曖側維住はどこにもいない

望乃奏汰

密室なんて存在しない

1-1

真軋真敷はカラオケボックスにいる。

全く歌う様子もなく、ストローからレモンスカッシュを啜っている。たっぷりサイズのグラスはみるみるうちに減っていく。

「そんなに一気に飲んだらトイレに行きたくなるぞ。」

「喉が渇いてるんだから別にいいだろ。」

「内臓にも負荷がかかる。」

「お前はぼくの母親か何かか。」

「そんな子を産んだ覚えはありません。」

「そりゃそうだろ。」

「そんなことよりなにか事件はないのか。」

「あるわけないだろ。」

「つまらん。」


真軋真敷はストローから一度も口を離していない。それに一言も発していない。だが会話をしている。


相手は非実在探偵・曖側維住。

曖側維住は存在しない。


真軋真敷は物心ついた頃から常に曖側維住の存在を認識していた。

曖側維住は探偵を名乗り真軋真敷のことを助手と位置付けている。


かつて真軋真は当たり前のように全ての人間が探偵を傍に置いているものだと思っていた。いや、探偵というのは人体を構成する一部分のようなものだと思っていた。


探偵という部位。

探偵という臓器。

探偵という器官。


心臓、肺、脳、眼球、耳、鼻、口、歯、胃、肝臓、膵臓、小腸、大腸、探偵。


そのことを曖側に話すと「そんなわけないだろう。探偵は臓器ではないし、そこら中に探偵がいたら商売あがったりだ。」と言われた。そういうものなのかと思った。


曖側は探偵のため、その存在を調査対象者に知られることを恐れている。そのため、曖側は「探偵の基本は隠密行動だ。僕のことは絶対に他人に話すな。」と真軋真に常日頃からきつく言っていた。


まだ真軋真の両親が生きていた頃、何気なく親に「たんていってなあに?」と訊いたその日の晩、両親は自動車事故で他界した。

真軋真はこのとき、探偵について口にすることは禁忌なのだと思い知った。

しかし、両親の死と曖側の間には何か関係があったのか、或いはただの不幸な偶然だったのかを幼い真軋真には知る術がなかった。

そのときの曖側はなんだか少し寂しそうな顔をしていたのだった。

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