星を見に行こう

ミスターチェン(カクヨムの姿)

第1話「いつもどおりのある日のこと」

 夏の終わりが、音もなく近づいていた。

 蝉の声が弱まり始めた午後、放課後の天文学部の教室には、二人しか

残っていなかった。

 壁際には観測用の資料や模型が並び、窓の外では夕日がじんわりと校舎を

赤く染めている。

 ミオは肩までの黒髪をさらりと揺らし、透き通るような肌に、涼しげな瞳をしていた。制服の襟元を少し緩めながら、古びた天文の本を指でなぞっていた。

 一方のタカトは、色素の薄い茶髪にぼんやりとした目をしており、やや無頓着な

着こなしで椅子に深く座っていた。星座なんてさっぱり分からなかったが、ミオがこの部にいるから、それだけで天文学部に入ったのだった。

 気づけば、そんな彼女の背中を追いかけることが当たり前になっていた。

 ミオがふと顔を上げた。

ミオ「ねえ、今夜、星を見に行かない?」

 突然の言葉に、タカトは一瞬言葉を失う。

タカト「……星?」

ミオ「うん。今日は絶好の観測日。夏の大三角形、きっとくっきり見える」

 その声には、いつもの冗談めいた軽さはなかった。

 タカトは、小さく頷いた。

タカト「……わかった。行こう」

 その夜、僕たちは“二人だけ”で街外れの河原に向かった。懐中電灯の灯りを頼りに、草を踏みしめながら進む。ミオは先頭を歩き、時折、星について語り始めた。

ミオ「夏の大三角形って、見つけられると嬉しくなるんだよ。ベガ、アルタイル、

デネブ。まるで空に三角形を描くように並んでるの」

 その声は、風に混じって、夜の草むらに溶けていった。

 僕は、後ろからその背中を見ていた。

 言えなかった。何度も、言おうとして、飲み込んだ。

 (──ミオのことが、好きだ)

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