と氷と水の魔法少女ラピス!ここに参上!」
突然の某プリキュアみたいな光景に、猫飼さんは思考が追いつかずポカンとしていたが、やがて我に帰るとちょっとはしゃぎ出した。
「・・・・・・え?え!?魔法少女ラピス!?うそ、アオさんってあの魔法少女ラピスだったの!?え、どうしよう、サインとかもらおうかな・・・・・・」
猫飼さんははしゃいでいたが、やがてハッと気づいた。
「ってそんなこと言ってる場合じゃない!!」
彼女は自分の後ろにいる、怯えた様子でいる例のフリーダムタイガーを見た。
「・・・・・・そうだ、こんなことしてる場合じゃない!このままじゃタイガちゃんが退治されちゃう!!」
猫飼さんは覚悟を決めた表情をして立ち上がり、例のフリーダムタイガー、タイガちゃんに向かって言った。
「タイガちゃん、でっかくなって!」
タイガちゃんは「にゃん!」と一声鳴くと、みるみるうちに大きくなり、あっという間に立派な虎の姿へと変貌した。
「で、でかい・・・・・・」
セイは思わず呟いた。魔法少女状態となって女子小学生くらいの姿になった瑠璃など、簡単に吹き飛ばしてしまうのではないかと思えるほど大きかった。
「タイガちゃん!ファイアバインド!」
猫飼さんがそう叫ぶと、タイガちゃんが一声吠える。すると、タイガちゃんの頭の上に炎の輪っかが出現した。
「ガウッ!」
タイガちゃんが一声叫ぶと、それは回転しながら瑠璃の方へと向かっていく。
ファイアバインド。それはこのフリーダムタイガーに限らず炎系の魔物なら使うこと出来る魔法で、敵を拘束することの出来る魔法である。ただ、拘束するのみで、殺傷能力はない。
「ふむ。ファイアバインドか。対象を傷つけずに拘束したい時には有効な魔法だ」
瑠璃は自身に向かって飛んでくるそれを見ても、眉一つ動かさずに淡々と言った。
「けど、遅いね」
瑠璃はそういうと、次の瞬間、猫飼さんの視界から完全に消えた。
「!?き、消えた・・・・・・ど、どこ!?どこに行ったの!?」
「ここだよ」
次に猫飼の耳に届いた瑠璃の声は、後ろからした。
「はえっ!?」
猫飼が慌てて振り向くと、瑠璃はもうすでに後ろに立っていた。
「え?え?」
「私もこう見えてプロだからね。そう易々と捕まったりはしないよ」
瑠璃は、魔法のステッキの先を猫飼に向けて言った。
「あまり抵抗しないでくれ。・・・・・・タイガちゃんと言ったね。この状態で抵抗すれば、君のご主人様がどうなるかわかるよね」
タイガちゃんはハッとした。焦りながらどうにかこの状況を打破出来る手段はないかと考えているようだったが、やがてどうにも出来なそうだと知ると、がっくりと項垂れてしまった。
猫飼の方も、これはどうやら逃げることは出来なさそうだと悟った。そのことに気づいて、猫飼は覚悟した。ぎゅっと手を握ると、瑠璃に向かって言った。
「あ、あの!」
「ん?」
「あの、私に何しても構いません!わ、私、なんでもします!なんでもしますから・・・・・・あの、だから、タイガちゃんを殺さないでくれませんか・・・・・?」
「・・・・・・」
「タイガちゃんはいい子なんです!ほんとにいい子なんです!人も、動物も殺しません!!だから、殺さないでくれませんか・・・・・・?」
猫飼は泣いていた。その様子を見て、タイガちゃんは悲しげな顔をしながら、小さな声で「ガウ・・・・・・」と鳴いた。
セイは、この様子を見て、一体この場をどう収めるつもりなんだろうと瑠璃の方を見た。
瑠璃はいつもと変わらぬ冷静な表情をしていた。そして、あっけらかんと言った。
「いや・・・・・・別に殺さないよ?」
「へ?」
突然発されたこの意外な言葉に、その場にいた3人、セイ、タイガちゃん、猫飼さんの全員が目をまんまるにして瑠璃の顔を見つめた。
「いや殺さないよ。まあ、暴れられたら困るからこうして人質をとったけど・・・・・・別に、殺したりなんてしないよ」
「え、えと・・・・・どういうことですか?セカンドは魔物を討伐するためにいるものなんじゃ・・・・・・」
「それは危険な魔物だけだよ」
瑠璃はあっさりとそう言った。猫飼さんはまだよく事態が飲み込めていないみたいで、目をぱちぱちさせながら瑠璃を見つめた。瑠璃は、その様子を見て説明を始めた。
「その様子だと多分知らないっぽいから、どういうことか私から説明しよう」
「お願いします」
「魔物に遭遇したら、倒す力のある者は速やかに倒さなければならない。これは法律でも決められてることだ。ただ、これは意外と知られてないみたいだけど、実は例外があるんだよ」
「え?そうなんですか!?」
「そうなんだ。実は、他の人間や動物に危害を加えない、暴れたりして迷惑をかけたりしない魔物は、これは例外として、特別に従魔・・・・・・要は、ペットにすることが許可されてるんだよ」
「特別に、ペットに・・・・・・」
瑠璃は、目を丸くしているタイガちゃんを見る。そして言った。
「まあ、魔物を従魔にするには色んな審査を通らなきゃいけないわけなんだけど・・・・・・このタイガちゃんは人に危害を加えたことはないよね?」
「は、はい!ないです!私にもそうですし、他の生徒にも危害を加えたことはありません!一切ないです!」
「人間以外の動物にも危害を加えたことはないね?」
「もちろんです!他の猫ちゃんと遊んだことだってあります!」
「なら、多分大丈夫だと思う。その2つさえちゃんとしてれば、きっと審査に通ると思うよ。もし落ちても、タイガちゃんみたいな害のない魔物を殺したりはしないさ。流石にね。セカンドも、別に荒くれ者じゃないわけだし」
「えと、じゃあ、別に殺されるわけでは・・・・・・」
「ないよ」
猫飼さんはようやく事態が飲み込めたようだった。タイガちゃんが殺されるわけではない。そのことがわかると、力が抜けたのか地面へへたり込んでしまった。
「良かった・・・・・・!良かったよ・・・・・・!」
猫飼さんは泣いていた。笑顔で泣いていた。
タイガちゃんもゆっくりと近づいてきた。もう人質をとる必要はなさそうだと、瑠璃は後ろへ下がった。猫飼さんは近づいてきたタイガちゃんの首元に抱きついた。タイガちゃんは目を閉じて、安心したような表情をするのだった。
◇
『それで、大丈夫なの?』
あれからしばらく経って、電話越しにセイが瑠璃へそう聞いた。瑠璃はまだ、学校近くの例のアパートの部屋にいた。一応、何かあった時のためにまだ滞在しているのだ。
「大丈夫だよ。一応、タイガちゃんの動向は把握できるようになってるから」
瑠璃はセイにそう言った。瑠璃は瑠璃の姉が作ってくれた特製のお守りを、今は猫飼さんの家で暮らしているタイガちゃんへと貼り付けておいたのだ。このお守りは瑠璃が持っているもう1つのお守りと対になっていて、お守りを貼り付けた動物や人間、魔物の動向を監視することが出来るというものなのである。とりあえず、タイガちゃんが従魔審査に合格するまでの間、付けておくことにしたのだ。ただ、瑠璃はそんなものを付ける必要はないと感じていた。
「・・・・・・魔物相手に人質なんて手段が通じたのは初めてだよ。人質をとるなんて、相手を大切に思ってなきゃ通じない手段だからね」
『・・・・・・そうだね』
「猫飼さんの方も、タイガちゃんを護るために、自分を犠牲にしようとまでした─────」
この先、あの2人には色々なことがあるだろう。まずは従魔審査に通らなければいけないし、無事通ったとしても、この世の中で魔物を飼うとなれば色々難しいこともあるかもしれない。けど─────
「けど、私はなんとなく思うんだ。あの2人なら、この先色々な困難があったとしても、きっと乗り越えられるんじゃないかって」
『・・・・・・そうだね。私もそう思う!』
瑠璃は、しみじみと思い浮かべた。あの日に見た猫飼さんの笑顔を。
「・・・・・・まあこういうのも、笑顔を守るってことなのかな?」
・・・・・・
あのあと、猫飼さんとタイガちゃんは無事に審査に合格し、晴れて従魔と主人の関係となることが出来たのだった。
そして、瑠璃はようやく家に帰れることになった。
「じゃあね、ラピスちゃん!また一緒に仕事しようね!!」
そう言って手を振るセイに、瑠璃も笑って手を振って、瑠璃は帰路へつくのであった。
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