第2話 長すぎる愚痴

     2 長すぎる愚痴


「いえ。

 一寸待とうか。

 それでも私は、全ての仕事を熟してきたわ。

 ダイヤの首飾りも盗んだし、バッキンガム公も暗殺した。

 コンスタンスを毒殺して、ダルタニャンに対する復讐も果たしたわ。

 その私が――ドジっ子?」


「ええ。

 その結果、処刑されたのだから――ドジっ子なのでは?」


「………」


 私は前世で追い詰められた時の様に、頭を抱える。


 このミレディー・ド・ウィンターの本質はドジっ子だと突きつけられ、私は本気で煩悶した。


「……そう、なの? 

 私はドジっ子だから……処刑されるしかなかったというの? 

 それが私の、本質――?」


 いや。

 一寸待とう。


 私は決して精神的に追い込まれる為に、この場に居る訳ではない筈だ。


 少々、無駄話が過ぎた。


 そろそろ本題に入るべき時なのではないかと、私は思い直して立ち直る。


「そう、よ。

 私の一番の疑問は、ケティがなぜここに居るかという事。

 それ以外の事は、取り敢えず些末事と言える。

 ――あ、いえ。

 その前に私の考察を語っておきましょうか」


「……は、い? 

 奥様の考察、ですか? 

 それは私が何者なのか、奥様は見抜いているという意味?」


 ケティが首を傾げると、私はやはりドヤ顔で応じた。


「ええ。

 今のケティは――天の使いといった立場なのではなくて? 

 悪女だった私が第二の人生を許されたのなら、それ相応の条件がある。

 その条件を私に伝えて、それを実行させるのがケティの役割。

 大方そんな所でしょう? 

 ええ。

 そう。

 私は頭がいいから、それ位簡単に分かるの」


「……チっ」


「………」


 ……え? 

 今、この子、笑顔で舌打ちした? 


 私はまた、ドジを踏んだと言うの?

 

 私がそう慄いていると、ケティはやはり笑顔で告げた。


「さすが奥様ですね。

 実にその通りです。

 奥様は、悪魔的とまで恐れられた、悪女。

 その悪女が第二の人生を送るというなら『神』も相応の試練を与えるのが道理です。

 私はそんな奥様の相談役として派遣され、こうして不法侵入紛いの事までしている。

 奥様に『神』の恩恵をもたらす為に、私は『神』から派遣されたのです」


「……そうなんだ?」


 自分でそう推理しておきながら、私は生返事ともとれる応対をする。

 ケティが『神』の使いだと知って、私はキョトンとした。


「……え? 

 私に何か、不服でも?」


「え? 

 不服だと言ったら、何かあるの?」


「いえ。

 別に。

 ただ私が、傷つくだけです。

 私では所詮、奥様のお役に立てないのかと嘆くだけ。

 決して奥様が不利になる様『神』に告げ口をしたりはしません」


「………」


 余りにも、露骨な脅しだった。

 私でもした事がない、恐喝である。


 あの心が清らかなケティはどこに行ったと、私は疑問視するしかない。


「いえ、いえ。

 本当に、脅しとかじゃありませんから。

 私の役割は、奥様のサポート。

 奥様が不利になる事とか一切しないので、安心して」


「………」

 

 何故だが分からないが、それは事実の様に思えた。

 このケティは、前世の様に裏切る事はない。

 

 私はこの時、そう直感したのだ。


「成る程。

 なら、一応信用してあげる。

 で、私に課せられた条件とは何?」


「……え? 

 本当に納得したんですか、奥様? 

 自分の人生を台無しにしてでも復讐に走るのが、奥様なのに?」


「え? 

 だとしたら、前世で私を裏切ったケティも復讐の対象になるのだけど――」


「――いえ、いえ! 

 そういう事は、ないんですよねっ? 

 愛沢トトとしての人格がある奥様は、もう復讐とか興味がない! 

 そういう事でしょうっ?」


「まー、そうね」


「――愛沢トト、最高! 

 そうでなくては、いけません!」


「………」


 何か、ケティはケティで、大変な立場な気がする。

 見るからに私と『神』とやらの板挟みになっているので、同情の余地はありそうだ。


 その思いからか、私はケティに笑顔を向けた。


「で、私に課せられた条件ってなぁに?」


「――怖い~~! 

 その笑顔、怖い~~!」


「――五月蠅いわ! 

 人が気を遣って笑顔を見せたのに、その反応は何っ?」


「いえ! 

 だって、奥様ってマジ怖いんですよ! 

 今まで強がっていましたが、本当は顔を合わせるのも怖い位なんです! 

 殺すなら、せめて楽な死に方を選ばせて――!」


「………」


 え? 

 私、ケティにそんな酷い事、した?


 いや。

 結構しているか。


 かなりの頻度で冷淡な扱いとか、してきたし。


「いえ。

 一寸落ち着こうか」


 というか、本日二度目の〝一寸落ち着こうか〟だった。


「今は現代よ。

〝三銃士〟の時代の様に、法はガバガバじゃない。

 あの頃の様に、平気で復讐とか出来ないのが現代なの。

 つまり、私もあの頃の様に自由ではいられない訳。

 犯罪に及べば相応の罰を受けるし、完全犯罪を行おうとしても相応のリスクが生じる。

 第一さっきから説明している通り、私は愛沢トトでもあるの。

 その愛沢トトが、安易な殺人なんて犯す筈がない。

 愛沢トトのクラスメイトである〝真仲絆〟なら、それが分かる筈よ」


「……な、成る程」


 私が熱弁を振るうと、ケティも納得したかの様に頷く。


「確かに、そうですね。

 愛沢さんは一寸やんちゃでしたが、悪い人ではなかった。

 何せあの美土里耶亦さんの――親友ですから」


 美土里――耶亦。


 その名が出た時、私は肩を竦めた。

 いや。

 今は耶亦の事より、話を進める方が先だ。

 

 私の思いを察したのか――ケティは漸く本題に入る。

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