第20話 家永月光と都満手哉俱
20 家永月光と都満手哉俱
「はい。
少々、月光君にお話がありまして」
私が家永月光の家に連絡を入れると、彼の母親らしき人は月光を呼びに行った様だ。
間もなく、ポルトスこと家永月光は電話に出る。
『もしもし?』
「はぁい。
私、二年の愛沢トトという者なのだけど。
一寸話があるから、時間を割いていただけないかしら?」
『はぁ。
愛沢先輩というと、あのファンクラブがある事で有名な?
成る程。
その愛沢先輩から話があるというだけで、興味が湧きます。
で、どこで会いますか?』
私が今いる喫茶店を指定すると、月光は事もなく了解する。
十五分程待っていると、彼は姿を現した。
「ども。
愛沢先輩に……校長までいるんですかっ?」
家永月光にしてみれば、完全に不意打ちと言っていい。
〝まさか私だけでなく、校長までこの場に居るとは誰が思うおう〟と言った感じだ。
その家永月光だが、不思議そうな感じで、首を傾げるばかりだ。
恰幅がいい彼は、取り敢えず椅子に座る。
「で、俺に何の用です?
……校長が居ると言う事は、俺、まるで覚えがないんですが、何かしでかした?」
「………」
これは、惚けているだけか?
だとしたら、私にも考えがあるぞ。
「実は私、コクナール夫人の居場所を掴んでいるのだけど?」
「……コクナール?
どっかで聞いた名ですね。
あ、〝三銃士〟の登場人物でそんな名前の人とか、居たかも」
「………」
つまり、家永月光も〝三銃士〟は読んでいるという事。
その上で私と会いながらも、月光はポルトスとしての記憶を取り戻さない?
私の記憶に関する推理が外れているのか、それとも彼はこの状況で惚け続けている?
「………」
いや。
ポルトスがコクナール夫人の名前を出されて、動揺しない筈がない。
何せコクナール夫人は、彼とは恋仲だったのだから。
月光の反応は実に自然なので、記憶が戻っていないと見るべきだ。
「で?
俺に用って、何です?」
「………」
記憶が戻っていないポルトスと、これ以上話をしても意味がない。
それでも私は、彼が私と接している間に記憶が戻るのではと期待する。
だが、一時間ほど他愛無い話をしてみたが――結局ポルトスの記憶は戻らなかった。
◇
「うんじゃ、ご馳走様でした」
「………」
家永月光は高島老良と違い、全く遠慮と言う物がなかった。
彼は猊下の奢りだと知ると、食べたい物を食べ、飲みたい物を飲んだ。
恰幅がいい彼は、見かけ通り大食漢なのだ。
一時間の間に五千円分もの料理を平らげた彼は、私達の話が尽きると喫茶店を後にする。
私としては〝……どういう事だ?〟と眉を顰めるばかりだ。
「……〝三銃士〟を読んでいて、私を見かけたのに、ポルトスの記憶は戻らなかった?
これは、私の推理が外れているという事?
他の法則性が、あるという事なの?」
私が自問していると、猊下が声をかけてくる。
「そうだな。
これは私にとっても、意外な事だ。
てっきり『〝三銃士〟を読む→ミレディーを見かける』が記憶を取り戻す条件だと思っていた。
とするとバッキンガム公も、君と接触しても記憶が戻らんかもしれんな。
その場合、我々はいつ彼やポルトスの記憶が戻るか、把握できなくなる。
彼等の記憶がいつ戻るかと、怯えながら暮らさなければならなくなるぞ」
それは〝地味に嫌な話〟だとばかりに、猊下は顔をしかめた。
と、ケティは手を上げる。
「でも、こればかりは、仕方がない事ですからね。
無理やり記憶を取り戻す方法がない以上、自然の流れに身を任すほか、無いのでは?」
「………」
消極的な意見だが、ケティが言っている事に間違いはない。
記憶が戻らないなら、今は戻らないという事も念頭に入れて、状況を進める以外ないだろう。
いや。
ポルトスも積極的に私を害する立場の人間ではないので、放置しても大過はない筈。
それより問題は――バッキンガム公だ。
前世の私に暗殺された彼こそ、今の所最大の障害と言える。
彼なら私の命を狙っていても、何ら不思議ではない。
「逆を言えば、彼さえ何とか出来れば、私達の障害は全て排除されたも同然だろう。
今は見つかっていないウィンター男爵も、バッキンガム公の意向には従う筈。
君を憎んでいるであろうウィンター男爵も、バッキンガム公さえ和平に応じるならそれに倣う。
そう考えると――確かにバッキンガム公が全ての鍵だな」
そのバッキンガム公を、私は早速呼び出す。
三年生である都満手哉俱(とみてかなぐ)は訝し気な様子だったが、私の呼び出しに応じた。
私と猊下を目の前にして、都満手哉俱ことバッキンガム公は、こう反応する。
「――ミレディー・ド・ウィンターに――リシュリュー枢機卿か!
何と言う事だ!
我が宿敵が揃いも揃って、この場に居るとは!
いや!
これは私を誘き出す為の、罠かっ?」
「……成る程」
この反応から察するに、都満手哉俱はたった今、前世の記憶を取り戻した。
私を見た途端、記憶が戻ったと考えていいだろう。
この辺りの流れは、私の見解通りである。
だとすれば、ポルトスだけがレアケースと見るべきか?
「まあ、落ち着きたまえよ、バッキンガム公。
我々に、きみを害する意志などない。
我々の目的は、きみ達との共存共栄だ。
その為の話し合いをするべく、私達はきみを呼び出したのだ」
「………」
猊下は憤る彼に、朗々と話しかける。
バッキンガム公こと都満手哉俱は、尚も不審気だ。
だが彼とて現世においては、犯罪に走るリスクは承知しているのだろう。
少なくともこの衆目がある喫茶店で荒事になる事はないと、読み取ったらしい。
哉俱は鼻息を荒くしながらも、椅子に座る。
「前世であれほど私と敵対した枢機卿が、今更私と和解する気か?
私に前世の事は水に流せと、そう言っている?
それは幾ら何でも、虫が良すぎるのでは?
何せ私は――きみ達に殺されたのだぞ」
既にバッキンガム公としての記憶を取り戻している哉俱は、実に堂々としている。
学生とは思えない威厳を帯びる彼は、泰然としながら私達を非難した。
「そんな人物達の和平案を、私にのめと言うのか?
きみ達に対しては不信感しかない私に、きみ達の意見を鵜呑みにしろと?
悪いが私は――そこまでお人好しではない」
アンヌ王妃に対してはどこまでも甘い彼だが、私達に対しては大分違うらしい。
明確な敵意を向けているバッキンガム公は、尚も目を怒らせた。
そうなると、私も手の内を明かすしかない。
「つまり、バッキンガム公は私達に殺意がある?
そうなると、あなたとしては少し困った事になるかも。
何せ、私は先程――何者かに殺されかけたのだから」
「な、に?」
流石はバッキンガム公と言うべきか、彼は瞬時にその意味を読み解く。
「つまり、私はミレディー・ド・ウィンター殺人未遂事件の容疑者という事か?
私なら愛沢トトを殺害しようとする事も、あり得ると?」
「残念ながら、そうなるな。
即ち私達がその件を警察沙汰にした時点で、きみは社会的にみても容疑者扱いされる。
こんな脅迫じみた事は言いたくないが、それがきみの現状だ」
「………」
猊下が淡々と説明すると、バッキンガム公はやはり眉を怒らせる。
「いや。
警察とて、バカではあるまい。
愛沢トトと接点がない都満手哉俱を、容疑者扱いはしないだろう。
その様な脅しが通じる程、私は愚かではない」
鼻で笑う哉俱に対し、猊下は肩を竦めた。
「その接点がない相手に対し、きみは先程声を荒げてみせたな。
その様は、この喫茶店の客が目撃している。
その時点で、きみが言う接点とやらは、生じた事になるのでは?
少なくとも、捜査線上の容疑者にはなるのではないかね?」
「……謀ったな」
と、哉俱は呟いてから、小声で私達に詰め寄る。
「相も変わらず謀略に長けているのだな、枢機卿は。
全ては計算通り、という事か?
私がきみ達に会った途端、記憶を取り戻し、怒りを示す事も分かっていた?」
「全てを否定する気は、ないよ。
だが、今きみが記憶を取り戻したというなら、ミレディーの件はきみではあるまい。
私としては、その事が分かっただけで十分だ。
しかしな、このままバッキンガム公に恨まれたままというのは、私も気に食わんのだ。
きみもきみで、前世の恨みを理由にして、現世での立場を蔑ろにする気はあるまい?
今に不満があるなら過去の恨みを盾にして、何らかの復讐をする事もあるだろう。
だがきみは、現在何の不遇も受けてはいない筈だ。
よい家族があり、成績も優秀。
その全てを擲って、復讐する意味はないだろう?
それとも数百年前の恨みを晴らす事で、今の自分を台無しにする気かね?
あ、いや。
この言い方では、火に油を注ぐだけだな。
では、こう確約しよう。
きみが手を出さない限り、私はアンヌ王妃に手出しをする気はない。
色々な意味で、ね」
「……色々な、意味」
〝三銃士〟を読んでいるらしい都満手哉俱は、猊下の意図を正確に把握した。
「そう、だったな。
きみは年甲斐もなく、アンヌ王妃に恋をしているのだった。
私を暗殺した理由の一つも、それがあったからだろう?
というか、現世においては、その想いは完全に犯罪だぞ」
「了解している。
だからこそ、私と彼女は互いに無視し合うべきなのだ。
私は同じ年頃であるきみこそが、アンヌ王妃に相応しいと認めている。
ミレディーの殺人未遂から放免され、アンヌ王妃も手に出来るかもしれない。
だったら益々、現世のきみは、復讐と言う犯罪に手を染める理由はないだろう?
この条件でも、私達と不可侵条約を結ぶのは、不服かね?」
「………」
猊下がバッキンガム公に、ファイナルアンサーを求める。
バッキンガム公は一考した後、こう答えた。
「そうも権謀術策を巡らす相手を、私が信用するとでも?
きみの事だから、何らかの裏があるのではないか?
要するに私は、きみ達を全く信用出来ないという事だ。
それとも何か、私を信用させるに値する担保がきみ達にはある?」
猊下の反応は、ここでもはやい。
「では、現世のアンヌ王妃について、私が知る全ての事を教えよう。
その材料をもとにして、きみは彼女を口説くなり何なりするがいい。
因みに私はルイ十三世陛下の情報は、何も掴んでいない。
少なくとも参十士学園に陛下はいらっしゃらないので、陛下の事を気にする必要はない訳だ。
私が確約出来るのは、それ位だな。
後はそちら次第だ。
何か言い分があるなら、何時間でも聴こう。
その程度の事を容認する位の真似は、私達もきみにはしているからな」
「………」
と、黙然とする、哉俱。
彼は一考する素振りを見せた後、こう判断した。
「いいだろう。
アンヌ王妃のデータを提供するというなら、先ずは、様子位は見てもいい。
だがその口上が全て嘘だと感じたなら、私も私で考えがあるぞ」
「結構。
では、君の携帯のデータを教えてくれ。
それを通じて、現代のアンヌ王妃のデータを送るから」
猊下がそう言うと、哉俱は了解する。
猊下と哉俱の取引は成立し、哉俱は猊下から送られてきたデータを見て、納得した。
「確かに――これはアンヌ王妃だ。
成る程。
現世の彼女は、こういう感じで学園生活を送っているのか。
いいだろう。
私としては、このやり口が奸計でない事を願うばかりだ。
きみ達に関しては、暫く様子をみてやるから、ありがたく思うがいい」
それで話は終わりだとばかりに、都満手哉俱は席を立つ。
彼は自分が頼んだ、コーヒー代のレシートを持って踵を返した。
そんな彼の後姿に、猊下は声をかける。
「結構。
相変わらずアンヌ王妃がらみの事になると物分かりがよくなって、私達としては助かるよ」
「………」
或いは、それは、余計な一言かも。
そう感じる私をよそに――都満手哉俱はこの喫茶店を後にした。
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