第18話 瑠璃と潜入捜査⑤
さて、そんなこんなで瑠璃が消えない紅茶の呪いを負ってからのちも、瑠璃とセイの2人は聞き込みを続けていた。
瑠璃はこの仕事のために、わざわざ近くのアパートの部屋を一部屋借りるという張り込みみたいなことをしてまでその高校に魔物の気配が出現しないか見張っていたのだが、全くその気配はしなかった。
それで、2人は仕方なく聞き込みを続行するしかなかったのである。
しかし、その聞き込みも一筋縄ではいかない。瑠璃とセイは行く先々で色々と頼まれたり、勝負を挑まれたりした。そんなふうにRPGみたいな高校潜入生活を送っていたのである。
「いやー・・・・・・なんでこんなに行く先々で色んなことをさせられるんだろうな?」
瑠璃はセイと連れ立って廊下を歩きながら、そう呟いた。
「やっぱり、それはアオちゃんのカリスマのなせる業なんじゃないかな?きっと、みんななんとかしてアオちゃんと関わりたいんだよ。ただ情報を与えるだけで終わりにはしたくないんじゃないかな?」
「そうかな?」
「そうだよ〜!だってアオちゃんこんなにかわいいんだもん!!」
にこにこで瑠璃の頭を撫で始めるセイに、また始まった・・・・・・と瑠璃はため息をついた。まあ、かわいい後輩のすることだ。後輩の欲望を受け止めてやるのも先輩の務めだと思ってさせるがままにしている。瑠璃とセイのそんな感じを、周りの生徒たちは微笑ましい光景として見ていた。この潜入捜査が始まってまだ一週間も経っていないが、この光景はもう完全にこの高校の生徒たちの日常の癒しとなっていたのである。
ちなみに、一部の生徒たちはこの光景を元に何やら薄めの本を書き、それが裏で流通していたりするのだが・・・・・・それは2人の与り知らぬところである。
「それでえっと、次の聞き込みの相手は・・・・・・えー、演劇部部長五十嵐イガさんだね」
「五十嵐イガか・・・・・・なんだかイガイガした名前だね」
「そうだねえ・・・・・・」
(ラピスちゃんはかわいいなあ・・・・・・)
「どうした?」
「あ、ううん。なんでもない。それで、その五十嵐さんは弱小だったうちの演劇部を色んな賞とかをもらうまでに成長さえた人で・・・・・・そして、『魅了』の能力を持ってるらしいよ」
「魅了?それはまた演劇部にお誂え向きの能力だ・・・・・・」
「まあでも、演劇では使ってないらしいけどね。それは普通に演技力で勝負してるらしいよ。・・・・・・でも、普段はその魅了の能力は垂れ流しになってて、老若男女を堕としてく高校の王子様(女子)として有名みたいだよ」
高校の王子様(女子)。その五十嵐イガというのはどうやら女性らしい。近頃流行りのイケメン女子というやつだろう。
「まあ大丈夫だろう。私は魔法少女だから、イケメン女子の魅了なんかには屈しないよ」
「大丈夫かな・・・・・・なんかフラグみたく聞こえるんだけど・・・・・・」
さて、演劇部部室にて。
「おや、これはかわいい子猫ちゃんだね・・・・・・」
「くっ、私は屈しない!屈しないぞ!」
瑠璃は超速で堕とされそうになっていた。瑠璃は部室に入って早々、この部長から優しく微笑まれた挙句顎クイされ、息も絶え絶えになっていたのである。さすがは高校の王子様(女子)といったところか・・・・・・。
「アオちゃん、やっぱりもう堕とされそうになっちゃってるよ。なんか目にハートが浮かんじゃってるし・・・・・・」
セイが冷静にツッコむ。セイは瑠璃にもう魅了されているので部長には魅了されなかった。
瑠璃はそのセイのツッコミのおかげでなんとか正気を保ちつつ、なんとなく女騎士みたいになりながらも、なんとか部長と部員に聞き込みをして情報を引き出したのだった。
部室から逃げ出し、瑠璃とセイは再び廊下を歩く。
「ハア、ハア、ハア・・・・・・やれやれ、まさかこの私が魅了されかけるとはね・・・・・・かなり強い能力だね、あれは」
「うん、やばかったね、アオちゃん。アオちゃんの目、なんかハートが浮かんじゃってたし・・・・・・・てかどうなってたの?あれ」
「魔法少女の特殊技能の一つだよ。魔法少女は自由に目にハートを浮かばせることが出来る特殊な技能があるんだ」
「どういう場合を想定したやつなの?それ」
とりあえず聞き込みを終えて、演劇部の部員から引き出した情報の中に一つ、新しい情報があった。瑠璃とセイの2人はそれについて話し始めた。
演劇部のある部員からもたらされた情報。それはその目、今まではただ巨大な目という情報しか入っていなかったわけだが、ここに来てこの目にある特徴があることがわかった。
「猫に似ている・・・・・・だったか」
その目の特徴。それは『どことなく猫の目に似ていた』・・・・・・であった。
「うん。その情報をくれた人、猫飼ってるって言ってたし多分そこそこ正確な情報だろうね・・・・・・」
「んー、猫っぽい魔物かあ・・・・・・まあそれでけっこう絞れるけど、絞り切るまでにはいかないかなあ・・・・・・」
瑠璃とセイはこの新たにもたらされた情報をどう活用できるか、んー、としばらく考える。
2人で色々と話し合いながら歩いていると、
「あれ?アオさんにセイさんだ」
横から声をかけられた。
「あれ?田中部長じゃん」
声をかけてきた相手は、例の能力持ちの田中部長であった。
「うん、田中部長だよー。セイさんにアオさんはこんなところで何してるの?」
「ああ、実は田中部長の時みたいに例の目についての情報の聞き込みを色々な人にしててさ・・・・・・」
「あー、あれまだやってるんだ。大変だねえ」
「う、うん。まあでも趣味でやってることだから別にそこまで大変じゃないけどね・・・・・・」
と、たまたま出会った田中部長と話をしていた時、
「はっ!?」
セイが急に大声を出した。
「うわびっくりしたー・・・・・・急にどうした?セイ」
「思いついたよアオちゃん!その目の奴を追跡するための方法が!」
「ほんとか!?」
瑠璃はセイの言葉に、目を輝かせる。
セイは、得意げな顔でその思いついた方法とやらを話し始めた────
◇
「かなりぶっ飛んだ方法だな・・・・・・」
「セイさん、やっぱりかなり変な人だよねえ・・・・・・」
その思いつきを聞いた瑠璃と田中部長は、割と引いていた。
「もー、何その反応!けっこういいアイデアじゃん!」
「いやまあ、いいアイデアといえばいいアイデアだけど、うーん・・・・・・」
「だからさあ、その目の奴が猫っぽいっていうならこっちも猫の気持ちになればいいんだよ!」
セイが提案した方法。
それは例の田中部長の能力を使って、猫になりきるって行動してみることで、その猫っぽいやつの行動をもトレースしてみようという方法だった。そうすれば、その猫っぽいやつがどこに行きそうか、どこを住みかにしていそうかわかるかもしれない。こういうアイデアだった。
「まあ、かなり穴だらけのアイデアだけど、いいアイデアと言えばいいアイデアではある。それに、現状それしか方法がないからそれに頼るしかないし・・・・・・」
「でしょー!?」
「ただ、そのアイデアを実行するうえにおいて一つ問題がある」
「え?問題?」
瑠璃は神妙な顔で言った。
「誰がその猫役をやる?」
「「・・・・・・」」
セイと田中部長は顔を見合わせた。
そして、揃って瑠璃を指差した。
「・・・・・・はあ!?私────!?」
「いやいやそれはそうだよ!私なんかが猫になるとか、想像しただけでむりだし!猫アオちゃんは想像しただけでかわいいし!」
「そもそも、私は無関係なわけだしねー。服は貸してあげるけどさ!」
「むむむ・・・・・・確かに。セイはともかく、部長は部外者だったか・・・・・・」
瑠璃は腕を組む。
「それに、こういう時は私が率先してやるべきか・・・・・・」
セイは新人。瑠璃は先輩だ。先輩として嫌なことを新人に押し付けて、自分はふんぞり返ってるってわけにもいかない。
「ぐぐぐ・・・・・・仕方ないか。ここは私が人肌脱いで猫役をやろう」
「やったあ!!」
「やったあってセイお前、自分が楽しむためにやってないか・・・・・・?」
・・・・・・
ということで、瑠璃は唐突に猫になることになった。
で、そのための服を着ているわけだが・・・・・・
「まあ、本当は猫耳猫しっぽ、猫の肉球風手袋に靴、それだけで能力は発動出来るわけなんだけど、流石にそれだけだと変態になっちゃうから・・・・・・」
「うん、そうだな」
田中部長はそう言って、ちょうど机の上に置いてあった服を手に取って言った。
「ちょうどここにあったこの服を着てみようか」
「おお」
そう言って瑠璃に手渡された服は、キャミソールみたいなものとショートパンツであった。
(ちょっと露出度高めだけど、まあこれくらいなら・・・・・・)
瑠璃は覚悟ののちそれを着て、猫耳と猫しっぽ、猫の肉球風手袋と靴を履いた。
これで、能力が完成する。
「・・・・・・」
「どう?」
瑠璃はどこか猫っぽい目になると、招き猫みたいに座り込み、猫の手をして、
「にゃん」
と言った。
「・・・・・・」
パシャシャシャシャ・・・・・・とすかさず無言で写真を撮り始めるセイ。
「早速よくわからない空間になってきましたね・・・・・・」
今日もたまたまそこにいた部員の有崎アリはそう呟く。
「やっぱり何着ても似合うねー、アオさんは」
「部長!アオちゃんは今猫になってるんだよね!?おやつとかあげれないの!?」
「あげれるよー。ただ、猫用のおやつとかはあげれないから、普通にクッキーだけどね」
そう言って、田中部長はクッキー缶を持ってきた。セイはそれをひったくるように受けとると、招き猫みたいな座り方をしている瑠璃に目線を合わせてクッキー缶の中からクッキーを取り出して差し出した。
「ほら、おやつだよー・・・・・・」
猫となった瑠璃はそのクッキーの匂いをすんすんと鼻を鳴らして嗅ぐと、セイの手からそれを食べた。
「ヤバい、死にそう・・・・・・」
「死なないで」
そして、瑠璃はセイの手についたクッキーの粉をぺろぺろと舐め取り始めた。
「─────・・・・・・・ッ!ッ!!」
「セイさん本当に死にそうになってるじゃん」
「そういう田中部長も、鼻血出てますよ」
「アリちゃんも出てんじゃーん、鼻血」
こうして、ここは2人の鼻血女子と1人の死にかけ女子、そして1人の猫系少女がいるという状態になり、部室は今日も異様な空間となってしまうのであった。
◇
さて、瑠璃を撫でくりまわしたり写真を撮ったりして、一通りのことをやったあとセイは猫となった瑠璃の意識の赴くままに行動させてみた。
セイはとりあえず、瑠璃を先に歩かせて、自分は後ろをついて歩いた。もちろん、瑠璃は普通の猫が歩くみたいに4本足で歩いている。ちょっと他の生徒たちには見せられない格好だ。今が放課後で、人が少なくて良かったとセイは思った。
「にゃあ」
瑠璃はとことこと歩いていく。セイからはその瑠璃の後ろ姿が見えた。
「おしり・・・・・・」
セイが堪能していると、瑠璃がピクッと急に何かに反応して走り出した。
「な、なに!?急にどうしたのアオちゃん!」
セイはその瑠璃について走っていく。
(まさか、例の魔物の匂いを嗅ぎつけたとか・・・・・・!?)
と、瑠璃が走っていく先を見ると、そこには─────
「ほーれほれほれ」
ベンチに座りながら猫じゃらしで野良猫と遊ぶショートカットの女生徒がそこにいた。
そして、瑠璃はその猫じゃらしに向かって突進していった。
「うわーっ!なんだなんだ!なんなんだこの人!!」
セイは慌てて瑠璃を止めに駆けていった。
「わーすいませんすいません!ちょ、ちょっとアオちゃん・・・・・・!ほ、ほーら、おやつ、おやつだよー・・・・・・」
「にゃん!」
セイはおやつで瑠璃を釣る。その様子を見て、その女生徒は得心がいったように言った。
「ああ、そういうプレイ!」
「いや違うから」
セイは、とりあえず『目』のことは伏せて色々と誤魔化しながら事情を話した。
「なるほど、あの田中さんの能力の実験、ですか・・・・・・」
「そういうことなんだ。ところで、あなたは・・・・・・」
「ああ、私は猫が好きでね。ここで猫と遊んでたんだ。私の名前は猫飼ネコ。一介の猫好きだよ」
少女は自分のことをそう名乗った。
「なるほど、確かに猫が好きそうな名前だね」
セイは、瑠璃におやつを食べさせながらそれとなくネコに例の『目』の情報を聞いてみたが、ネコは知らないということだった。
しばらく話してから、セイはネコと別れ、猫瑠璃の赴くままにどことも知れず歩いていくのであった。
・・・・・・
「で、結局収穫はなしか」
けっこう時間も経ってから、元に戻った瑠璃はそう呟いた。
「そうなんだよー」
もう日はとっぷりと暮れて、かすかなオレンジが暗い空の端っこに残る程度となっている。
手がかりが全くつかめず、もう遅くなってしまったので切り上げてしまったのだ。あとからセイの話を聞き、瑠璃も猫状態の時の記憶は残っているので、その二つの情報を合わせてみたが手がかりらしきものは全くなかった。
「結局、ただ私が恥をかいただけか・・・・・・」
「恥だなんてとんでもない!アオちゃんめちゃくちゃ可愛かったよ!」
「はいはい・・・・・・」
と、瑠璃とセイが2人で歩いていると、道端で小さな女の子が猫じゃらしを使って猫と遊んでいるのが見えた。
「・・・・・・」
「アオちゃん、ちょっとうずうずしてる?」
「してない・・・・・・」
瑠璃はこの日からしばらく、紅茶の呪いに加えて、趣味嗜好がちょっと猫っぽくなるという二重苦を背負うことになるのであった。お労しやお労しや・・・・・・。
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