第19話 これから

 1章最終話。




「その、良いのかい?」


「良いんです。もう疲れてましたから」


「まぁ、気持ちは分かる……」


 その後、俺たちは天使ちゃん宅のテーブルにつき先ほどの一件について話し合っていた。理由は言わずもがな。どこかすっきりした表情の天使ちゃんに俺は尋ねたいだけ尋ねてみる。


「天使ちゃんねるって君の経済的生命線じゃなかったの?」


「もう十分稼ぎました」


「犯人見つけるとか」


「勝手に見つかるでしょう」


「再発を防ぐとか」


「防ぎましたよ」


「あ、そうか。でも、良心を信じるとか言ってなかった?」


「……まぁ、いいではありませんか。再発を防ぐ最善の方法が天使ちゃんねるを畳むこと。それだけのことです」


「あ、うん」


 天使ちゃんは嘘を言っていた。その点については流してあげることにした。

 しかし、流すべきでないことはきちんと話し合うことにした。


「本当によかったの? 天使チャンネル畳んで」


「……はい。以前から薄々こうするしかないって未来が見えていましたから。案の定こうなったかって感じです」


「そっか……本当によかったの? これで」


「……はい。以前から、多分もうこうするしかないだろうなと思っていたことですから。天使ちゃんねるは私の手に負える範疇を越えて巨大になり、そして暴走し過ぎた。……末路は、あなたも見ての通りです」


「あー……うん。酷かった」

 

 酷かった。その一言で形容に足る有様だった。


「だから、これでいいんです。気にしないでください」


「……うん。分かった」


 天使ちゃんねるの問題は天使ちゃんの問題だ。あえて口出しはすまい。そう思い、俺はお茶を一口含んだ。


(……やはり美味い。天上の味だ)


「それでですね、カイさん」


「あ、うん」


 天使ちゃんは少しかしこまり、膝の上に手を乗せたポーズで、真剣な表情を作った。


「私はあなたに恩返しと贖罪をしなければいけません」


「あー……確かに少しは欲しいかも」


 天使ちゃんらしい思考回路だなと思いながら、俺はとてもあと腐れのない提案を思いつき、口にした。


「そうだ。1000万円くらいもらってそれで終わりにするってのはどうかな。天使ちゃん金もってそうだし、それくらいなら小銭程度の感覚で」


「いいでしょう」


「本当? それじゃこの話は終わ――」


「駄目です」


「えっ」


「それだけじゃ私の恩返しも贖罪も不十分です。大丈夫です。私にちゃんと案があります」


「……どんな?」


「私とパーティーを組みましょう。必ず力になれます」


「――パーティーか」


 地球の未来にご奉仕にゃん。そんな台詞が似合いそうな天使ちゃんからどんな奇天烈な案が飛び出してくるのかと思いきや、意外とまともな案だった。そしてそれは同時に現在の俺の心境を見透かしたかのような案だった。


 ダンジョンはAランク以降から難易度が跳ねあがる。BランクとAランクの間には大きな溝があるのだ。だから俺はAランク以降のダンジョンの攻略はパーティーで行おうと思っていた。配信でも語ったことがある。まさか天使ちゃんが俺の配信を見ていた訳でもないだろうがタイミングドンピシャな提案だった。丁度探そうと思っていたのだ。そして気が重かったのだ。俺は他人と関わるのが苦手だ。好きでもない。ずっとソロでやってきたのは、ソウルマナを独り占めするという目的の他にも、他人と上手くやっていける自信がなかったという悲しい理由もあったのだ。


 正直中々魅力的な提案だ。


 実力差があり過ぎると冒険者パーティーは崩壊すると言われている。戦闘、人間関係の両面で問題が多すぎるのだ。その点、俺の見立てでは天使ちゃんと俺の間に大きな実力差はない。デスケルベロスは対策していたから楽勝で勝てたのだ。楽勝でしか勝てなかったともいう。一撃でもまともに当たったら治す暇もなく死んでいただろうからな。実は結構綱渡りな戦いだった。そもそも俺はあまり地力は高くない。戦い方で補っていたのだ。


 それに天使ちゃんはポテンシャルの塊だ。現時点でもAランク最上位の実力を持っている。その上で伸びしろしかない。魔力体と魔力の親和性が異常だ。これ程魔力が馴染んだ体は見たことがない。アナトミー・インサイトで現在透視しているが本当に綺麗な体だ。


 それに、性格も尖りはあるが善良でいい子だ。天使ちゃんはパーティーメンバーとしてこの上ない優良物件と言えた。


「……ごめん。却下」


 ただし、背景事情を考慮しなければだ。


 天使ちゃんはワールドクラスの配信者だ。そんな天使ちゃんとパーティーを組む。目立つ。ものすごく目立つ。2人でダンジョン探索をしている様子を人に見られる。どれだけの怨嗟が俺に叩きつけられることか。想像もしたくない。


「想定の範囲内です。大丈夫です。これから探索する時は」


 天使ちゃんは家の戸棚からコンタクトレンズを取り出し、俺に見せた。


「これをつけます。これをつけると」


「? うっ!」


 天使ちゃんがコンタクトレンズをつけたその瞬間。


 俺は天使ちゃんを天使ちゃんと認識できなくなった。そこらに一山いくらで転がっている凡人と同様の存在感。俺は唸った。


「た、確かにこれなら、素性がバレることはないか」


「はい。加えて私には」


 天使ちゃんは胸に5指を当てて語る。


「先ほども語ったようにユニークスキル時の女神があります。私のスキルは触れた対象の時を巻き戻すことができる。魔力が尽きそうになった時、自分に使えば魔力を回復することができます。怪我をしたときに使えば怪我を治せます。1日3回限定で使えます。他には」


 天使ちゃんが語ったスキルはいずれも強力なスキルだった。一緒にパーティーを組むならこの上ない優良物件であり、細かい事情を鑑みなければむしろこちらから頼みたいくらいの逸材と言えた。


 さらに天使ちゃんは告げる。


「カイさん、あなたは今の自分がどれだけ有名人か分かっていない」


「えっ。それなりには理解しているつもりだけど」


「……はぁ」


 天使ちゃんはため息をついた。俺は少しだけ傷ついた。


「あなたの創造の100倍は有名人ですよ。悪評含めて。そんなあなたと組みたいと思う丁度いい実力の存在がどれだけいるでしょうか」


「えっ。……」


 ……言われてみると、そのような人材を探すことはとてつもない難事に思えてきた。段々他の人材という選択肢はないように思えてくる。そもそも俺は人手を伝うのは苦手なタイプだ。天使ちゃんで妥協していいなら妥協したい。さらに天使ちゃんは告げる。


「私しかいないのです。カイさんと組める丁度いい実力を持った人間は。大丈夫です。一度パーティーを組んだら私から解消したいなんて絶対言い出しません。恩返しと贖罪ですから。ずっと尽くしますよ」


「……じゃ、じゃあ」


「はい」


 俺は人手を探す面倒さと天使ちゃんの巧みな誘導に負けて行ってしまった。


「これからよろしくお願いします」


「やった!」


「え?」


「あ。すいません。恩返しと贖罪ができることが嬉し過ぎてつい取り乱してしまいました。すいません」


「ああ。なるほど」


 変だが天使ちゃんらしい理由だなと思った。


「それでは、カイ・シロスキーさん」


 天使ちゃんはにこりと笑い、胸に5指を当てて微笑んだ。


「これからよろしくお願いしますね♪ カイさん」


「ああ。よろしく」


「一緒に同棲しましょうね」


「……なんて?」


「同棲しましょう」


 なんで?


「だってカイさん。家がないじゃないですか」


「まぁ、確かに。帰る場所が今ないのは事実だ」


「後はパートナーシップの強化のためです。いきなパーティーを組むのは何かと厳しいと思うのです。なので、少し恥ずかしいですが同棲を行いましょう。時間の有効活用です。別居して会う時間を設けるくらいなら一緒に住んでダンジョンに潜る以外の時間を最大限有効活用した方がいい。違いますか?」


「!?」


 俺は納得した。確かにそっちの方が合理的だ。倫理的に多少問題を感じなくはないが、天使ちゃんが気にしないなら俺も気にすまい。俺は改めて天使ちゃんに言った。


「そ、それじゃあ、えっと、天使ちゃん」


「はい」


「これから色々よろしく」


「はい。これから」


 天使ちゃんは今日一の笑顔を浮かべて言った。


「これから、一緒によろしくお願いします♪」





 まだ言えないけどいいよね。


 しばらくはただの仲間として過ごしましょう。


 しばらくはただの友達として過ごしましょう。


 しばらくは天使ちゃんとして彼の隣にいましょう。でも、いつかは……。


「……カイさん」


 距離を置いて設けた家のベッド。その上で寝息を立てるカイの唇にほんの一瞬だけ唇を重ね合わせて、天使は切なげに瞳を揺らして、また己のベッドに戻った。




 1章 天使編 完

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