第3話




 翌日久しぶりに晴れたサンゴールは陽射しが温かかった。


 メリクはその日、午前中珍しく時間があったので、久しぶりに魔術学院の書庫でゆっくりと本を読んでいた。

 メリクは学院に隣接する宮廷魔術師団の本拠地【知恵の塔】の管理室に属するようになってから学院寮を出ている。

 ――と言っても【知恵の塔】に部屋を与えられただけなので、実際の暮らしにはほとんど変わりが無かった。

【知恵の塔】でも宮廷魔術師同士が集まって講義を催したりしているからだ。


 宮廷魔術師はいついかなる時も知恵の使徒であるべしが信条なので、学術生活が変わらないことはメリクは嬉しかった。


 久しぶりに魔術師学院の方へ行くと、やはり日常本当の宮廷魔術師と接する機会が増えたからなのか、雰囲気が違って見えた。

 やはりどこか学生達は幼く見えたのである。


 実際十七歳のメリクよりも魔術学院にいる大半の人間が年上なのだが、それでも講堂のあちこちで笑い合う彼らを見ると、不思議とどこか微笑ましいような気持ちになった。


 メリクは本を閉じると、少し学院の庭でも歩こうと考える。

 葉が色付きながら散っていた。

 魔術学院の庭は地面が黄色い葉で覆われ、温かい陽射しにそれが照らし出されている。

 メリクは美しいその景色の中をゆったりとした足取りで歩いた。



 ……自分に何が出来るかを――ずっと考え続けている。



 サンゴールという国。

 迫り来る王位継承問題。

 第二王子リュティス。

 宮廷魔術師。


 憂いの無い人生なんて嘘だと思うけれど、

 メリクの相対する憂いは決して晴れることが無い。

 

 黄金色に輝く前方の地面を立ち止まって見つめた。


 十年後、二十年後、自分が……。

 自分の周囲の人間がどうなっているなんか、想像も出来ない。


 相変わらず自分は難解な運命と対峙しているのだろうか。


 だが一つだけ、メリクが見通せない先に望んで描く未来がある。

 ミルグレンが即位してそれを助けてリュティスが表舞台に立っているにしろ、

 リュティスが誰かを選びその姫君とゆっくりと時を過ごして行くにしろ、

 時が落ち着いてあの第二王子の人生が、

 せめて今よりは穏やかに流れてくれていればいいと。



 …………それだけは祈りたい。



 じっと輝く道の先をそこに立って見つめていた時。



「メリク様ー」



 不意に厳かな魔術学院らしからぬ元気な声が、どこからか響いて来てメリクは我に返りきょろと辺りを見回す。

 振り向くと道の向こうから小さな影が小走りにやって来るのが見えた。

 ミルグレンだった。


「ミルグレン?」


 メリクは不思議そうな顔をする。

 何故王立アカデミーにいるはずの彼女がこんな朝からここへ姿を見せたのだろう。

 ミルグレンは全速力で駆けて来ると、メリクの身体に元気よく飛びついて来た。


「メリク様!」


 とりあえず彼女を抱きとめたものの、メリクは首を傾げる。

 ミルグレンは王立アカデミーの制服姿だった。

 凝った刺繍が縫い込まれた茶色の制服。胸元に明るい緑の大きなリボンをしている。

「ミルグレン? 学校はどうしたの?」

「出て来ちゃった! だってメリク様明日からまたニールセンの方にお務めなんでしょ? 最近ずっと会えなかったから」

 その為だけに学校から出て来たのかとメリクは目を丸くする。

「無理に抜け出して来なくても言えば会いに行ったのに」

 その言葉にミルグレンは鳶色の大きな瞳を見開いて嬉しそうな顔をしたが、すぐに首を振った。

「ううん。だってメリク様はお仕事で行くんだもん。それなのにいつもレインに会いに来てくれるから。今日はわたしが来たかったの」


 通学することも学生の仕事なのだが……と思わないこともなかったが、真っすぐなミルグレンの言葉にメリクは笑った。


「学校はさぼっちゃダメだよレイン。……でも会いに来てくれてありがとう」


 言って彼はミルグレンの頭を優しく撫でた。

 ふふっと彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべている。


(やっぱりメリク様怒らなかった)


「?」


「ううん。ね、メリク様、前に話してくれましたよね。

 小さい時一度身を寄せていたラキアの修道院の話。

 秋になったら側の湖に山の赤や黄色が鮮やかに映って、綺麗なんだって」


「うん、話したね」

「わたし見てみたいの。連れて行って下さい!」


 ミルグレンは少し頬を紅潮させたそのままに、メリクの手を取ってそう明るい瞳でねだったのだった。



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