第17話 いきる

「いーのちみーじかーしこーいせーよおーとーめー……」


 俺は公園でブランコを漕いでいた。警察に事情聴取を受けた後、署で一晩泊まりませんかという勧めを断り夜の街を彷徨い歩いた。そして気がつけば無人の公園に辿り着きブランコを漕いでいた。母さんの好きだった歌を口ずさみながら。


「あーかーきーくーちーびーるー……あーせーぬー……あ、ああぁ……」


 ボロボロと涙が零れる。3人の思い出のつまった家。壊れた。写真。ズタボロだ。


 俺の心もズタボロだ。


「なんで、いつも俺の人生は最後はこうなるんだよ……! 頑張ったら頑張った分だけ酷い目に合う! 何でだよ! 何でだよぉ……! う、うぅ、もういやだ……!」


 ……いつもだ。いつも頑張ったらその分最後に酷い目に合う。母さんも父さんも俺のせいで死んだ。シロも俺のせいで死んだ。3人の思い出の詰まった家も俺のせいで壊れた。写真だって俺のせいでボロボロだ。


 もう何もかもボロボロだ。


「……多分、天使ちゃんの狂信者の犯行かな。タイミングからしてそれ以外考えられない。配信を見た誰かが俺の家を燃やしたんだ。糞、よくも、よくも……! 拷問してぶち殺してやる……!」


 怒りが瞳を燃やす。良くない。良くない精神状態だ。何度も深呼吸をする。そうして少しずつ精神を落ち着ける。一度怒りに火がつくと中々収まらない性質なので苦労した。


 落ち着いた頃、俺は再び深く項垂れる。ブランコの両端の鎖がやけに窮屈に感じた。大人が子供用のブランコに座っているのだから当たり前だった。


「はぁ……これから家、どうしよ。探さないとな。にしても、俺の最後の思い出」


 掌の上に乗せたボロボロの写真を眺める。


 また、涙が一粒零れ落ちた。


「……もう、何も見えない。どうして、こうなるんだろうな……」



「ここにいたんですね」



 背後から、天使ちゃんの声。俺は振り返らず言った。どうでもよかったからだ。


「天使ちゃん。何でここに」


「探してました。ずっと。最初は警察署を訪れたのですが、目的もなく街に出たと聞いたので、必死に走り回りました」


「そうか。放っといてくれ。今は誰とも話したくないんだ」


「それ、貸してください」


 天使ちゃんが俺の写真に手を伸ばす。


「っ! 触るなっ!」


「きゃっ!」


「あ……」


 俺は反射的に天使ちゃんを突き飛ばしていた。いや、反射とは少し違う。内心、天使ちゃん自信にも恨みを抱いていたらしい。だから突き放すような言い方をして、思い出に触れられかけたら突き飛ばしてしまったのだろう。身勝手の極みだった。自分を殺したくなる。100%嫌われただろうなと思いながらも、俺は天使ちゃんに手を差しし伸ばした。


「だ、大丈……夫……」


「……ごめん、なさい……」


 天使ちゃんはボロボロ涙を流していた。感情が決壊していた。地面に足を投げ出した姿勢。眼鏡を掛けていたようだが突き飛ばした弾みで外れていた。それを掛け直そうともしない。俺のせいだった。


「あ……いや、幼稚だった。俺が。責任の一端が君にもある。そう心の底で思ってたから態度に出た。全部俺が悪い。ごめん……」


「そんなことないです。全部、私が悪いんです。命助けてもらったのに、私のせいで家を、大事なものを燃やしてしまって、もう、どうやって恩を返せばいいのか、お詫びすればいいのかわかりません……!」


「……いいよ。気にしなくて。こういうの慣れてるから。一日経てば立ち直る。だから本当に気にしなくて」


「その写真、私なら元に戻せます。貸してください」


「え?」


「配信でも使ったことのない奥の手ですけど使います。当たり前です。だから貸してください」


「……分かった」


 俺は天使ちゃんに写真を渡した。天使ちゃんは写真に手をかざして一言詠唱した。


時間遡行タイムリジェネ


「うっ!? 眩し……!」


 天使ちゃんが発光する。天使ちゃんが触れる写真も。そして光が弾ける。


「……嘘だろ」


 一瞬で写真が元に戻っていた。


 まだ生きていた頃の俺と母さんと父さんとシロが写真に写っていた。


 意味が分からなかった。天使ちゃんが俺に写真を手渡す。


「はい」


「あ、ありがとう。……その力は一体」


「私のユニークスキル【時の女神】の効果です。時を巻き戻しました。制限はありますが便利な力ですよ。傷も治せます。私の奥の手です」


「な、なるほど……」


 ユニークスキル。世界に一つしかないスキルの事だ。通常のスキルより強力で複数の効果を内包している。俺も【獣医】というユニークスキルを持っている。


(ユニークスキル持ちだったのか。以外、でもないか。なんだか持っていそうなカリスマがある。それにしても……)


 写真。


 俺と母と父とシロが写っている。


 大事な宝物が手に戻った。それだけで嘘のように心が明るくなった。


「ありがとう。本当にありがとう……!」


 俺は声を弾ませて天使ちゃんに礼を言う。


 だが、天使ちゃんは相変わらず浮かない顔のままだった。


「……ごめんなさい。このスキル制限が多いんです。効果範囲が狭くて家を戻すことはできません。あと、24時間以上経ったものは元に戻せません。一日3回しか使えません。ポンコツスキルでごめんなさい……」

 

「いや、全然いいよ。一番大事なこの写真が戻れば十分だ。明日を生きる気力がわいてきた。本当にありがとう。感謝してる」


「礼を言われるようなことではありません。-100が-99になっただけです。恩とお詫び、これから一生をかけてあなたに返します」


「いや、いいよ。貸し借りとか苦手なんだ。帳消しでいい」


(あまり深く関わると面倒臭そうだし……)


 という本音は言わない。天使ちゃんは泣きそうな表情をした。


「そんな訳にはいきません! 私が、それじゃ生きていけないのです。罪悪感で、死にそうになります……」


「……」


 天使ちゃんは行き過ぎた善良ゆえの難儀な性格の持ち主らしかった。どうしたものかと悩んでいると、


「そ、その、泊まる場所、困ってませんか?」


「ああ。困ってる」


「なら!」


 天使ちゃんはその結構大きめの胸に手を当てて、絶好の機会とばかりに声を弾ませた。


「私の家に泊まってください! 大丈夫です! 私以外誰もいませんから! 保護してあげます」


(それは大丈夫なのか……? というか保護感覚なんだ……)


 その後眼鏡をかけ直した天使ちゃんと少し言い合った末、最終的に俺は天使ちゃんの家に泊まることにした。何だかんだで俺も疲れていたらしく、屋根のある部屋で寝たいという欲望には逆らえなかった。

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